今日もニーナは幸せです
初投稿です。お暇つぶしにどうぞよろしくお願いします。
『絶対、絶対だ!絶対追いついてやるから!』
そう言って別れた幼き日。自分がどう答えたのかは忘れてしまったが、村を出て8年。様々な事があったけど今日も無事に生きている。
この国には5歳になると魔力適性検査を必ず受け無ければならないという法律がある。貴族、平民、貧民、浮浪児問わず。
そこで適性を見出されたら国から魔力操作を学ぶため全国から集まって教育を受ける。
何の特産もない辺鄙な田舎の更に田舎の小さな小さな集落にも検査の為に魔術師達が派遣された。
そしてその小さな小さな集落から初めて魔力適性有りと診断されたのが私ニーナなのだ。
すぐに王都に!と興奮状態の検査員曰く、私の魔力は何やら特殊らしく研究対象にしたいという事だった。
だがしかし、当時祖母と二人暮らしの私は一人王都に向かうのは心許なく、また祖母の病気が心配で離れがたかった。
検査員に祖母の病気の事を伝えれば無料で診て貰えた。だけど病魔は既に祖母の全身を蝕んでいた。回復魔法でも最早気休め程度のものだった。
王都に向かい治療を受ければ多少の延命は可能らしい。祖母に伝えると慣れ親しんだこの村で眠りたいとのことで、残りの僅かの時間を過ごした。
そして。
祖母は旅だった。
遺品の整理、住んでいた家の処分に家畜の譲渡。
村の人達に助けて貰いながら何とか葬儀も終え、悲しみも置いていざ、王都!
そうして検査員の一人と王都に向かおうと出発しようとした時冒頭のやり取りがあった。
同じ村の同じ年の男の子。貧しい村では子供も立派な労働力なもんで遊ぶ事はあまりなかったが、家への出入りはよくしていた。
顔を合わせる度元気よく話しかけに来てくれたものだ。
『女はこっち来んな!』
『お前なんか誰も嫁にもらわないんだからな!』
『ぼーっとしやがって!のろま!』
いや、これは今思えば悪口か。悪口だな。
そんな彼は王都に向かう前日に挨拶に向かうと俯いて何も話そうとしなかった。きっと昨日森で何か変なものでも食べたんだろう。
おじさん達にお世話になった挨拶をして体調の悪いであろう彼には手短に『バイバイ、元気で』と告げ、残りの村人達の挨拶に向かった。
まさか彼が見送りに来てくれたとは。
お腹も良くなったんだろう。よかったよかった。
そして私は検査員の人に連れられて王都に降り立った。
見る物全て初めてでキョロキョロしてしまった。検査員の人は自分もそうだったと懐かしんでいた。
検査員さんの名前はガロさん。普段は研究所で実験をしているらしいが今回検査員の担当が回って来たそうだ。そこで私を見つけたため私は ジッケンドーブツ にされるそうだ。3食食べさせてくれるそうなので不満はない。
連れて来られたのは大きな建物。キョロキョロしすぎて何処を歩いたか判らない。
気付けば塔の中の一室に通され今後の説明を受ける。意味の判らない、理解出来ない言葉はガロさんが分かりやすい言葉でいい直してくれた。
本来なら魔力適性有りと診断された場合、合同で基礎訓練を行いその後個人にあったカリキュラムが組まれる。だが、私の場合は魔力操作を覚えつつ研究対象にもなるため合同基礎訓練は行わず、一日のほとんどをこの塔で過ごす事になるそうだ。
研究対象になる程の魔力とは何だろなー?とか、今日のご飯は何かなー?とか考えている内に話しはまとまったらしい。
家族のいない私の身元引受人にガロさんが名乗りを上げてくれた。
よろしくお願いしますと挨拶をしているといきなり扉がバンッと大きな音を上げ飛んでいった。
部屋の前には息を乱したボサボサの髪に黒のローブを羽織ったおじさんがいた。
肩で息をしてこちらを睨むようにして顔を上げたおじさん。
ドクンっ
心臓が大きく脈を打った。
不思議に思い胸を撫でる。何だったのだろうか?
