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青春の壁  作者: 山奥一登
10/26

第10話


「再来週、球技大会がある。今日はその種目決めをしてもらう」


 ホームルームの時間、突如チャンスは舞い降りた。


「男子はバレーかサッカー、女子はバレーかソフトボールだ」


 チョークが軽快に走る。男女それぞれグラウンド競技と体育館競技が一つずつ。これはつまり、冷泉と別の場所の競技にすれば監視されずに済むのではないか?


「とりあえずみんな希望を書いていってくれ。窓際の列から」


 担任の指示で窓際の列が最初に希望を記入する。冷泉は一番窓際の列だ。運よく俺は冷泉の出方を見てから決めることができる状況を得た。冷泉が友人と一緒にソフトボールの欄に名前を書いたのを確認して、智也の肩を叩いた。


「バレーやろうぜ」


「ああ、いいけど……。そういうことか」


 智也はすぐに勇介の意図を汲み取って頷いた。

 二人でバレーボールの欄に名前を書いた。

 その後他のクラスメイト達も名前を書いていき、おそらく譲り合いの精神も働いたのだろう、男女ともに話し合うまでもなくあっさりと参加競技が決定した。


「これで決定だな。ちなみに経験者は種目ごとに制限があるから注意するように」


 担任の言葉でホームルームは終わりを迎えた。

 俺と智也はもはや声もかけずにトイレへ向かった。



「またとないチャンスだな」


 智也はニヤリと笑う。


「ああ、絶対無駄にしないようにしないと」


 勇介は拳を握った。


「俺は球技大会で彼女を作る!」


 勇介の意気込みがトイレの温度をわずかに上げた。


「智也、俺にバレーを教えてくれ」


 智也は小学校中学校とバレーをやっていた。


「そう言うと思ったよ。やるか!」


 勇介と智也はその日の放課後からバレーの練習を始めた。

 勇介はもともと運動神経がいい。智也に教わったことをみるみる吸収していき、家でもスマホでプロの動画などを見漁った。

 バレー部の練習を見て敵のレベルを確認し、勇介は追いつけると確信した。勇介は限界まで集中力を高め、2週間というわずかな期間で、バレー部に負けないくらいの力を身につけた。


「お前やっぱりすごいな。やればできるっていうのはまさにこのことだな」


 勇介の上達を見て智也は拍手を送る。


「球技大会でモテ男になるためにはこれくらいやらないと。当日で女子の目を惹いて、そのまま彼女を作ってやる」




 球技大会当日。勇介は誰よりも入念にウォーミングアップを済ませ試合を迎えた。相手は同じ1年生のチーム。バレー経験者はいないようだ。


「お願いします」


 体育館では男女3チームずつが同時に試合を開始する。ネットで仕切られた体育館の端、そして二階通路から沢山の生徒が見ている。やはり自分のクラスの応援をしている人がほとんどだろう。しかし俺は他の人より注目を浴びる必要がある。俺と冷泉の関係を知らない人が俺を見なくては。もっと注目されなくては。しっかり注目されるための案も考えていた。


「智也、みんな、ちょっと来てくれ」


 チームメイトを集めて円陣を組んだ。思い切り息を吸う。


「勝つぞ!!!」


 俺は自分の出せる最大の声で叫んだ。既にボールの音、別のチームの掛け声もしている中でも俺の声は大きく響いた。一回戦から尋常ならざる気合を入れている俺たちを、観戦している生徒たちは面白半分に注目し始めた。

 これで視線は集まった。あとはかっこよく活躍するだけだ。

 審判の生徒からボールを受け取る。試合開始のホイッスルが鳴ると同時に、ひょいとボールを斜め前へと投げた。落下地点を予測して、その少し前までにMAXの助走をつける。8割の力で床を蹴り、ボールに近づき思い切り腕を振り下ろす。智也から教わったジャンプサーブだ。ボールは相手コートに進んでいき、そのまま床でバウンドした。


