〜現代を生きる7人の女性のBeforeAfterストーリー〜
現代を生きる20-30代女性のリアルな悩みに寄り添い、そこから抜け出したいと思っている方に何か気づきをお届けできたら、という想いで執筆しました。
不満はないけどモヤモヤする仕事、なんとなく依存関係を抜け出しきれない母との関係、特にやりたい事がなくなんとなくすぎていく日々。
そんな毎日がちょっぴり心ときめく彩りで晴れ渡っていく様子を描いています。
「私なんて、愛されるわけがない」
「あの人は私とは別の世界の人だから」
「これくらいの人生が、私にはちょうどいい」
そんな言葉の鎖で心を締め付け、自分の本音が聞こえなくなっていた7人の女性たちの人生が変わった物語。
あなたは今、胸にモヤモヤを抱えていませんか?
心の声より、頭の声を優先していませんか?
本当はもう少し、自分の未来を信じてみたくないですか?
「はい」と3回答えたあなたは、今が新しい自分に会いに行くベストタイミングなのかもしれません。
7人のドラマに触れて、心を締め付ける鎖からの解放を。
## 【1人目】母の呪いから解放された時、私は人生が美しいことを知った
鏡を見るのが嫌いだ。
醜くて、淀んだ瞳を目の当たりにしたくないから。
部屋はなるべく暗くしておきたい。
心の暗さと世界の明るさにギャップを感じたくないから。
誰も私を理解してくれる人なんていない。
毎晩、孤独の海が襲ってくる時間が、怖くて怖くて仕方なかった。
1人ではとても眠れないから、YouTubeで「眠れる音楽」を朝まで聞いてみたり、諦めて「幸せになる方法」を教えてくれる本を読んだり、漫画を読んで気を紛らわせたりした。
私は一生このまま誰にも理解されず、誰にも愛されず、1人孤独に死んでいくのかもしれない。
それだったらもう、今すぐ消えてしまいたい...。
生まれてから今まで25年間、私の頭の中はそんなグルグルがブラックホールのように渦巻いていた。渦巻は昔からなんだか嫌な感じがする。私の目はいつも回っていた。
私は一人っ子だ。
親戚の中でも初孫として大変に可愛がられた。
特に母は子どもを産むことが夢だったから、それはそれは大切に、愛情を込めて育ててくれた。
寂しい思いをさせないように、大好きだった仕事をやめて、ずっと付きっきりでお世話をしてくれる。
それは私が大学生になり、社会人になってからも変わらなかった。
「ねえ今日は何時に帰ってくるの?」
「19時半くらいかな」
「今日はまりちゃんの好きなハンバーグにするね」
まるで付き合いたての恋人に向かって、かいがいしく尽くす若い女のような声で、母はエプロンをたたみながら話しかけてきた。
「ああ、うん」
その声色に怯えて、思わず素っ気ない返事になる。
「ちょっと!何その可愛くない返事は!嬉しくないの?」
「いやちょっと疲れてるだけ。嬉しいよ」
「本当に可愛くない子ね。朝から気分悪いわ」
数秒前までの機嫌の良さは遥か彼方に消え去り、一瞬にして家の中の空気が凍りつく。
気分が悪くなるのはこっちだと思いながら、私は急いで上着を着て靴もかかとが入りきっていないくらいで玄関の扉を開ける。
社会人になってからも、家事をする必要のない、家賃のかからない実家に住めるのは確かにありがたい。手取り20万ちょっとで都内で1人暮らしをするのはかなり無理がある。
だからあまり強くは言えないけど、ずっと母にとってのいい子を演じるのは本当に疲れる。
早く給料を上げて、家を出ることが私の1番の夢だった。
「麻田さん、この書類まとめるのお願いしていい?」
上司がまた誰でもできるような雑用を押し付けてくる。私以外にもこんな仕事ができる人はたくさんいるはずだ。なのにどうしていつもいそいそと立ち上がり、わざわざ反対側にある私の席の後ろまで歩いてきて、直接目を見ながら、まるでこの仕事はあなたにしか頼めない重要任務である、というような素振りをしてくるのか。無機質なオフィスの一室では、誰かが声を発すると全員の耳に入る仕組みになっている。それがまた私はなんとなく嫌だった。かと言ってこの程度の用事で毎回別室に連れていかれて、不倫の密会みたいにこそこそ渡されるのも意味がわからないし、メール一本で素っ気なく振られるのも癪だ。
「はい。今日中にやっておきます」