自分の身に起きた僅かな違和感に気をとられている内に私の身元引受人がガロさんからおじさんに変わっていた。
ガロさんからは悲壮感が漂ってきたが既に決定されたものらしく、覆らなかった。
おじさんは国一番の魔術師で今は既に引退し、名誉顧問としてたまに魔術師塔に立ち寄るらしい。
そんなおじさん改め、イグナーツ様は師匠として私を引き取り王都郊外の師匠の家で住み込みで魔術の勉強をする事になったのだ。
私としては3食食べさせてくれるならガロさんに ジッケンドーブツ にされようが文句はなかった。そもそも行くところも帰るところもない。ガロさんから師匠に変わっただけなものだと大して気にとめなかった。
後から知った事だが、師匠は国王陛下を脅してまで私を弟子にしたそうだ。師匠は扱いが難しいらしく、機嫌を損ねてしまうと国の存亡が危ぶまれる程の大魔術師らしい。そんな師匠の願いを無碍に出来ず、すんなり私は大魔術師、イグナーツ様の弟子となったのだ。
5歳で弟子となり、魔術以外にも一般常識や教養、マナー、計算、外国語を学ばせて貰うこと13年。私も18歳になった。
田舎から出てきた平民には勿体ない位の好待遇。ちゃんと3食食べられる。それだけで十分なのに知識も与えてくれた。師匠、感謝します!
さて、何故10年以上前のお話を思い返していたのかだが、これは冒頭のセリフに繋がるのだ。
「ニーナ!遅くなってすまない……!迎えに来た。俺と一緒に故郷に帰ろう!」
「……」
「もしかして田舎は嫌か?なら、王都でもいい。家を借りてそこで一緒に住もう。とりあえずは仮住まいとしてちゃんとした家は二人で考えよう。キッチンは大きくして使い勝手のいいものにして、庭も広くしないと。子供が出来たら休日は庭いっぱい走り回ってさ。ハハッ、子供はニーナによく似た女の子がいいな。いや、男の子でもきっと凛々しい子だろう。どっちでも俺とニーナの子なら愛しくない筈がないさ。あぁでも娘ならいつか嫁に行ってしまうのか。結婚は父親である俺を倒さない限り許せないな。俺から愛するニーナと娘を奪う何て悪魔の所業ではないか!駄目だ、そんな悪魔をのさばらして置くなんて……!いっそこの世界を俺とニーナと子供達だけにしてしまえばいいんじゃないか?そうだ、名案じゃないか!この世界に俺達だけなんて……!正に理想!なぁニーナ。君もそう思うだろ?」
「レイド君、元気そうだねー?」
13年ぶりの再会を果たしたわけだが、レイド君は元気そうだ。こんなに一気に喋るくらいだもの。やっぱり健康が一番大事だよ。あと言葉遣いが大人になってる。
「ニーナ?お客さんかな?」
「師匠。故郷の友達が会いにきてくれました」
後ろからヌッと現れた師匠ことイグナーツ様は背が高い。私とは頭二つ分離れている。レイド君と比べても勝っている。レイド君と私も頭一つ分以上離れているようだ。成長ってスゴい。
「ニーナが世話になりました。今日これからは、俺がニーナを守ります。ニーナ、さぁ。お別れだよ。挨拶して行こう。新居を見つけないとね」
そう言ってレイド君は私の腰に手を回し抱きしめてきた。ほのかに香る汗の匂いは幼い頃の彼と違い、男性を強く意識させるものだった。
触れる体温は高く、自分の柔らかな体とは違う硬い筋肉で覆われた体。服の上からでも鍛えられた体だと分かる代物だ。
今まで師匠と二人暮らしでよくよく考えれば他の人間との交流はほとんど無かった。たまに師匠を頼って魔術師達が来たり城からの使者が来たりとした事はあったけど、対応は師匠が行い私は家の奥に隠っていた。
誰か来る時は大抵師匠から難しい薬の調合を任されていたり、家の裏にある森?山?からこれまた見つけにくい植物の採集を頼まれたりとお客さんの対応など出来ないことばかりだったのだ。
