2。邂逅
今日もまた、足早に帰路に着く。
夕方にもなると、ただでさえ少ない人だかりは霧散していた。
そんな中、考える事は一つ。
あと一週間で紡の退院だ。
俺はこの退屈な日常から久方ぶりに抜け出せる気がして、何かが変わる…かもしれない。なんて、そんなことを考えながら、めくれ上がったアスファルトを横目に心ここにあらずといった心持ちで帰路についていた。
紡の持つどこか浮世離れした儚さは人を魅了する。俺だって言わないだけで、幼馴染みでなかったら遠目で憧れているだけの取り巻きAだっただろう。
背は少し控えめ、華奢な体躯で、ロングの髪はいつだって輝いて見えるほど透き通った黒さで。
誰に対しても誠実で、こんな何の取り柄もない俺にも優しくて…。
今まで近くにいられたことは、こんな田舎に生まれた俺の神様からのご褒美かと思うぐらいだ。
(いかんな…単純思考に乗っ取られてる)
健全な男子高校生なんてすぐこれだ。やっぱりずくに煩悩が脳を支配して、すぐに甘ったるい砂糖水のような思考に陥ってしまう。
夕陽にジリジリと背中が灼かれて、肩掛けのカバンが擦れるとヒリヒリする。
でも、そんなことは気にもならないくらいには気持ちは昂っていた。
そんな、時。
忘れ物に気づいたのはそんな時だった。
煩悩に支配されて今頃、近く締切の書類を高校で回収し忘れていたことに気づいてしまった。
高校まではとりあえず駅まで戻る必要がある。そして本数の控えめな電車を待って、少し揺られないといけない。
「とちった…これ取りに戻ったら夜だな」
意味もなく呟いて、でも締切にビビった俺は結局取りに帰ることにした。
――――――――――――
「…暗っ」
最寄り駅に戻った頃にはとうに辺りが暗く、まばらな街灯だけが駅前の道を照らしていた。
(おばあには連絡しといたが…)
とにかく帰路を急ぐ。家までは20分ほど。
早歩きで小さな橋を渡り、蛾がくっついた自販機の横を通り過ぎて、交差点と呼べるんだか呼べないんだかの小さな角に近づく。
(心配かけたくないしな)
そう思って曲がった。
曲がって…
曲がって…
見た。
紡を。
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
だってそうだろ。
だってあいつまだ退院日まで一週間あったろ。
紡は俺を見ていない。気付いてもいない…ようだ。
「紡…?」
退院日がどうした。
俺の勘違いで今日だったのかもしれない。
退院日が早まっただけかもしれない。
なのに…不安がよぎった。
見えた瞬間、ふと感じた違和感。
刹那、視線が交錯する。
あいつは、
彼女は、
フッと笑って、俺を見た。
一話ってどれぐらいの分量がいいんだろうね?