「仕事が早くて助かるわ〜やっぱり頭のいい大学を出た人は脳の作りが違うのね」
「とんでもないです」
私は小学生の頃から夏休みの宿題は7月に終わらせるタイプだったし、非行も暴力もしたことがないし、それなりにいい大学を出て、それなりにいい会社に入社して、そこそこ信頼される程度には仕事ができた。
いわゆる優等生だと自分でも思う。
この頃その傾向はさらに強まっている。
仕事に感情はいらない。自己実現欲求も邪魔だ。
ただ求められたことを淡々とこなすだけでいい。
その方がずっと疲れないし、傷つくこともない。
そうやって怪我をしない、でも退屈な生き方から私は抜け出せなくなっていた。
昔はもうちょっと仕事にも夢があったよな。
テレビやネットニュースで見かける、社会で活躍中のキラキラした女性たちに憧れて、自分ももしかしたらそっち側の人間になれるんじゃないかって希望を抱いていた時期もある。
学生時代の私は、なんだってできる気がしていた。
ちょっと背伸びして、社会人の仕事ができそうな大人の人たちと仲良くして、それでなんとなく自分まで仕事ができるような気になっていた。
「まりちゃんはおもしろいね。今度一緒に飲みに行かない?」
そんな年上男性たちの狙いなんて、今なら手に取るようにわかるのに。
私も若かったな。
昔の自分を回想していると、同僚から名前を呼ばれたことに気が付く。
ああそうか、今は会議中だった。
「麻田さん、麻田さんの意見聞いていいかな?」
「ああ、本当にごめんなさい。ぼーっとしていて、もう一度いいですか?」
「麻田さんって意外と抜けてるところあるよね〜!(笑)今月の売上達成が厳しそうだから、みんなで何かできることないか意見を出し合ってるの」
私は広告営業の仕事に就いている。私が担当しているのは中小企業ばかりで、大きな広告予算を持っているわけではないが、意外と飛び込み営業で数をこなすと大きな成果に繋がることもある。
「そしたら最近東エリアの新規開拓していなかったので、明日ちょっと飛び込みで回ってみます」
「助かる〜!麻田さんの新規獲得力、本当に期待してる」
「はい。がんばります」
入社したての頃は、初対面の人にどう考えても嫌がられる営業をするなんて、これまで人に嫌われたことのない私には苦痛で仕方なかった。
どうしてわざわざお互い不快な気持ちになるようなことをしなければならないのか、納得がいかなかった。
でも4年もやっているとわかる。
そこに感情を挟んではいけないのだ。
ただ淡々と、私は営業という役割を演じているだけ。
そう思うと、誰にどんな目を向けられようが気にならなくなっていた。
今日もソツなく仕事をこなし、退勤時間の20分前にはすべての業務が完了する。ここからはもうひたすら更新されないメールボックスを何度も確認してみたり、社内の資料をあさって使い道のわからない新しい知識を手に入れたりしている。そんな無駄を持て余す時間が私は嫌いでなかった。
パソコン画面右上の時間表示を見て、18:30を指した瞬間に勤怠を押す。すべてが予定調和。大きな挑戦も、新しい行動もしないからこそ、なにもかもが思い通りだった。それは私の小さなプライドなのかもしれない。
「おつかれさまです」
部屋全体に声をかけると、みんながこちらを見て挨拶してくれる。全部で7名しかいない小さなチームだ。可もなく不可もなく、どこにでもありふれたチームだった。
同期の不器用で熱血タイプの女の子は今日も額にシワを刻みながら、パソコン画面とにらめっこしている。彼女はいつも夜遅くまで残業して、残業時間超過で人事に叱られている。
要領のいい私は、どうしてこの仕事でそこまで残業することがあるのか不思議で仕方ないが、そこまで毎日一生懸命やり尽くして生きていることに羨ましい気持ちもあった。
徹夜なんて、ここ何年もしていない。
同期の彼女に心の中でそっとエールを贈り、私はオフィスを後にした。
このまま家に帰るのはなんだかもったいない気がして、私は用もなく駅ビルをブラブラ散策する。家の外にいられればそれでよかった。
きらびやかに彩られたショーウィンドウたちが、クリスマスが近いことを告げる。オシャレなマネキンたちの後ろで人口の雪が降っている。今年のクリスマスはどうしようか、そう思った瞬間に急いで思考を止める。期待なんてするだけ傷つくリスクが高まるだけ。
まりには付き合って半年の恋人がいた。
