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第十話 指揮棒の能力

 

「……これが指揮棒の能力」


 オレがステータスを表示すると、エミリーの武器(フルート)と同じように、4つの情報が空中に投影された。


 ■属性:無

 ■固有能力:

  マエストロ…楽器に眠る力を呼び起こす

 ■スキル:

  幻想指揮Ⅰ…演奏を束ねて、攻撃に変換する

 ■特性:

  アンサンブル…楽器が増えるほどパラメーター上昇

  コンダクター…楽器保有者と心を通わせるほどパラメーター上昇


「……なんだこの能力は?」


 ギルド長が明らかに困惑をしている。

 “無”属性なのはすでに分かっていたことだが、固有能力やスキル、特性も見たことがないものばかりだったようだ。


 オレ自身、分からないことだらけだった。

 例えば、“楽器に眠る力を呼び起こす”という固有能力。

「マエストロ」という壮大な言葉は、まだ世界的指揮者への道半ばだったオレにとって複雑な名称なのだが、問題はそこではない。

 “楽器に眠る力”が何なのか理解できないし、それを呼び起こしてどうなるのか想像もつかない。


 また、スキルの“演奏を束ねて、攻撃に変換する”も予測が困難だ。

 演奏をどうやって束ねるのだろうか。

 音楽をどうやって攻撃に変換するのか。


 そして最大の問題は、()()()()()()()()()()固有能力とスキルだということだ。

 指揮棒は、それ1つで素晴らしい演奏ができるものではない。

 つまりオレは、演奏する仲間がいなければ1人では戦えないことになる。

 これは冒険者としては致命的な欠点だろう。


 ──オレの知っている音楽が存在しないこの世界で……


 音楽を愛する仲間を集めなければいけない。

 ただ、楽器の保有者は差別の対象だという。

 エミリーのように冒険者として生計を立てられている音楽家は非常に稀有だろう。

 もしかしたら楽器に選ばれたことを隠して生活している者もいるかもしれない。

 そんな世界でオレの指揮下に入ってくれる人材を集めるのは至難の業だ。


「……つくづく戦闘向きの能力ではないな」


 ギルド長がため息をつく。


「記憶喪失の怪しい男。しかし、Cランクパーティーを手足のように操り、Aランクの魔物を討伐。結果的にこの街をケルベロスの脅威から救った英雄。これだけ聞けば、私の側近に抜擢し、ギルドの中枢を担ってもらうことも考えていたが……」


 そんなことを考えていたのか。

 ギルドの中枢に入り込むなんて面倒くさそうな立場は絶対に嫌だ。

 しかも、オレはこの世界のことを何も知らない。

 まずはこの世界を知り、どう生きるべきか真剣に考えるべきだ。

 それに……どうやったら元の世界に戻れるのか、その方法も探らなければならない。


 ──オレには元の世界でやるべきことがあるのだから


「この武器能力ではさすがに厳しいな。戦闘向きではないし、なにより弱すぎる。嘲笑対象である楽器にすがらなければならない限定的かつ汎用性のない能力で、冒険者ギルドで活躍するのは到底無理だろう。私は決して楽器を卑下しているわけではないが、それでも周囲の冒険者や世間は、その武器を認めないだろう。もちろん君のことも」


「お、おいギルド長。言い過ぎだ」


 アレックスが慌ててギルド長とオレの間に割って入る。


「たとえこの武器が弱くたって、一度ハヤトの指揮で戦ってみたら分かる。ケルベロス相手に武器無しで戦況を支配した男だぜ? この武器だってもしかしたら……」


「いいんだ、アレックス」


 アレックスがかばってくれた。

 オレにはそれだけで十分だった。

 しかも、アレックスにこの先の言葉は言わせるべきではない。

 なぜか、そんな風に強く思った。


「もういいか? オレは相変わらず記憶喪失で、唯一の可能性だった武器も戦闘向きではなかったようだ。今後の身の振り方を考えなければならない」


「そ、そうだけど……」


「ギルド長も忙しい身なのだろう? これ以上、オレが迷惑をかけるわけにはいかない。時間を取らせたな」


「……構わない。この街を救ってくれたのは事実なのだから」


 ギルド長の表情が少しやわらいだ。

 そして、真剣な表情で改めてオレに語り始める。


「君の武器の詳細はもちろん公表はしない。ただ、公表しなくても君がその棒に選ばれたことは、この街中の冒険者が知っている。おそらく明日以降、君も嘲笑の対象となるだろう。そして、ケルベロス討伐の件もあって、君は注目されている。もしかしたら、悪口だけにとどまらず、武勇をあげるために君に戦闘を仕掛ける不届き者も出てくるかもしれない」


 今日だけで、ギルドでエミリーに向けられた冒険者の冷たい目線や暴言の数々を体感したオレにとって、ギルド長の語る未来は容易に想像できるものだった。

 まだ、この世界のことは相変わらず何も分からないまま。

 せめてもう少しこの街に滞在して情報を集めたかったが……


「この街を出た方がいいということだな」


「その通りだ。 ……今日はギルドの宿泊施設を貸し出そう。歴史に名を刻まない英雄へのせめてもの感謝をギルドから贈るために。数日分の食料や路銀、怪しまれないように冒険者らしい衣服も提供する。その棒も曲がりなりにも出土武器なら、ある程度の容量を持つアイテムボックスが搭載されているはずだ。持ち運びには苦労しないさ」


