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第一話 異世界転移

 人類を滅ぼさんとする“災厄”。


 傷だらけの男とその仲間たちは、“災厄” そのものと対峙していた。強大かつ凶悪な存在感に何度も飲まれそうになる。その度に、仲間の奏でる演奏が男を奮い立たせてきた。

 しかし、それも限界に近い。


 ──戦い始めて、どれくらいの時間が経っただろうか?


 男の脳裏にそんな疑問が浮かぶ。蓄積したダメージで顔も腕も上がらない。最悪な未来予測に、男の思考は支配されていく……


「ハヤトが下を向いていちゃ、誰を信じればいいか分からないのです!」


 そのひと言で男は我に返った。そして、男を見つめる仲間の目ひとりひとりと向き合う。彼女たちは男を心配しながらも、懸命に演奏を続けていた。


 ──さすがは我が楽団のコンサートミストレスだな


 少し笑みを浮かべた後、男は最後の力を振り絞って立ち上がった。

 前方に目をやると、“災厄”も呪文の詠唱を始めている。

 お互い次が最大の、そして、最後の攻撃になるだろう。


「スキル発動。ユニゾン……」


 擦れた声で男はつぶやく。彼女たちの演奏が魔力を帯び、カラフルに色づいていく。

 そして男が指揮棒を天高く掲げると、色づいた演奏が光の束となって、指揮棒の先に収束していく。


「極大魔法 “オクテット”!」


 刹那、周囲は真っ白な閃光に包まれた……



 *



 目を覚ますと、見渡す限りの草原にいた。意識はハッキリしないが、頬をくすぐる風の香りだけは妙に鮮やかに感じる。都会の埃っぽい空気とは違う、どこか孤独を感じさせる香り……


 ──いったい何が起きているんだ?


 思い出そうとしても、頭痛と吐き気に襲われて考えがまとまらない。意識は朦朧とし、記憶がところどころ欠如している気がする。


 思い出せるのは……


 ──舞台の記憶。


 そう、オレはとある楽団で指揮者をしていた。ようやく自分の名が知られ始め、世界的指揮者(マエストロ)の道を歩み始めたばかりだった。

 そして、コンサートで一心不乱に指揮棒(タクト)を操っていたとき、あの声が聞こえたんだ。


 ──タ……スケ……テ……


 ハッキリとは聞き取れなかったが、助けを求めているような声だった。でも、オーケストラの指揮をしている自分に助けを求める人なんているはずがない。いや、そもそも演奏に集中しなければならない。本番中だ、もっと集中しろ、オレ!


 そんな事を考えていた矢先、視界がグニャリと歪み、そこで意識が途切れた。


 ──そして、気づけばこんな草原に……


 持ち物は何もない。手にまだ感触が残っている気はするが、指揮棒すら持っていなかった。

 服装はコンサートで着用していた黒い燕尾服(テイルコート)のまま。本番用に仕上げた髪型はおそらく乱れてしまっているが……

 いずれにせよ草原を歩くには、不自然な恰好であることに間違いはないだろう。


 ──とりあえず、飲み水の確保だな


 うろ覚えのサバイバル知識を引っ張り出してくる。人は食べ物がなくても3週間くらい生きられるが、飲み水がなければ3日も持たないという。なぜこんな人っ子一人いない草原にいるのか、考えるのは後だ。

 そう自分に言い聞かせ、川がありそうな方向へ歩き始めた。



 *


「……あった!」


 思わず歓喜の独り言が漏れた。歩き始めて数時間。地理の分からない大草原で、水源を探すのは思いのほか難しかった。

 余所行きの革靴は汚れて、足はジンジンと痛む。ジャケットと蝶ネクタイ、手袋は暑すぎて脱いでしまい、サスペンダーと白シャツというお粗末な恰好でここまで歩いてきた。そりゃ、声が出てしまうのは仕方がない。


 一気に駆け寄り、水の透明度を確認する。そこは川ではなく小さな湖で、水底が見えるほど透き通っていた。一瞬、脳裏に「煮沸」という概念が浮かぶが、数時間に渡る徒歩の旅路がそれを忘れさせた。


「……ぷはっ! 生き返る!」


 手のひらに集めた水を一気に飲み干し、再度手で水をすくう。


 この時、オレは忘れていた。というより、現代社会の常識から脱却できていなかったのかもしれない。水源は多くの生き物のオアシスであること。そして、その生き物を狙った肉食獣が目を光らせていることを。


 突如、周囲の空気が一変。水や小魚を求めて集まっていた鳥たちが一斉に飛び立った。


「……グルルルルル」


 背後から聴こえる獣らしきうめき声に背筋が凍る。水にありつけて気が緩んでしまっていた。ここは大自然の真っ只中であり、銃でもない限り安全な場所ではなかったのだ。


 祈るような想いでゆっくりと振り返り、背後に目をやる。

 すると、オレの期待は意外な形で打ち砕かれた。


 ──オオカミ?


 そこには日本ではすでに絶滅したはずのオオカミがいた。

 しかも、()()()()()()


 ヨダレを垂らしながら、少しずつ間合いをつめてくるオオカミの化け物を前に、オレの思考は追いつかず、機能を停止していた。


 ──なぜオオカミが? 頭が3つもあるけど、目の錯覚だろうか?