だけどそれまでの人とは連続で1年で別れていたから、折り返し地点にいるような気がして、毎日不安で仕方なかった。次こそ運命のパートナーでは?という期待を膨らませて付き合うけれど、毎回恋愛期間に終わりはきて、3分の1が離婚する時代に、幸せそうな夫婦を見つけることはサイゼリヤの間違い探しを全部見つけることくらい難しかった。
恋人が好きで会いたいから会っているのか、別れを少しでも引き伸ばすために義務として会っているのか自分でもわからなくなっている。
そんな事を考えている駅ビルの道では、幸せそうに手を繋いで寄り添い合う恋人たちが次々とすれ違っていく。この人たちと自分は一体何が違うんだろう。ぐるぐるぐるぐる...。
気がついたらそろそろ家に帰らなければいけない時間だ。母は出来立てのハンバーグをきちんと絶妙のタイミングで、にこやかな笑顔とともに味わって食べなければ機嫌が悪くなってしまう。私は急いで帰りの電車に飛び乗った。
「今日は和風にしてみたの。どうかな?」
「うん、おいしいよ。洋風より最近はさっぱりした和風の方が好き」
「わかる〜!おいしいよね。そういえば今日聞いてよ〜店長さんが私の話無視したの。ひどくない?」
今日も母のパート愚痴タイムがはじまった。丁寧に聞いてあげないと、たちまち機嫌を悪くして、怒鳴られることがわかっているから、なんとか思考を停止させて相槌を打つ。
「それでね、言ってることはわかるんだけど、そんな言い方しなくてもいいじゃないって思って、イライラしちゃった」
「まあでも店長さんも忙しかったんじゃない?」
「え?じゃああんたも忙しかったら、そういう言い方していいと思ってんの?」
失言だ。
わかっていたのに。
愚痴は100%母の感情に寄り添わなければいけなかったのに。
でもこんな情緒不安定な母と働く店長さんに同情して、どうしても取り消すことができなかった。
「仕事ってそんなもんでしょ。自分の感情を満たしてくれる場所じゃなくて、お金をもらうところなんだから。どうしてそんな子どもみたいなわがまま言えるの?信じられない」
気付いたら私は家を飛び出していた。自分が普段会社で感情を押し殺していることもあり、母のわがままがどうしても我慢できなかった。
「このままじゃ私、ダメになる。家を出よう」
その日のうちに家探しをはじめて、週末に内見を済まし、私は2週間後には引越しの準備を整えた。
なんとか敷金礼金のない部屋を見つけて、決して条件がいいとは言えないけど即入居できる初めての自分だけの部屋を手に入れた。
そこは駅から徒歩20分の場所にある、坂道を上った先の2階建てのアパートだった。築40年の古い建物に、古い内装で、20代女性が住む家とは思えない空気感が漂っていたけど、私は初めての自由を体感して、とても嬉しかった。
生まれて初めて、母と別々の生活がはじまった。
寂しさはあるけど、開放感の方がずっとずっと大きかった。
ひとり暮らし1日目は、近所のスーパーでキャベツと豚肉とピーマンを買って、回鍋肉を作ってみる。回鍋肉の元を使えば、なんとかなると思っていたけど、よく考えたらキャベツやピーマンの正しい切り方も、火加減の調整具合も、私は何も知らなかった。
油をたっぷり引いて、ジュージュー強火で炒めながら作った回鍋肉は、家で食べていた味よりもずっと脂っこくて、ずっと苦かった。
「料理、ちょっと練習しなきゃな」
1人で苦笑いを浮かべる。味噌汁でなんとかごまかし、完食。
味はイマイチでも、大きな満足感で満たされていた。
1人暮らしをはじめてから3ヶ月。
家事や日用品の買い出しにも大分慣れてきた。
自分の胃袋サイズにぴったりの量を作って、余った食材は冷凍する賢さも身についたし、水回りの掃除も手間をかけずに清潔さを保てるグッズを発見してから圧倒的に綺麗な状態をキープできるようになった。
そうなってくると、だんだん時間が余るようになる。動画やテレビを見てなんとなく時間をやり過ごしていたけれど、それでも余るくらいには暇になってきた。
「なんか新しい趣味を見つけたいなあ」
このままでは仕事以外の時間を恋人に会うための暇つぶしに使う、重めなメンヘラになってしまう。これまでの恋人とも、相手の仕事が忙しい時期に「会いたい」と騒いだことが原因で、別れることが多かった。