 どうやら出土武器はすべて異空間収納(アイテムボックス)の機能を有しているらしい。

 ただ、その容量は武器によって異なり、ブロックの大盾はかなり容量が大きい部類のようだ。

 1人で旅立たなければならないオレにとって、持ち歩く荷物を減らせるのは非常に心強い。


「ありがとう。あとで通貨についても教えてくれるか?」


「そうか、君は記憶喪失だったな。分かった、荷物を届ける際に説明をさせよう」


「助かる。 ……これで説明は以上か?」


「武器に関して最後に1つ。身体のどこかに、黒い紋様が浮かび上がっているだろう?」


 そう言われて自分の身体を確認すると、右手の甲にQRコードのような黒い紋様を見つけた。


「なんだこれは? こんな模様はなかったぞ?」


「武器に選ばれると身体のどこかに浮かび上がるのだ。我々はそれを“コード”と呼んでいる。試しに、コードを触りながら“終了(ダウン)”と唱えて見てくれ」


「……分かった。“終了(ダウン)”」


 オレは左手で、右手の甲にあるコードを触りながら唱えた。

 コードが光ったかと思うと、右手で持っていた指揮棒がその光に包まれて消失した。


「……消えた!?」


「案ずるな。同じ動作で“起動(ブート)”と唱えてみよ」


「……わ、わかった。“起動(ブート)”」


 すると右手の紋様は再び光を放ち、右手に指揮棒が出現した。


「出土武器はそれ自体がアイテムボックスの鍵になっているため、ボックス内に収納することはできないが、身体に刻まれたコードによって召喚が可能なのだ。そして、このコードの位置は人によって異なる。原理はまだよくわかっていないのだが……」


「なるほど。武器をしまった状態でも、アイテムボックスは使用できるのか?」


「問題ない。アイテムボックスは慣れれば保有者の脳内イメージだけで出し入れができるようになる。また、武器が成長すれば、アイテムボックスが拡大する事例もごく稀ではあるが確認されている」


「わかった。もう1つだけ聞かせてくれ。武器をしまった状態でコードを傷つけられたり、失ったりしたらどうなる?」


 考えたくもないが、ケルベロスのような魔物が存在する以上、何が起きるか分からない。

 もしかしたら、魔物の奇襲を受けて右手を失うこともあるかもしれない。


「武器が保有者を選び続ける限り、身体の別の場所にコードが現れて使用可能になる。ただし、コードの復活には時間がかかるので、一時的に武器が使用不可になるだろう。そのため、冒険者によってはコードの場所を隠す者もいる」


 ──オレは右手の甲にコードがあるから、かなり目立つな


 コードの位置は心配だが、おいおい何とかするしかない。

 ギルド長から聞き出せる情報もこの当たりが限界だろう。


「……色々と教えてくれてありがとう。武器が弱くて、期待に沿えず申し訳ない」


「そんな皮肉を言うな。これでもケルベロスを討伐してくれたことは本当に感謝しているんだ。それでなければ余所者に“選器の儀“を受けさせたりしない」


「冗談だよ。明日は夜明け前に出ていく。短い間だったが世話になったな」


 ギルド長に頭を下げたあと、申し訳なさそうな“銀の竜巻”メンバーへ振り返る。


「アレックス、ブロック、アリス、エミリー。君たちも見ず知らずのオレを助けてくれてありがとう。この街まで共に過ごし、記憶喪失のオレを気遣ってくれたこと、感謝している」


「そんな、オレたちこそ、お前さんがいなかったらケルベロスの餌になっていた。感謝してもしきれない。お前さえよければ、“銀の竜巻”に……」


「いや、やめた方がいい。オレがいると他の冒険者に疎まれるだけだぞ」


 正直、アレックスが銀の竜巻に誘ってくれたのは非常にありがたい申し出だった。

 しかし、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 それに……


「オレにはやりたいことがあるんだ。そのためにも、1人でこの世界を巡ってみるよ」


「ハヤトさんのやりたいこと……」


 エミリーが難しい顔をしながらつぶやく。


「そうだ。記憶喪失のくせに偉そうにしてすまない。オレは戦えないし、やりたいことがあるから皆とはいられない。迷惑もかけられない。寂しいけど……ここでお別れだな」


 オレは出来る限りの笑顔で“銀の竜巻”メンバーとの別れを済ませると、ギルド長の計らいでギルド内の宿泊施設で一夜を明かすことになった。


 ”銀の竜巻”の4人は、短い間だったが共に死線をくぐり抜けた仲だ。

 この世界で初めてできた友人とのあまりに早い別れ。

 不安に押しつぶされそうになるが、オレには叶えたい夢がある。


「……“起動”」


 オレは右手に召喚された指揮棒をじっと見つめる。

 オレは世界的指揮者(マエストロ)になる夢を捨てられない。

 しかし、戦う術も持たず、元の世界に帰る手段も分からない。


 オレに残された道は1つだった。

 元の世界への帰還方法を探りながら、この世界で音楽を続けるんだ。


 そのために、まずは音楽を愛する仲間を集めよう。

 そして、異世界初となるオーケストラを結成して、この世界に音楽を根付かせるのだ。


「4人……いや、8人は欲しいな」


 楽器の保有者は少ないと聞いた。

 それでもアンサンブルに必要な人数だけでも確保したい。

 勇者のように魔王を倒すことは出来ないけれど、娯楽の少ないこの世界の人々を音楽で癒すことはできるかもしれない。


「……お前がいて心強いよ」


 指揮棒をしまうと、オレは重たい瞼を閉じ、この世界に来て初めて深い眠りについた。



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