3。「彼女」
じっとりとした汗が一気に引いて、蒸し暑い夜だということを忘れてしまう程に体が冷え切る。
「ひょっとして、こちらの家の方?」
先に話を切り出したのは彼女だった。
確かに、そこは俺の家だ。
けれど、宮内紡が、16年も一緒にいたあいつが、この近くに住むあいつが、幼馴染みが忘れることなんて…。
「そうだけど」
口から出た言葉は、とても幼馴染みに向けて出た言葉のようには感じられず、自分でも驚いてしまった。
「…へえ、そうなんだ」
彼女は少し口角を上げながら、こちらをじっと見つめている。
「ここが…」
彼女が俺の家に向き直ったのと同時に、ガッと殴られたような感覚に陥る。
違うだろ、
なんだ、これ
今度帰ってきたときにはいつもより器用に迎えてあげようとどこか思っていた。
退院の時はいつもぶっきらぼうに祝いの言葉をかけてやることぐらいしかできず、なんだかちゃんと祝ってやるのが照れ臭かった。
だから、今回こそはって思ってたのに。
しかし、目の前の彼女ときたらどうだ。
毎回、俺のぶっきらぼうな祝いにも「ありがとう。嬉しいな」なんて、照れ臭そうに笑うあいつはいない。
いるのは、きっと「別人」なのだと、血が、思い出が、脳に語りかけてくる。
「家に入らないの?」
その華奢な体躯は、
綺麗な長い髪は、
どこか儚い空気を纏う彼女は、
紡だとしか到底考えられない。
けれど
「知らない奴が家の前立ってぼーっと眺めてたら怖いだろ」
地球には同じ顔が三人いる、なんて言われている。
けど、顔が、とかそんなレベルではなく、「彼女」は「紡」だった。
「ふふっ。それもそうね」
彼女はそういうと、ひらひらと手を振って立ち去ろうとする。
「ち、ちょっと待てよ!!!」
慌てて引き止めようとした俺は、フラッと目眩がして、そこから────────
――――――――――――
目を覚ますと、見慣れた木目調の天井がそこにはあった。
寝転がった体勢からゆっくり身体を起こすと、そこは見慣れた自室であった。
二階の自室は我ながら残念な程殺風景で、網戸の窓から入る風で端のカーテンがヒラヒラと揺れている。
────ってそんな場合じゃない!
慌てて部屋を飛び出て階段を駆け下りると、リビングへと向かう。
「あれ、起きたの」
リビングにいたおばあは、あっけらかんと言った。
「いや、起きたの、じゃなくて─」
事の経緯を俺は聞いた。
おばあは一時間程前、こんな時間にはあまり鳴る事のないインターホンの音で玄関へと向かった。
するとそこで〈見知らぬ少女〉が、俺を肩に抱き寄せて、「お孫さんが寝てましたよ」なんて言い残して、続いて俺を部屋まで送り届けて去っていったらしい。
───っていや待て、ツッコミ所が多すぎる。
そして俺は、探るように深堀りしていく。
「おばあ、その子に見覚えは?」
「さてねぇ…でも、綺麗な子だったよ」
「…紡じゃなかった?」
すると、おばあは大きな口をいっぱいに開けて
「つむちゃん?わたしゃつむちゃんの顔を忘れるほどボケちゃいないよ。生まれた時から知ってるんだから」
と、一蹴してみせた。
「でも、寝てる俺を…なんてなんかおかしいと思わなかったのか。てか俺、なんで寝てたんだ…?」
「あんたが寝てた理由なんて知らないよ。まぁでもそう言われてみれば…?」
しかし、そういうとおばぁは「まあいいじゃない」なんてまるで興味をなくしたかのようになり、俺の晩飯を温めに行った。
夏の夜、扇風機の風は肌に当たっても気持ち悪さを残すだけだった。
気力の限り




