第11話 旅立ち
「……行くか」
夜明け前、星々がまだ輝きを失わず、静寂が大地を包む。
身支度を整えたオレは、ギルド建物に一礼し、静かにその場を離れた。
戦闘向きの武器に選ばれなかった余所者であるオレは、この街では差別の対象になる。
ギルド長の計らいで、誰にも見つからない夜明け前に街を離れることにしたのだ。
本音を言えば、この街でもう少し情報収集をしたかった。
突然の異世界転移で右も左も分からず、この世界の全容さえ掴めていない。
武器の能力的にも1人で戦うことは難しいだろう。
──せめて仲間を見つけてから旅立ちたかったな
贅沢を言っても始まらない。
そもそもグランディオーソ平原に転移し、ケルベロスに襲われた時点でオレの生涯は終わっていたかもしれないのだ。
たまたま“銀の竜巻”に助けられ、共闘し、この街で“選器の儀”を受けられたからこそ、指揮棒を得られ、こうして旅立つことができている。
すべての出会いに感謝しなければならない。
武器を得られたことで異空間収納が使えるのだ。
ギルドが用意してくれた食料や路銀、衣服も持ち歩かなくていい。
異空間収納があるとないとでは、旅の労力が格段に違ってくる。
そういう意味でもギルド長には感謝するべきだろう。
街の出口である城門が見えてきた。
滞在期間はたったの1日だったが、平原に放り出されたオレにとって、人々の文化や生活が感じられる街の存在は精神的に大きなものだった。
ここからまた、いつ魔物に襲われるか分からない大自然の中に身を投じなければならない。
オレは寂しさと同時に幾ばくかの恐怖も覚えていた。
「……あ、あの!」
「うわっ!」
不意に声をかけられ、オレは思わず奇妙な音を発してしまった。
声の主へ視線を向けると、そこにはエミリーが立っていた。
月明かりに照らされた中で、エミリーの長い金髪は輝きを帯び、その幻想的な美しさはまるで女神のようだった。
「す、すみません! 驚かせるつもりじゃなかったんです」
「こっちこそ、変な声を出してごめん! もしかして、見送りかな?」
「い、いえ……」
何故か言い淀むエミリー。
もうすぐ夜明けとはいえ、辺りはまだ暗い。
女の子が1人で出歩くのは危ないだろうに。
「……アタシもいるわよ」
「ア、アリス!? 君も?」
城門の月影から姿を現したのはアリス。
夜の闇を抱えたような漆黒のツインテールが夜風に舞っていた。
正反対な美女2人に挟まれ、オレは思わずたじろいでしまう。
「2人共どうしたんだ? 女の子が出歩いていい時間帯じゃないだろ」
「アンタを待っていたのよ」
「そうです! ハヤトさんを待っていたんです」
アリスとエミリーは詰め寄ってくる。
そして、アリスがオレを指差し、高らかに宣言した。
「ハヤト、アンタの旅に私も同行するわ」
「私もハヤトさんに付いて行きたいです!」
思わぬ提案にさらに怯む。
しかし、オレを見つめる2人の目は真剣そのものだった。
少なくとも、茶化しているわけではなさそうだ。
「……嬉しい申し出だけど、2人共“銀の竜巻”のメンバーじゃないか」
「それは大丈夫。辞めてきたわ」
「辞めた!?」
「もう! アリスさん、説明を端折りすぎです! そもそも“銀の竜巻”の正式団員はアレックスさんとブロックさんの2人だけなんです。ギルドからのクエストに応じて、必要な人員を毎回確保されていて、私もアリスさんもよく招集してもらってお世話になっていただけで、どこのパーティーにも所属していません」
そうだったのか。てっきりアリスもエミリーも正式なパーティーメンバーだと思っていた。
言われてみれば、クエストによって必要な冒険者や人員数は異なるはずなので、2人のような遊軍が多く存在するのだろう。
「……だとしても、なぜオレなんだ?」
「ハヤトさんもご存知の通り、私の武器はフルートです。楽器はどこのギルドでも“戦えない武器”扱いで辛い想いを沢山してきました。その結果、大好きなこの子を嫌いになりかけた時期さえありました」
エミリーは悔しそうに手を強く握りながら言葉を紡いだ。
「でも! ケルベロスとの戦闘で私の認識は180度変わりました。楽器が悪いのだと思い込んでいましたが、そうではなかったんです! ハヤトさんの指示でこの子は本当のポテンシャルを発揮できました。楽器は決して弱い武器じゃない。それを教えてくれたのは貴方です」
「エミリー……」
「どうか、私をハヤトさんのパーティーに入れてください! 必ずお役に立ってみせます!」
一度の指揮でそこまで何かを感じ取ってくれたのか……
指揮者冥利に尽きる言葉に、オレの胸は熱く高揚した。
「……アタシは楽器は弾けないけど」
アリスが割って入る。
「アンタたちだけじゃ不安だわ。エミリーが得意なのは支援魔法なんだから、前衛は必要でしょ?」
「アリス……」
答えを待ちきれなかったのか、エミリーとアリスが同時に口を開いた。
「だからアタシを……」
「だから私を……」
「アンタのパーティーに入れなさい!」
「貴方のパーティーに入れてください!」
「……ごめん」
「な、なによ! 私たちの誘いを断るつもり?」
「そ、そんな……」
2人の顔に一瞬にして影が差した。
それでもオレは言葉を続けた。
「オレは”パーティー”を作る気がないんだ。オレは“楽団”を作りたいんだ」
「……楽団? なによそれ?」
アリスが首をかしげる。
「エミリーには少し話したかな? オレが育った所では、多くの音楽家が集まり、一緒に曲を演奏して人々を楽しませていた。その集まりのことを”楽団”というんだ」
「育った所って…… アンタ記憶が戻ったの?」
異世界転移のことは説明しない方がいい。
それでも、音楽には嘘をつけなかった。
「記憶が戻ったわけじゃない。でも、音楽だけは覚えている。音楽はオレの全てだから」
アリスはオレの言葉に真剣に耳を傾けてくれた。
その傍らで、エミリーが涙目になって発する。
「それじゃあ、私たちは一緒にいれないんですか?」
「……ちがうよ。ぜひオレの楽団に入って欲しい。エミリーは楽団最初のメンバーだ!」
「本当ですか!? 入りたい! 入ります!」
飛び跳ねて喜ぶエミリー。
しかし、アリスはムスッとした表情で腕組をしている。明らかに不満げだ。
「アタシはどうなるのよ? 楽器なんて弾けないけど」
「じゃあアリスは、楽団の用心棒ってことで!」
「なによそれ! ……まあ今はそれでいいわ」
アリスの表情にも笑顔が戻った。
「では、楽団のお名前を決めないとですね!」
「気が早すぎるよ! まだ3人しかいないのに。歩きながら考えようか」
幸い、時間だけはある。
オレがなぜ、なんのためにこの異世界に連れてこられたのかは謎のままだ。
でも、独りで旅立つはずだった先程までと違って、心は晴れ晴れとしていた。
「……じゃあ、行くか!」
オレたちは一斉に城門をくぐり抜けた。
夜明けの陽光が、未知の冒険への門出を華やかに照らし出していた。
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