「ナイスサーブ!」


 智也がひと際大きな声で喜ぶ。イエーイ、とたかが一点目なのにハイタッチまでした。ちらりと観戦している生徒たちを見ると、狙い通りざわざわと色めき始めた。

 上手く注目を集められたようだ。

 よし、これで掴んだ。もう一度ジャンプサーブを決め、あっさりとエースを奪い取る。


「ナイッサー!」


 智也も俺の意図を察してくれたようで、わざとらしいくらいに大きな声をあげる。

 流れるように試合は進み、勇介の活躍により1年A組は圧勝した。


「ありがとうございました!」


 挨拶を終え観客の声に聞き耳を立てると、あのクラスの子すごくない?かっこいいよね、と話す女子達の声が聞こえてきた。もちろん聞こえないふりをしたが、勇介は久々の「モテている」という実感に、つい笑みがこぼれた。

 

 勇介はそのまま女子のソフトボールのチームを見に行った。最終回、2‐0で勝っている。冷泉はマウンドにいた。


「冷泉さん、すごいよ」


 俺たちより早くから観戦していたのであろうクラスの女子がそう話していた。ちょうど冷泉が投げた。直後にキャッチャーミットから破裂するような音が響く。キャッチャーは野球部の顧問が担当していたが、冷泉の球を取るたびに痛そうな表情をしながらふるふると手首を振っていた。バッターは構えが様になっていることから経験者か現役の部員だろう。悔しそうに冷泉とその手から放たれる剛速球をにらみつけるが、バットは空を切る。

 審判がゲームセットを告げた。


「あいつ、運動も化け物だな」


 俺と智也は驚きながらグラウンドを後にした。

 良かったと安堵する。

 あいつがバレーをやっていたらきっと俺より目立っていたに違いない。


 教室で休憩しているとアナウンスがかかり、次の試合に向かった。相手は先ほどより一回り大きい、と思ったら3年生のチームだった。けれどバレー部員はいないようだ。

 やることは変わらない。

 勇介は先ほど同様円陣を組んで大声で注目を集めた。先の試合の活躍も相まって、勇介たちの試合を見ている生徒はほかのチームより多かった。相手チームのサーブをチームメイトが拾う。だいぶブレてはいるが経験者の智也は楽々と落下地点の真下に入り込んで、ひょいとトスを上げる。俺は助走をつけて、この2週間練習してきたスパイクを相手コートに打ち付けた。バシン、とボールが跳ねる。

 俺が決めると黄色い声援が起こった。わざとらしく喜び、どんどん点数を重ねた。途中から更に観戦の生徒が増え、その度に歓声も増えた。


「バレーやってたの?」


「どこ中?」


 試合が終わると沢山の女子に声をかけられた。その声は明らかに好意的なもので、勇介は既にこれまでの作戦とは違う圧倒的な手応えを感じていた。


 二回戦でこれだけの注目度だ。優勝すればきっと……。


 女子に囲まれている自分を想像してニヤニヤしていると、智也の姿が見当たらないことに気づいた。


「あれ、智也は?」


「何かさっき渡り廊下で冷泉さんと一緒にいたよ」


 チームメイトに聞くと不穏な答えが返ってきた。急いで体育館を出ると渡り廊下へと走った。しかし二人の姿はない。教室に向かうと、智也は平然と水分補給をしていた。


「おお、どうした」


 智也はいつもと変わらない様子だった。何があったかを聞いた。以前圧力をかけられたこともあったから心配したが、今回は大丈夫そうだった。


「ああ、何かお前の監視をしてほしいって言われたんだけどさ、もちろん断ったよ」


 智也はにこりと歯を見せて笑った。


「智也……。心の友よ!」


 感動して思わず智也に抱き着いた。どこのガキ大将だよ、と緩いツッコミが入る。

 しばらく教室にいると、校内放送でチームの呼び出しがかかった。

 いよいよ準決勝だ。

 準決勝の相手にはバレー部が一人いた。しかし現役バレー部はルールでサーブとスパイクが禁止なので、レシーブが上手くてもその後の未経験者のミスが目立ち、ここでも俺たちは快勝を収めた。

 黄色い声援は二回戦より大きくなり、試合後には軽く女子に囲まれるほどになった。


「彼女いるの?」


 沢山の言葉の中からその言葉が聞こえてきて、勇介はよしと心の中で拳を握った。

 ここで「いない」と言うことはできないが、少なくとも俺に彼女がいることを知らない女子も俺を見ているということが把握できた。


 チャンスはもうすぐそこまで来ている。



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