そんなこんなで他人との交流をして来なかった訳だ。
いくら幼き頃の友達とはいえ、如何すればいいのか判らない。年の近い男性と話すのも久しぶりだ。
昔、師匠と市場に買い出しに出かけた時店の手伝いをしていた子と話した以来の出来事だ。
(その後、定期購買となり家の前に商品を置いて代金は月末払いとなりその対応も師匠が行っていた。少年もそれ以降、会っていない)
自分との違いに感心する一方でひどく恥ずかしい。心臓の音がやけに大きく聞こえる。
レイド君にも聞こえてしまうのでは―――
「ニーナの友達君。新居は自分で決めるといい。君の家なんだからニーナの趣味を反映させる必要はないよ。この子は私のものなんだ。……さっさと手を放せ」
「!」
ドスの効いた声に思わずビクンと反応する。こんな不機嫌な師匠は数年振りだ。その時は確か古い知り合いという人が突然訪ねて来た時以来の事である。まぁ、陛下の依頼で数日間家を空けていたのに帰ってくるまで居座っていたからであるが。
その時の師匠はそれは怖かった。それはもう!そして心に刻んだのだ。
『イグナーツ様を怒らせるべからず』
いやもう、ほんとに怖かったなぁ。笑ってるのに笑ってないってああいう目のことをいうんだろうな。私が悪いのか?と思いもしたけど口になんか出せないよね。一切目をそらさずずーっと何をしていたのか根掘り葉掘りきいて。目に光が一切ないって怖い。そのあと半年ほど外出禁止にされたっけ。
またああなったら面倒なわけですよ。レイド君とは違うドキドキ感。いや、ドキドキというよりハラハラ感?
「レイド君!わざわざ訪ねてきてくれてありがとう!久しぶりで驚いたよ!でも悪いけど、私は師匠にまだまだ教わることがたくさんあるからね!ちょっと物件探しは無理かな!ごめんね!」
そう言って離れようとするも、放してくれない。何故に。
「あぁ、ニーナ。かわいそうに。こんなところでずっと囚われていたんだね。すぐに助けにこれなくて本当にすまなかった……。でも、もう大丈夫なんだよ。もう、君は自由だ。自由なんだ」
「こんなところで悪かったね。さぁ、もうお帰り。ニーナこちらに来なさい」
「待ってニーナ!だめだ、君は騙されているんだ!」
「騙す?人聞きの悪いことを。これは正式に国王陛下からも認められている。貴様にとやかく言われる筋合いはない。もう一度だけ言おう。帰れ」
ピキッと空気が凍る。師匠から漏れ出た魔力の仕業だ。これはアカン。相当キてる。
「ニーナ。君を育ててきたのは誰だい?」
「イグナーツ様です」
「では、君が従い敬愛すべき人物は誰だ?」
「イグナーツ様です」
「そう。では、君が心を開きすべてを捧げるべき相手は誰だ?」
「イグナーツ様です」
よろしい。そう言って師匠、イグナーツ様はいつの間にかレイド君からの拘束をとき、自身の腕の中に捕らえた私の頭を可愛がるように撫でる。子供にするような優しい手つきではあるが、もう片方の手はしっかりと私の体をからめとり逃がさないといっている。
「……洗脳か。見下げた行いだな」
「どうとでも。ただ、洗脳なんて無粋だよ。これはただの事実だ。ニーナが僕以外の誰かを選ぶなんてありえない」
不穏な空気怖っ!
イグナーツ様はそういうけど、実際私も18歳。そろそろ恋人や結婚相手が欲しいなと漠然と思っていたけど、言い出せる雰囲気ではない。私は空気の読める子なのだ。
「……ニーナは俺と将来の約束をした。アンタはもうお役御免だ」
「ほう?約束ねぇ……。ニーナ?そうなの?」
ぐっと拘束が強くなる。内臓が圧迫されて苦しいです師匠!
「ぐぅ、……えーっと、うぐっ。はぁ……したっけ?んぅ!?」
苦しい苦しいですって!!師匠!!
パシパシと師匠の腕をたたいて拘束を緩めてくれるよう促すも、効果なし。うっ、息がっ……!
