15. それは彼らだけの真実
親友と毎日一緒に過ごせることは、テレーズにとって何より嬉しい。
かといって、憂えひとつない日々を送っているわけではない。
心を重たくする問題があった。
そのうちのひとつは、弟の容態。ジョゼフの病状が目に見えて悪化していた。
ジョゼフ本人が一番つらいはず。
だからこそ、テレーズたちは枕元で悲しい顔はしない。これは両親から言いつけられていることだ。
年が改まって間もない、ある日。
弟の部屋は、にぎやかだった。
枕を背もたれにして体を起こすジョゼフ、そばにはテレーズと親友、母とシャルルがいる。
「さあ、良い子たち。見てちょうだい」
準備が整ったところで、母が子供たちに向き直った。
ジョゼフにも見えるように、寝台の近くに大きなテーブルが置かれている。
その上に並んでいるのは、いくつもの人形や機械仕掛けのおもちゃ。どれも真新しい物。
背伸びをしてテーブルに両手をつくシャルルは、目を輝かせている。
「シャルル、ここにある人形やおもちゃは、あなたのものにはならないのよ」
母の言葉に、ええ、と言ってシャルルは口をとがらせる。
「これらは、貧しい子供たちへの贈り物なの」
話をしながら、母は窓に近づき、カーテンを開けた。
今日も雪景色。この冬は例年以上の寒さだ。
「遊び道具が欲しくても、お金が無くて買ってもらえない。そうした子供たちが、私たちの国には大勢いるの」
この教えは、毎年この時季に母から聞く話。
「あなたたちはフランス王家の子供、この国で一番裕福な子供よ。だからこそ、貧しい子供たちに、これらの人形やおもちゃを与えることが出来る。そのことを神様に感謝しなさい」
はい、とテレーズは返事をした。
親友と弟たちも。
母の話が終わると、女官たちがテーブルの上を片づけ始める。
テレーズたちは、このままジョゼフの部屋で過ごすことにした。
「お父様は、今日来ないのですか」
「お仕事で忙しいのよ。特に今年は、大事な行事を控えているから」
「大事な行事?」
「もう少ししたら、テレーズとティニにも話すわ」
テレーズたちが話す横を、シャルルが通り過ぎる。
近くにいた女官に抱えられ、寝台の上に乗った。
「あにうえ、おもちゃがいっぱいあったよ。ぼく、へいたいさんがほしい」
無邪気に話すシャルルに、ジョゼフは目を細める。
「兵隊さんの人形も、まずしい子どもたちの元へ行くから、シャルルのものにはならないんだよ」
ジョゼフの言うことに、シャルルは頬をふくらませる。
まだ四歳にもならない子供にとっては、母が教えることより、おもちゃへの未練の方が勝っているようだ。
■■■
アルトワ伯には、兄が二人いる。
この時点で、自分の元に王冠がやって来る可能性はないも同然。
さらに、義姉が息子を二人も産んでしまった。
その血統がどれだけ怪しかろうと、我が息子たちが王位に就く可能性も、限りなく低くなった。
それでもアルトワ伯は、男兄弟の中で末子に生まれて幸運だったと、しみじみ思う。
「あれは嘆かわしい限り、とんだ欠陥だ」
今目の前にいる人物、次兄プロヴァンス伯。
この兄より先に生まれなくてよかった。
アルトワ伯が今いる場所は、パリ市内にあるリュクサンブール宮殿。次兄が所有する私邸。
成人王族はそれぞれの私邸を持っており、そこで過ごすことが多い。
ヴェルサイユ宮殿には、用事があるときしか足を運ばない。そこを主たる住まいにしているのは、人を惹きつける魅力も人望もない兄王くらいだ。
アルトワ伯は今日、用事があってリュクサンブールに立ち寄った。
すぐ帰ろうとしたのだが、次兄に引き止められ、話し相手をさせられている。
普段は物静かなわりに、語り出すと長い。それがこの兄である。
「王権をここまで失墜させるなど、まったくもって前代未聞。私が王位に就いていれば、このようなことにはならなかった」
暖炉の中で揺らめく炎。
橙色の光が、椅子に座る次兄の突き出た下腹を、あかあかと照らしている。
春になれば、暖炉は用済みとなる。
一方で、次兄の腹の底にある怨恨の炎は、何年もの間消えることなく燃え続けているのだろう……といったことを考えながらも、アルトワ伯は次兄の話を耳に入れ、適当に受け答えはする。
「私は絶対にごめんですよ。平民ふぜいの言うことに耳を貸すなど」
「ブルジョワジーという連中は、財力という手段でしか、その存在を誇示できない生き物。祖先と血筋はいくら金があっても変えられないことを、理解できないらしい」
「長兄は手を変え品を変え、いろいろとやっているようですが、ドツボにはまってますね」
「即位してからというもの、大臣を何度交代したのやら」
「一覧にして、提示されてみてはいかがですか」
「誰がそんなお節介を焼くものか。それなら、お前がこれまでに寝た女たちの名前を一覧にしてやろう」
「私だって全員は覚えていませんよ」
「それをお前の妻に見せる。そうすれば、お前のだらしない下半身への戒めになる」
「おあいにくさま、私はもう女遊びは止めました。今もこれからも、相手はただ一人と心に決めているので」
「のろけは結構だ。そのうちポラストロン夫人も、お前の女癖に泣きを見る日が来るだろう」
「酷いなあ、兄上は」
弟の話に興味がないなら早く解放してくれ、とアルトワ伯は心の中で毒づく。
ここから解放してもらえないと、アルトワ伯は愛しい女の待つ場所へ行けない。悪態のひとつも吐きたくなる。
「それにしても、あの恥さらしの兄がすることは、すべて愚策。その結果が、今年春に行われる三部会だ」
部屋には他に人がいない。そのためか、次兄は本心を隠していない。
兄王を見下すこの言動。それは今に始まったものではないが、次兄の心の奥底にはどういった思いがあるか、アルトワ伯には分かる。
ルイ十六世は、プロヴァンス伯にないものをすべて手に入れた。
かつては宮廷じゅうを魅了した妃。
この国の王冠。
そして、世継ぎをも。
つまるところ、次兄は相手が妬ましいのだ。
(ずば抜けた秀才のくせして、根っこの部分は子供のままだな)
アルトワ伯が胸中でつぶやくことを、次兄は知る由もない。
「あのような欠陥、出来損ないが王位を継いだことが、いいや、この世に生を受けたことが、我が王家にとっての不幸だったのだ」
こちらの受け答えがおざなりになっているにもかかわらず、次兄はまだ話し続けている。
アルトワ伯が聞きたいのは、脂肪の塊たる男の語ることではない。
愛しい女の唇が紡ぐ声だというのに。
【15. それは彼らだけの真実】