 するとオオカミの身体が、バチバチと火花を散らしながら、黄色く光り始めた。まるで雷をその身に纏うように……


「グォオオオオオオ!!」


 巨大な咆哮と同時に、中央の頭から雷撃が放たれた。直後、後方の樹木が雷撃を受けてゆっくりと倒れる。

 雷撃はオレのすぐ横を通過したらしい、腕の一部が火傷しており、近くの地面がえぐれていた。


「アハ……アハハハハ……」


 目の前の出来事に現実感が無く、笑うことしかできなかった。痛みも感じない。


 オレは何をしている?

 何故ここにいる?

 目の前の生き物はなんだ?

 そもそも地球にこんな化け物がいたのか?

 いったいここは何処なんだ?


 疑問に答えてくれる人はおらず、残された時間もわずかしかなかった。放心状態のオレに拍子抜けしたのか、()()()()()()は顔を見合わせた後、一足飛びにオレとの距離を詰め、無防備な喉元に食らいつこうとした。


「スキル発動。”サイクロン”!」


 遠くで声が聞こえたかと思うと、いきなり、オオカミの脇腹に竜巻のようなものが直撃した。オオカミは吹っ飛びながらも空中で体勢を立て直し、見事に着地。

 唸りながら、再び距離をとる。


「大丈夫か!?」


 オレの前に、巨大な斧を持った男が現れた。遅れて、彼の仲間らしい3人が駆け付ける。

 1人は大盾の男、もう1人は剣を構えた女性、そして最後の1人が持っていたのは……


「フルート……?」


 他の3人の武器とはあまりに異質な楽器の出現に、思わず声が出てしまった。例えるなら、冒険者パーティーの中に、1人戦いとは無縁な踊り子がいるような……


「なぜこの()()の名前を?」


 フルートを持った女が不思議そうに尋ねてくる。しかし、事態は一刻を争う。彼女の問いに答える前に、斧を持ったリーダー格の男が声を荒げる。


「お前は何者だ? 見た感じ武器を持っていないようだが、戦えるのか!?」


 男の声でようやく思考が回復し、窮地に陥っていることを自覚した。


「すまない。記憶喪失で、気がついたらここにいた。戦う術は……おそらく無い」


 実際は、記憶も取り戻していたが、今は説明すべきタイミングではない。気がついたらここにいたというのは、間違いではないのだから。


「記憶喪失? 武器も持たずに来られるエリアじゃねえぞ!」


 男の顔に失望の色が滲む。どうやらかなり危険な場所だったらしい。


「いいか、アイツはケルベロス。3つの頭がそれぞれ炎・雷・水の魔法を操る危険度Aランクの魔物だ。オレたちC級の冒険者パーティーでは倒せない。だからお前さんに期待したんだが……」


 魔法?

 魔物?


 この男は何を言っているんだ?


「戦いながら撤退する。それでも、生きて帰れる確率は限りなく低い。お前さんはエミリーのそばにいろ。エミリーは後方での強化魔法(バフ)要因だから、彼女の横が最も安全さ」


 男はそうやってフルートを持った女性を指さした。エミリーと呼ばれたその女性は、フルートをすでに構えていて、いつでも演奏に入れるよう準備をしているようだった。

 その立ち姿はとても美しく、熟練のフルーティストのそれであった。


 バフだの魔法だの、RPGやファンタジー小説のような言葉が飛び交う。

 しかし、これを現実だと受け入れないと、生き残ることができないと、腕の火傷が告げていた。


「分かった……」


 そう答えると、エミリーのいる後方まで下がり、彼らに委ねることにした。歯がゆいが、ケンカすらしたことのないオレは、ここでは何の役にも立たないだろう。


「来るぞ!!」


 ケルベロスが大きな炎を吐き、大盾がそれを必死に防ぐ。この攻防を皮切りに、本格的な戦闘に突入した。


「スキル発動。“光の賛歌”!」


 エミリーが叫ぶと、フルートは光を放ち始めた。そして、エミリーの演奏に合わせて優しい光の帯が広がり、パーティーメンバーを支援していく。


 ──これがバフ。演奏が力になるのか……


「スキル発動。“ストリーム”」


 先ほどオレを救った魔法より、ひと回り巨大な竜巻が斧から放たれる。しかし、ケルベロスは後方に飛び去ってこれをかわす。

 状況から察するに、エミリーのバフは「仲間の攻撃力を上昇させる」効果なのだろう。


 しかし、もし直撃していたとしてもダメージを与えられていたとは思えない。事実、バフがかかっているはずの女剣士の攻撃は、いともたやすく防がれている。


 ──ちがう。戦力差の問題ではない。


 戦況を読むのは、譜面を見るのに似ているかもしれない。

 どちらも【流れ】があり、【武器/楽器】ごとに役割や個性があり、【相手/聴衆】もいるからだ。

 演奏を聴きに来てくれるお客様を敵だと思ったことはないのだが……


 ──流れが淀んでいる。そして、嚙み合っていない。


 オレは冒険者の動きに強烈な違和感を覚えた。

 何度も経験した“弱いオーケストラ”の空気。それと同じことが目の前で起きている。

 と同時に、自身に流れる音楽家の血が沸騰するのを感じた。


 ──オレならできる。劣勢の原因が戦力差でないのなら……



 この戦況、ひっくり返せる。

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