「ニーナ!待たせてしまったのは悪かったが、約束したじゃないか……!君が王都に行く日に『絶対追いつくから待っていて』と!君も了承しただろう!?」
うーん、そういえば。そうかも?でも自信ないなぁ。おばあちゃんが死んで色々処理してすぐだったし。感傷に浸る間もなかった。それに、ここでの生活は快適だったから。師匠が傍にいてくれたからさみしいと思うことも少なかった。
「ふっ。どうやら貴様の独りよがりだったようだな。これでもうニーナに用はないな。さっさと帰れ」
「ニーナ!君が忘れていても俺の心はもうすでに君しか愛せない!君の愛を求めること、許してほしい!そして……、この男ではなく俺の手を取ってくれ!君を自由にしてあげられるのは俺だけなんだ!!」
「思いあがるなよ、小僧」
その瞬間、あたりは暗闇に包まれ体が重力で押しつぶされる。
「ぐっ!?」
「レイド君!イグナーツ様、おやめください!」
イグナーツ様の腕の中から懇願するも、聞き入れられずさらに威力を増した。
普通の人間ならすでに地面に倒れ起き上がることなく絶命するほどの強重力。しかし不思議なことにレイド君は呻き声を一瞬あげたものの、倒れることもなく二本の足で立っている。
「ちっ、面倒な……」
イグナーツ様の舌打ち珍しい!普段は温厚なのだ。だが、勝手に自分のテリトリーに侵入されることや許可なくイグナーツ様のものに触れるとすこぶる機嫌が悪くなる。
自惚れではないが、恐らく私のことも自分の所有物。自分のものであると思っているようだ。先ほどの発言からしてまず間違いないだろう。
奪われるということが大嫌いなイグナーツ様。レイド君を奪う者と認識したんだろう。これはまずい。
「イグナーツ様っニーナはどこにも行きませんよ。ここにおります。勝手に出て行ったりしませんから、お怒りを鎮めてくださいませ」
背後のイグナーツ様は怒気と憎しみ焦り悲しみをない交ぜにしたようなオーラを放っている。このままだと面倒なことになるのは必然。すでに動き始めていることだろう。うぇっ、怒られる……
「ニーナ!?何故だ?何故、そんなヤツを庇う?君は騙されているんだ、その男に!そして、〈この国〉に!!!」
〈この国〉に騙されている……って、レイド君は知ってるの?
魔力適正検査と称して魔力持ちを集めることの本来の目的が“魔王”の番を探し出すための隠れ蓑であるということを。
私が魔王の番であることを。自覚はほぼないけどね!
「ニーナは私のもの。魂の半身。幼馴染だろうがなんだろうが、私のニーナを気安く呼ぶな。触れるな。見つめるな。私のニーナ。君は私のものだ。そうだろう」
わぁ。やっばーい……。闇落ちってこういうことを言うのかな?この人闇の住人だけどね。
そうこうしている間に、イグナーツ様の術が解けていく。
野暮ったいパサパサした赤茶の髪は艶やかな黒髪に。
黒ぶち眼鏡は消え去り、ピジョンブラッドの美しい瞳が露わになる。
口元には人のものより長く鋭い牙がのび、頭には羊を彷彿をさせる黒い角。
固く鋭い爪は何物でも切り裂くことができる。
禍々しいオーラと共に、あたりがざわざわと蠢く。闇から、影から、続々と異形な存在が現れた。
『王サマ、王サマ!!』
『王サマ、ボクラノ王サマ!』
『ワレラガ王サマ!モウ、イイノ?』
小さいものから大きなものまで口々にイグナーツ様を『王様』と呼ぶ。闇から出てきた異形の『王様』。
人は異形の存在を『魔物』と呼び、その魔物たちが言う『王様』は―――――
「『魔王』イグナーツ!!お前は『勇者』の称号を受けしこのレイドが打ち取る!!これまでの悪行、後悔するがいい!!!」
カッ!と一瞬レイド君の体が光に包まれるとそこには光り輝く荘厳な鎧を身に付けた『勇者レイド』がそこにいた。
ロングソードを構え、イグナーツ様の放つ圧力を打ち消し禍々しいオーラで歪んでしまった空間を浄化する。元の住み慣れた家に戻りほっとする。だが、
……正直、『魔王』と『勇者』の戦いがこんな生活感溢れた一般住宅の庭で行われていいものだろうか?洗濯物を背景にする戦いではないよね?もうちょっとこう、こうあるべき!ていうものがあってもいいのでは?
