第100話 適性
ガスタル・サキナはこの町の用心棒である。
カラト近辺の森林から襲来してくるケイマンの討伐を遂行し、その見返りを自治会から貰い、自身の生計を立てている。
その討伐の任務に僕は同行した。
「ちょっ、僕が向かってどうなるんです!?」
「あの家は敵地のど真ん中だ。お前を放置して呑気に外に出るなんざ、危険が過ぎるんだよ。」
ケイマンは見た目こそなよなよとしているものの、力や素早さで見ればそれこそ人並み以上のものを持ち合わせている。だが、それがこの男にとって障壁となるかどうかというと…
「でもガスタルはケイマンをあんなにも簡単に倒していたじゃないか。僕にでも倒せるんじゃないのか?」
「俺が例外なだけだ。鍛えたからな。常人が対峙してもまず根負けする。それだけ力も強いし、仮に刃物で切り掛かっても、奴ら、中々硬い表皮してっから、芯を捉えて一刀両断なんて芸当は無理だ。」
「なら、もし町中とかでケイマンに出会ったら…」
「ん、そん時は…」
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「『全力で私を呼べ』か…。本当に来るんだろうな…」
「坊や、すまない。アタシはあれから逃げられるほど足に自信は無いんだ…」
ケイマンの追い掛ける速度は、感覚で言えば“普通に早い”だ。
僕1人ならばともかく、老人1人を抱えて逃げるにはあまりにも心許なかった。
「どうにか僕があいつを引きつけます。その間に…」
「すまない、助かるよ。ただ、死ぬんじゃないよ。」
「分かってます。」
幸いにも眼前のケイマンはこちらを認知した様子はなかった。
声を上げて呼ぶよりも先に、このまま気付かれないうちに立ち去り、ガスタルを呼びに戻ろうと僕は考えた。
ひとまず、老人の安全が十分に確保できる距離であることを確認し、一歩、また一歩と後退を試みた。
一歩…、一歩…、一歩…
「(そろそろか…)」
時間稼ぎには十分であったろう。
ここからガスタルを呼び、全力で走りれば…、っと崖付近の化け物に一瞥をくれてやった、その時だった。
そのケイマンは全力で、明らかに他の個体を凌駕する勢いと威力を持って僕へと襲いかかってきた。
反応が遅れる。
手から香辛料の入った紙筒を振り払い、護身用のナイフを取り出そうとした。
しかし、試み虚しく一瞬で間合いを詰められてしまった僕は、そのままナイフを振り解かれ、首元を掴まれ、宙吊りになってしまった。
何とも動作の素早いことである。
抵抗する間を一瞬も与えられる事のないまま捕縛されてしまった。
「くっ…、そが…」
こんな事ならば最初からガスタルを呼ぶべきだった。
いや、そんな蛇足じみた後悔をするのは後ででいい。
とりあえず今は…
「っがっ!!はっ、ぐぅ…」
僕は必死になって声を上げようとした。
だがやはり、喉元を掴まれていては思うように声も出ない。
それに先ほどから空いた手足で打撃を加えてはいる。
それなのに全く効いている心地がしないのだ。
「っく…っそ、なん…んだこい…つ…」
「ヴぁゔぃイ…」
瞬間、奇妙な音を発し、化け物は欠損した左上腕を動かした。
何をしている?
そう思った矢先、唐突に僕の左腕に衝撃が走る。
「…っっっッ!!!!!!」
何をした何をされた分からない何だこれ痛い痛い痛い痛い。
思考がまとまらない痛みが全身に響き渡る。
涙も止まらない。
声を荒げて痛みを和らげようにも声が出せない。
痛い痛い痛い痛い。
「(キミガ…)」
突然、そうやって誰かが何かを喋ったように感じた。
「(ヤッテキタンダネ…)」
どこか懐かしくも感じるそれは…
「(マタキミニアエテウレシイヨ…)」
かつての…。
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気付いた時には、僕は地面に突っ伏していた。
「ホぉ〜どぅぉ〜」
その音からもまだ化け物は近くにいるらしい。
左腕はいまだに熱い。
最悪な状況は今も変わっていないらしい。
「おばあさん、ちゃんと逃げれたかなぁ…」
ふと気になり、自分の左腕を注視する。
見間違いでなければ、その腕は黒く、紋様を描くように黒く、そして白いモヤを発していた。
化け物の方へと目をやった。
「ハぁラすぽいぴいピピ…」
相変わらず、奇妙な音を発し…
「ウッテ…」
「は…?」
今、喋った!?言葉を発した!?
こいつらに、言語を理解する力など、有り得るものなのか…?
いや、気のせいかもしれない…
「ソレ…、ワタシ…、コロセル…」
いや、気のせいなどではなかった。
しかし、殺せと言われてもどうしろというのか。
…いや、検討はついた。
恐らくこの左腕だ。
これを使って、ケイマンを葬り去ることができるのだと、目の前の怪物はそう言いたいのだろう。だが何故わざわざそのような…。
それに使い方など分からない。
だが奥底に眠る直感が、体を押してくれた。
自分がどうすればいいか、何をすべきかを教えてくれるような気がした。
自然と体が動く。
------左手人差し指を固めた。そして…
「親指を、弾く…」
左手親指の先に灯るそれは、火というにはあまりにも白い、白く純白に着飾った自然の現象であった。
「…火?」
だが、僕はそれを火と認識するに至った。
「これを…」
化け物の方へと向ける。
そして…
「ロロ…、バッ!!!!」
瞬間、僕が何をするわけでもなく、眼前のケイマンの胸元には小さな刃が突き刺さっていた。
ーーーーそれは、見覚えのある男の所有物だった。
「おい!!大丈夫か!!」
手に紙袋を抱えたガスタルが、小走りに僕の元へとやってきた。
僕は束の間の安堵からその場に倒れ込んでしまう。
「もう…、ガスタル、遅い…。」
束の間、致命傷を受けたであろうケイマンは倒れ込んだ。
「大丈夫そう…、っておい。」
「ん?」
ただ、僕の様子を見たガスタルはただならぬ様相を呈していた。
「お前、その左腕…」
「ああ、これ?」
「お前、まさか資格持ち…。でもどうやって…」
「分かんない。ガスタル、これって魔法なの…?」
「…ああ。」
「あぁ、そうなんだ!!僕にも魔法が使えたんだぁ…」
「くそっ、どうゆう事だよ意味が分かんねぇ…」
「ねぇガスタ…」
「ファスター、とりあえずそこの茂みに隠れてろ。私が呼ぶまで、絶対に動くんじゃねぇぞ。」
「じゃなくて、ケイマン…」
「それは放っておけ!! 致命傷だし、共鳴も立ててない!!」
「あっ、うん…」
必死の形相で彼は走り去って行った。
一体どうしたのであろう。
魔法が使えるというのであれば、僕もガスタルの役に立てるはずなのに、何をあんなにも焦っているのだろうか。
そんな呑気なことを考えていたが、この時の僕は、ガスタルの焦燥の真相を知る由もなかったのである。
そして…
「あれ、あのケイマン、どこいった…」
振り返った後に、倒れているはずのケイマンの姿は、どこにも見当たらなかったのである…。