今回は同じことを繰り返さないように、自分1人でも楽しい時間を作らなきゃ。
そう思ったはいいものの、これまで全くの無趣味だった私は、自分が何をしたいのか全く思い浮かばなかった。なんとなく「趣味 20代 女性」などと検索してみるものの、読書も運動も音楽も料理も、惹かれるものが見つからない。
モヤモヤを感じながら、だらだらとYouTubeを見たり、スマホゲームに明け暮れる日々。
そんな時、いつものように単純なパズルゲームをやっていると、広告で「新しい自分が見つかる大人のためのキャリアスクール」という文字が目に飛び込んでくる。
その広告には「やりたい事がわからない方へ」と書いてあり、まさに自分のことだと感じて、クリックしてみた。
そこには、今流行りのWebデザインや動画編集、ライティングなど色々な仕事が自由につまみ食いできて、そこから副業や転職に繋げられる、という内容だった。
「そういえば私、小学生の頃、サイト制作するのが好きだったよな」
小学生時代、簡単なホームページ制作をして、友だちと見せ合いっこしたり、インターネット上で他人と交流するのが流行っていた。
自分なりにこだわったデザインで、インターネット上にホームページを公開するのは、なんだか自分の力を世界に誇示しているようで、とっても楽しかった。
「仕事に繋がって収入が増えるのは嬉しいし、どうせ暇なんだから、やってみるか」
そんな軽い気持ちで、私はそのキャリアスクールに入会することにした。
これまで仕事でExcelやPowerPointを使用することはあったものの、それ以外ほとんどPCに触れることがなかった私は、まずPCに慣れるところからのはじまりだった。データの保存やダウンロードの時点ですでに手こずる。道のりは長そうだ。
決まった道筋の勉強をするのは学生時代以来で、なんだかくすぐったい気持ちになった。間違いなく今、私は自分にとってよいことをしている、そんな感覚。講義でわからない単語がどんどん出てくるので、その度に検索し、着実に前に進んでいる感。まだ知識をつけているだけなのに、すでに昨日までのなんとなく生きてきた自分よりずっと、今の自分が好きだった。
ふと気がついたら集中してあっという間に3時間が経過していた。スマホの着信音で意識が戻る。画面には母の名前。私は2秒躊躇した後に、電話をオンにした。
「もしもし」
「もしもしまりちゃん、元気にやってる?」
「うんやってるよ。私ね、新しくWebデザインの勉強をはじめたの」
「Webデザイン?難しそうね。それって何をするの?」
「インターネット上のサイトや広告を作る仕事よ」
私は先ほど学んだWebデザイナーの知識を早速母に伝える。
「さすがまりちゃんはなんでもできてすごいわね」
「そんなことないけど。副業とかもできるようにがんばるね」
「お母さん、応援してる」
「うん、ありがと。じゃあ勉強に戻るから」
久々に母とちゃんと話をした気がした。いや、生まれてきてはじめてかもしれない。対等な気持ちで向き合えたのは。そういえば母はこの後どうするのだろう。結婚はしているものの、ほとんど冷え切った夫婦関係。このままずっと一緒にいるのだろうか。だけど、これまでパート以外のお仕事をしてこなかった母が、今から1人で生きていくのはとてもじゃないけど、難しいことに思えた。
「いざとなったら、私が支えられるように、やっぱり勉強がんばらなくちゃ」
これまで親に助けてもらうことばかりを考えてきたけど、今度は私が支える番になるのか。
私はなんだか誇らしい気持ちになった。
翌日も急いで仕事を終わらし、勉強のためすぐに会社を出る。
相変わらず同期の女の子はPC画面を睨みつけながら、大量の仕事を抱え込んでいるようだ。
「おつかれさま」
「あ、おつかれさま!いつも早くてすごいね」
彼女はPC画面を見たまま必死の形相で、でもあたたかい挨拶をかけてくれた。
私は帰り道がいつもと違って、なんだか綺麗なことに気が付く。
あれ、いつも見ているビルと夕焼けの景色なのに、何が違うんだろう。
ああそうか。私の目が変わったのか。
まだまだ私の挑戦は始まったばかりで、現実的な問題も山ほどある。
だけど、確実に私の心は世界の美しい方へ向き始めた。
明日が楽しみなんて、最近思ったことなかったな。
麻田まり、人生が変わり始めた日は、人生の美しさに気づいた日。