若干遠い目をしてしまったが、私はまだイグナーツ様の腕の中だ。多分もう、放す気ないですね。はい。
あっ、レイド君も仲間と来てたんだ。お仲間もなんか遠い目をしてる。気持ちわかるよ!同志!!
「イグナーツ様。レイド君。とりあえず、お茶でも飲みましょう。そして落ち着こう。こんな人生に一度あるかないかの戦いを洗濯物を干している庭でやる事はないと思うんです!!かっこいい二人の戦いにはそれにふさわしい舞台が必要です!ここはそうじゃない。なら、戦いは置いといてお茶にしましょう!丁度ケーキを焼いていたんですよ。師匠の好きなドライフルーツがたくさん入ったパウンドケーキです。レイド君は木の実好きだったけど、今はどうかな?木の実入りのクッキーもあるからよかったら一緒に食べよ?お仲間の人たちも!!どうぞ!!」
私は必死だ。どうにか矛を収めていただかねば!!ぜっっったい怒られる!私が!!!
腕の中に居ながら師匠とレイド君に訴える。この前師匠が買ってくれた本の主人公が行っていた首傾げ。どの男もこれで次々と落ちて行った恐ろしい技である。孤独な王子も冷徹公爵も裏表の激しい義弟も堅物騎士団長の息子も!全員が、全員がこの技で陥落していったなんとも恐ろしい技である。
こんな恐ろしい技が私に行えるかは疑問だが、ここは百戦錬磨なヒロインちゃん、信じてる!!
「かっこいい?」
「ニーナが、俺の好物を覚えてくれて?」
よし!!いいぞ!!いける!そう言い聞かせて、最後にもう一撃だくらえ!!
「……だめ、ですか?」
そういって目を伏せ、涙は流さずも瞳を潤ませる。
物語最後に登場する隣国の王子だけど人質として差し出された年下ツンデレキャラをも陥落させたヒロインちゃん。先生、私やります!!
「……いや?」
背の高い二人を見上げて悲し気な表情を作る。これはあれだ。最近の出来事で悲しいことを思い出しながら表情を作るといいかも。最近の悲しい出来事……。はっ、そうだ!最近はお値段据え置きで内容量が減ったり小さくなったりで実質値上げしているものが多い。買い物に気軽に出ることはできないながらも、市場は確実に不景気なはずだ。私が好きなパン屋のパンも小さくなってしまった。なんと悲しいことかっ!
「「お茶にしよう」」
ヒロインちゃん、勝ちました!!ニーナはやりましたよ!!
妙な達成感を覚えつつ、お茶の準備をする。レイド君の仲間の人達もいれると家の中では手狭だ。洗濯物を片して外で頂くことにしよう。
テーブルを出すのを師匠が手伝ってくれた。普段は温厚だし優しい紳士な師匠。機嫌もさっきと比べると大分落ち着いている。
「ありがとうございます、師匠」
「……うん」
はにかむ師匠、かわいいかよ!
そんなこんなでお茶を飲む。あー、おいしい。どれ、ケーキ……。うん、いいね!
師匠と住むようになってお菓子作りのレベルも随分上がったものだ。お菓子なんて贅沢品、村にいた頃じゃ考えられない。ここに来てよかった。
「うん、ニーナ美味しいよ。私のために焼いてくれたケーキ。今日もとてもいい出来だ」
「ありがとうございます、師匠」
「ニーナ!このクッキー、昔祭りの時に振る舞われたあのクッキーだね俺たちの思い出のクッキーだ」
「うん、あの時食べたクッキーが忘れられなくて思い出しながら作ったんだ」
何か含みがあるような気はするけど、気のせい気のせい!!
師匠もレイド君も今じゃ笑いあってるし!!
会話も弾んでるみたいだし!!ねっ!!!
「……これは、どういう状況ですか?」
「ひぃぃっ!!!」
ふぅー、お茶が美味い。くつろぎ始めた矢先に耳元で囁くこの低音ボイス!!
「ジ、ジブリール様っ!!」
「どうしてあの二人が?ニーナ、説明なさい」
ぐっ!!なんて冷たい目つきなのか!!
さすがは師匠、イグナーツ様の代わりに魔王を務めるお方!!むしろ、あなたこそが魔王!!!
「ニーナ?」
もう一度問われた。これ以上は氷漬けの未来しかない!!
