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第二話 違和感の正体

 ケルベロスと冒険者の戦闘は、徐々に魔物優位になりつつあった。


 エミリーのバフで攻撃力を強化されているものの、Cランクという彼らの攻撃はケルベロスにダメージを与えられていない。斧も剣も、ケルベロスの厚い毛皮に防がれている。


 ケルベロスもそれを把握したのか、汚い笑みを浮かべた後、回避行動が減り、大胆な攻撃を繰り出すようになった。大盾の男が防いでいるが、素人の目から見ても、突破されるのは時間の問題だ。

 鋭い牙と爪、さらに雷・炎・水の3種類の魔法、尋常ではないスピード……


 Aランクの魔物とは、ここまで絶望的な存在なのか。


 冒険者の顔に焦りと絶望が浮かぶころ、オレは、1人違うことを考えていた。


 ──なんだ、この違和感は……


 冒険者たちは劣勢に立たされているものの、おそらくこれで生計を立てているプロだろう。

 自分は戦闘のプロではない。戦闘のことなんて分かるはずもない。

 しかし、音楽家としての血が、どこか違和感があると告げていた。


 ──探せ! この違和感の正体を……


 もう一度、戦況を見つめる。そして、1つの疑問が頭に浮かんだ。

 オレの直観が正しかったとしたら、劣勢に立たされている原因は戦力差ではない。

 だとしたら……

 この状況、ひっくり返せるかもしれない。


 ちょうど、後方に下がってきた女剣士に尋ねる。


「すまない。エミリーのバフだが、アレは攻撃力だけを上昇させているのか?」


 突然の質問に困惑しながらも、女剣士は答えた。


「そうね。エミリーが一生懸命あの調子で吹いている時は、攻撃力強化のバフよ! それでもあのオオカミ野郎には届かないみたいだけど……」


 悔しそうに唇を噛む。女剣士が握っていた剣は刃先がボロボロになっていた。


「もう1ついいか? 君は剣で戦っているが、あの斧や大盾のように魔法は使わないのか?」


 先ほどから気にはなっていた。斧は竜巻を繰り出しているし、大盾は光を放ちながら時々ケルベロスの魔法を反射している。

 普通に剣で戦っているのは、女剣士だけだった。


「……君じゃない、アリスよ」


 女剣士は不機嫌そうに答える。


「それに、戦えない貴方にそんなこと言われたくないわ。この役立たず」


 女剣士・アリスは吐き捨てるように言い放ち、すぐさま戦列に復帰した。


 ──()()()()()()()()()。アタシだって……


 アリスの唇が、悲しそうにそう呟いた。

 しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。オレは大盾の男に向かって叫んだ。


「少しだけ時間をくれ! オレに考えがある!」


「この状況でとんでもない無茶を言うね」


「すまない。説明している時間はない。数分でいい!」


「……どうせ奇跡でも起こらないと勝てない戦いさ。記憶喪失のお前に賭けてみるよ。ただし、長くは持たないぜ?」


 大盾の男はそう言うと、大盾に魔力を込め始めた。


「スキル発動。“制限解除(リミッターオフ)”!」


 大盾の男が輝きを放つ。

 その光に呼応するように、ケルベロスの身体も雷を纏い、雷撃を放ってきた。

 しかも、今までのビームのような雷ではなく、数の多い弾丸……“雷弾”だった。


 ──数で勝負してきたか! 一度にこんな攻撃を受ければ、大盾も受けきれない!


 オレの心配をよそに、光り輝く大盾は全ての雷弾を跳ね返した。それまではよくて10%程度の反射率だったのに、今は100%に近い。制限解除(リミッターオフ)のスキル効果は、まさに奥の手なのだろう。


「何か考えがあるなら急げ! このスキルは消耗が激しい。皆を守れているうちに早く!」


 制限時間つきの博打スキルか。

 オレはうなずくと、すぐさま走った。

 この違和感の正体、そして劣勢の原因。直観が正しければ……



「何をやっているんだ! ()()()()!」


 それまで仲間のため、一心不乱にフルートを演奏していたエミリーは、突然声を掛けられたことに驚いた表情を見せた。しかし、まさか自分が、しかも武器さえ持っていない記憶喪失の男に怒鳴られるとは想像もしなかったようで、再び演奏を始めた。