「突然やってきた勇者ご一行と急遽お茶会をいたすことになりまして、この通りです」
「何故、お茶会?……まだお菓子は残っているんでしょうね?」
首に手を回されているのでいつ締められるかわからないこの状況。現役魔王様の手にかかれば私なんか蚊を仕留めるより簡単だろう。怖い。
「ジブリール!ニーナをいじめるのはおやめ。ニーナ、怖かったろう。さぁ、おいで。私が慰めてあげようね」
「うぅっ、ししょう……」
「ニーナ!怖いものは全て俺が消し去ってやる!だからこっちにおいで。一生、君を守るよ」
「レイド君……」
二人とも優しいなぁ!!なんていい人たちなんだ!!
「イグナーツ様。お言葉ですがいじめておりません。不甲斐ない妹弟子を教育するのも兄弟子たる私の役目。いわれなき誹謗はおやめください。それと、そこの。怖い?恐怖で人を支配し、人間社会をまとめることが大昔勇者と交わした盟約。怖くして当然ぞ。貴様も今代の勇者というならわかっておろうが。控えよ、人間風情が」
痛い痛い痛いっ!!!爪っ爪食い込んでる!!ジブリール様!!立派な爪がっいたっ!!
「ジ、ジブリール様!!爪痛いです!!お菓子はまだあります!!何なら作りますから!!爪!!首搔っ切られる!!死ぬ!!」
「……プリン」
「作りますとも!!この前言ってましたよね大きいプリン!!バケツサイズの大きいやつ!!作りますから!!お願いします!!」
「……おおきい、プリン」
「はい!ぜーんぶジブリール様が食べていいんですよ!!」
「……おおきいの、独り占め」
「はい、勿論!!」
「……たのしみ」
無表情で血の気のないような白い顔に赤く頬が染まる。好きなものの前には幼くなるプリンが大好きな冷血魔王、ジブリール。(職業:魔王代行)
拘束が緩み、さっと身を離す。
「ではっ!早速バケツプリンの調理に入ります!!できるまでしばしお待ちください!!」
バビュッと台所に駆け、慌てて作り始める。待つ間のワクワク感がイライラに変わるまでにはお出ししなければ!!
魔術を同時展開させ、最速での調理を行う。ただ、急ぎできたとしてもジブリール様のお気に召さないものはお出しできない。早く、されど丁寧に!最高の逸品を!!
ニーナがプリンを作る為、台所に向かったあとでしばらくの沈黙の後、勇者一行の一人が仲間内にぽつりとこぼした。
「レイドさん、魔王の番が初恋の人だったんだ」
「「「それな」」」
勇者ご一行。ニーナによってお茶に誘われたが、まさか討伐対象である魔王とお茶会をすることになろうとは夢にも思わなかった様子。勇者レイドは自分たちのことはすでに忘れて魔王、イグナーツとニーナを巡る不毛な争いの真っ最中。
魔王を倒し、人間界に平和をもたらすため日夜厳しい修行に明け暮れた。時には戦友を失い、救えなかった命もあった。涙をどれほど流したことか。どれだけの犠牲を払ったことか。
人類の安寧のため。自身の命と引き換えに魔王を打ち滅ぼす。そう決意し集った者達は突如現れた黒の長髪を持つそれはそれは美しい魔族の男の言葉に思考が停止した。
「『恐怖で人を支配し、人間社会をまとめることが大昔人の祖であり勇者と交わした盟約』?なによ。それ……」
「つまり、この魔王との闘いというのは―――」
「『人類共通の敵』を作ることで人間社会をまとめるための、芝居……?」
「「「……」」」
沈黙が流れる。
誰も何も発しない。正確には残された勇者一行にだけ訪れた沈黙。
「できましたよ!!ジブリール様!!」
「!!プリンっ」
「ニーナ、さぁおいで。私の膝にのりなさい」
「じじいの膝にのったら関節通がひどくなるのでは?ニーナ。俺のところにおいで、俺に君を感じさせてくれ」
「ガキ、誰がじじいだ。貴様にニーナはやらん、とっとと帰れ」
「自分の年齢もわからんとはな。ニーナも大変だろう。まだ若いのにじじいの介護なんて。さぁ、ニーナ。俺と一緒に帰ろう」
「バケツプリン……。うまい」
「お茶、おいしい~」
緊張感のないお茶会。確実に今、人類にとって重大な話が出たはずだというのに。全くの無関心の彼らを見るとバカバカしくなる。
複雑な気持ちと今すぐにでも問い詰め、事実を確認したい衝動に駆られるが頭が働かない。この状態で問いただしてもまともな判断などできるはずもなかった。
誰ともなしにため息がでる。
忘れよう。今は。忘れて目の前にある美味しいお茶とお菓子をいただこう。
魔王の番特製のお菓子。素朴だけどめちゃくちゃうまい。
*****
魔王イグナーツの番、ニーナ。
彼女が師匠であるイグナーツが魔王であり、自身の番であると知ったのは出会って割とすぐのことだ。
イグナーツの元には兄弟子ジルベールがいた。イグナーツは自分以外の雄がニーナの近くにいることが耐えられず、スパルタともいえる扱きにより早々に魔王の座を彼に明け渡したのだった。しかし、ジブリールはそれを不服とし、あくまで“代行”の立場を貫いた。
人間のニーナと不滅のイグナーツ。
人間の短い生を全うしたニーナが次に生まれ変わるまでの時間をただ待つだけなのはもったいない。
いずれ訪れるその日までは休日とし、心行くまで謳歌してほしい。
そうしてニーナによく言い聞かせたのだ。
『お前は師匠の番。魂の伴侶だ。……配偶者のことだ。……夫婦の片割れことだ。つまり、お前は師匠の妻だ。覆せない。……ちがう、幼女趣味じゃない。誰から教わった。……まぁいい。お前に何かあると師匠は暴走して手がつけられない。だから、師匠の傍に常にいろ。それが一番だ。……煩わされるのも楽しみの一つだ。いいな。お前は常に師匠から離れるな。ずっとだ……穏やかな師匠は久しぶりなんだ」
番の意味を知ったニーナはその日夢を見た。
いつかの日。勇者と呼ばれた同郷の男と数人で魔王討伐に赴いた。
何の感情もなく次々と仲間を屠る魔王。
勇者も倒されいよいよ自分が殺されるというその時、魔王の美しい紅い目が見開かれた。
驚きと動揺。歓喜。嫉妬。様々なものが浮かぶ。
『お前が私のものになるのなら、手を貸そう』
そう言って美しく笑う魔王。
あぁ、なんて美しいのだろう。
魅了された彼女はそうして魔王と共に歩むことになったのだ。
人類の敵として魔王が存在する。絶大な脅威から身を守る為人間同士で争っている場合ではないと。
そうして勇者は人をまとめた。人が集まり、村が出来、町が出来てやがて国となった。
初代国王となった勇者はいつの日にか幼馴染の少女を取り戻すと決意し、魂の記憶を自らの武具に宿らせた。武具に認められるのは初代国王の意思を継ぐ者。それは国王である勇者の生まれ変わりである。魔王に魅入られた少女を取り戻すため、勇者は幾度となく転生を繰り返す。少女と幾度となくめぐり逢い最後に必ず魔王に奪われる。
この絶望を断ち切る為、勇者は魔王に挑み続けるのだ。
「……夢の人レイド君にそっくりだったなぁ」
「ニーナ?誰だい?ソレは。だめだよ。君は僕のでしょう?朝ごはん食べたいよね?」
「師匠!ニーナは師匠の弟子です!ですので師匠のものです!朝ごはん食べたいです!!」
「うんうん、そうだよね。ニーナは僕のだよね。朝飯に負けてなるものか(ぽそっ)」
「師匠?どうしたのですか?」
「何でもないよ。さぁ、朝ごはんだよ。顔、洗ってきなさい」
「はい、師匠!」
*****
13年前、田舎の集落からやってきた少女は魔王の番だった。
さみしいこともあったが、それを上回る幸せが少女を覆っていた。
それは他人がみればとても歪な鳥籠でしかない。
それでも少女はその鳥籠に囚われ続ける。
盟約のためか、少女自身の意思なのか、魔王による洗脳か。
いずれにせよ、今日も少女は幸せだった。
「今日の晩御飯は何にしようかなぁ~」
完
ありがとうございました!