「ちがう! 君に言っているんだ、エミリー!」


 オレは彼女の両腕を抑え、強制的に演奏を中断させた。

 急にバフが切れ、他の冒険者も驚いた表情を見せていたが、ケルベロスと対峙している彼らはそれどころではない。


「な、なんですか!? 私は一生懸命演奏をしているんです! 邪魔しないで!」


 エミリーはオレの手から逃れようともがいた。オレはかまわず続ける。


「本当に仲間のためか?」


「そうですよ! 私のバフが切れたら、皆が戦えなくなっちゃう!」


「それならなぜ君は、()()()()()()()()()()()()()


「……え? いったい何を言っているんですか?」


 エミリーは困惑の表情を浮かべる。


「ちゃんと仲間の様子は見ていますよ。敵の動きも。そうじゃないと、遠距離攻撃に対応できないですし」


「ちがう。それは敵を警戒しているだけだ。エミリーはほとんどの時間、演奏に集中しているんじゃないか? 戦いよりも自分の演奏に」


 エミリーはうなずく。


「もちろんです! 心を込めた演奏をすれば、その分フルート(この子)は応えてくれるんです」


 なるほど。演奏の出来不出来が魔法の効力にも影響するのだろう。

 それは、想像通りだ。


「心を込めて演奏することは大切だ」


「そうなんです! だから早く私に演奏を再開させてください!」


 オレはあえて怒気を強めた。


「……だがそれは、君の独りよがりだ」


「……!?」


 エミリーはショックを受けた表情をしていた。

 オレはかまわず続ける。


「エミリーが演奏しているスキルは、味方の攻撃力の強化だけ。守備力やアジリティが上昇するものではないのだろう?」


「その通りです。敵はAランクの魔物。守ってばかりでは負けてしまうので、一発逆転を願ってバフを……」


 やはりそうだ。エミリーは真面目な性格なのだろう。必死にずっと攻撃力強化のバフだけを掛け続けてきたのだ。彼女ができる精一杯の演奏で。


「例えば、今、戦況が再び拮抗して、オレたちがこうして会話する時間を得られているのは、大盾の彼が“制限解除(リミッターオフ)”のスキルで身を挺して守ってくれているからだ。彼に今まで通り攻撃力強化のバフをかけるとどうなる?」


「……意味がない、ですか?」


「その通りだ。君は戦況を考えることなく、バフを垂れ流しているんだ。そして一生懸命に力を込めて演奏するあまり、徐々に疲労し、結果的にバフの効果も弱まってきている」


 エミリーはようやくオレの話を聞く気になったのか、振りほどこうとすることをやめた。

 オレも怒気をやわらげ、諭すように続ける。


「音楽は1人でやるものじゃない。聴いてくれる人たち、そして共に演奏する仲間と息をそろえることが重要なんだ。それでこそ、人々の心を震わせるメロディが生まれる」


「……共に演奏する……仲間?」


 不思議そうな顔をするエミリーにかまわず、オレは説明を続ける。


「もう一度言う。今、君は独りよがりな演奏をしている。でも、君が戦況と仲間を見つめ直し、彼らが欲しいタイミングで、適格なバフを、適切な力でかけられたなら……この状況はきっと、ひっくり返すことができる」


 エミリーは混乱していた。


「貴方が言っていることがよく分かりません! ピンポイントで演奏を変えるなんて私には難しいですし、そもそも仲間が今、何を求めているかなんて、瞬時に判断できるわけないじゃないですか!」


 埒が明かない。

 この瞬間にも、大盾のスキルは限界を迎えるかもしれない。

 本来であればゆっくり音楽について互いの理解を深めたいが、今はその時ではない。


 オレは決意した。


「……じゃあ、見せてやる」


「……え?」


 驚くエミリーを見下ろしながら、呼吸を整える。


 ──オレは指揮者だ。オーケストラだろうが、魔物との戦闘だろうが、そこに音楽があるのなら、場はオレが支配してみせる。


「エミリーはオレの手だけ見ていろ。あとはオレがなんとかしてみせる」


 そう言ってオレは、右手を天高く掲げた。



 この世界は初めて、“指揮者”を知る。


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