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放蕩王子は素直な弟の成長に驚く


「安心しろ。これについては、むしろハルシオンから頼まれたことだ」

「え?」


 父親から予想外の言葉が出てきたので、クリスハルトは驚いてしまう。

 ハルシオンが頼んだ、とはどういうことだろうか?

 疑問に思うクリスハルトに国王は説明を続ける。


「今回の件、ハルシオンにも思うことがあったようでな」

「まあ、巻き込んでしまいましたからね」


 クリスハルトは申し訳なさそうに告げる。

 今回の件は不可欠だったとはいえ、ハルシオンには重い役割を勝手に担わせてしまった。

 昔から素直で、人の善意を疑わないことがハルシオンの良いところでも悪いところでもあった。

 そんな彼に自ら兄を断罪させてしまったのだ。

 兄とはいえしっかりと捌くことのできる立派な国王になることを周囲に印象付けることも目的としていたため必要なことではあったが、それはハルシオンにとってつらい事だったはずだ。

 クリスハルトにも申し訳ない気持ちはあった。


「まあ、巻き込まれたこともショックを受けていたが、本題はそこじゃない」

「え?」


 しかし、国王はそれを否定する。

 てっきり巻き込まれたことに対して何か思っていたのかとクリスハルトは思っていた。

 なら、一体何について考えているのだろうか?


「あの子は自分のせいでクリスハルトが私たちから愛情を受けていなかったと思っていたそうだ」

「なんで?」


 クリスハルトは思わず呆けた声を出してしまう。

 予想外の言葉だったからである。

 どうしてそんなことを思ったのだろうか?

 疑問に思うクリスハルトに国王は説明を始める。


「あの子はしっかりと私たちから愛情を与えられていると感じていた。そして、周囲には常に人が集まり、寂しさはあまり感じていなかったようだ」

「まあ、そうでしょうね」


 国王の説明にクリスハルトは頷く。

 すべてではないが、これについてはクリスハルトもある程度手を回していた。

 ハルシオンの良い噂を流し、彼の周りに人が集まるようにしたのだ。

 同時に自分の悪評を流すことで、対比でハルシオンがより良く見せることもした。

 その上でハルシオンにとって悪影響である存在を排除したりもした。

 その結果、ハルシオンの周りはほとんどがいい影響を与える存在であり、寂しくさせることはなかっただろう。


「だが、それは同時にクリスハルトから奪ってしまったものだと感じていたようだ」

「なんで?」

「自分が人々に囲まれて幸せにしているのに、クリスハルトは一人ぼっちで寂しい思いをしていたからだろう? あの子の性格ではそれを申し訳なく思うのは仕方のない事だろう。だからこそ、最後までお前を更生させようとしていたみたいだ」

「ああ、そういうこと」


 クリスハルトは納得する。

 ハルシオンは事あるごとにクリスハルトを更生させようとしていた節があった。

 本来であれば、もっと早くに見捨てられているはずであった。

 しかし、彼はクリスハルトが卒業パーティーで断罪される前日まであきらめていない様子だった。

 だからこそ、クリスハルトも最終手段を使わざるを得なかった。

 素直な彼を騙し、断罪させるために……


「勘違いなんだけど……」


 クリスハルトは思わず呟いてしまう。

 ハルシオンが申し訳なく思う気持ちもわからないではないが、利用しているのはクリスハルトの方だったのだ。

 だから、ハルシオンがそんなことを思う必要はなかった。


「まあ、それほどまでにお前のことを兄として慕っていたんだろうよ」

「なんで?」


 父親の言葉にクリスハルトは首を傾げる。

 慕われる理由が全くわからなかった。

 そんなクリスハルトに国王は説明を続ける。


「お前が見つかるまで、ハルシオンはこの国の唯一の王子だった。当然、将来この国を継ぐため、期待が一身に集まっていた。それがあの子にとっては苦痛だったのだろう。当時は勉強や訓練を極端に嫌がっていた」

「ああ」


 説明を聞き、クリスハルトも出会った当時を思い出す。

 勉強をサボったハルシオンを部屋に招き、一緒にお菓子を食べたことがあった。

 あれも王子としての期待が嫌で逃げ出したためであろう。


「だが、自分より優秀な兄が現れ、今までより期待が集中することがなくなった。だからこそ、あの子も余裕を持つことができるようになった」

「まあ、そこで普通なら跡継ぎの座を巡って兄弟で争うことになるんでしょうけどね」

「あの子は素直ないい子だからな、相手を陥れるようなことは考えることはなかったようだ」

「……次の国王としてはどうなんでしょう、それ」


 笑いながら告げる父親の言葉にクリスハルトは心配になってしまう。

 素直なのは良い事ではあるが、王族としてそういう部分が全くできないのはかなり問題なきがした。

 しかし、そんなクリスハルトの心配を父親はあっさり否定する。


「まあ、大丈夫だろう。あの子の周りには支えてくれる人間が多くいるみたいだからな」

「そいつらが裏切ったら目も当てられないですけどね」

「そうならないように人選をしたんだろう?」

「……」


 父親の指摘にクリスハルトは黙り込む。

 どうやらバレているようだった。

 流石にこの程度のことは把握していたようだ。


「とりあえず、クリスハルトのおかげであの子は救われたというわけだ。だからこそ、兄として慕い、最後まで諦めずに更生させようとしたわけだ」

「……そうですか」


 はっきりと慕われていると告げられ、クリスハルトは恥ずかし気に頬をかく。

 なんとなくそんな気はしていたが、そこまでのことだとは思っていなかった。


「そんな素直なハルシオンだからこそ、今のお前に必要なのが親の愛情だと思ったのだろう」

「それがなんで?」


 ここでクリスハルトは一気に分からなくなった。

 クリスハルトのことを兄として慕ってくれるのは分かったが、どうしてその結論になるのかだけは分からなかった。

 疑問に思うクリスハルトに国王は告げる。


「お前とクリスティーナが仲が悪い事は有名な話だったからな。自分が受けている愛情と比較して、愛情が足りないことが原因だと思ってもおかしくはないだろう」

「……そうか?」


 父親の説明を聞いたうえでクリスハルトは首を傾げる。

 納得できるような気もしたが、やはり納得できなかった。

 これはクリスハルト自身がまったく愛情が原因ではないと思っているからであろう。


「まあ、その考えが合っているにせよ間違っているにせよ、あの子はお前には親の愛情が必要だと思ったようだ。だからこそ、自分が即位することで私たちの時間を作ってくれようとしたわけだ」

「……そういうことか」


 ここでようやくハルシオンの意図を察することができた。

 国王夫妻とは国のトップであり、そう簡単に王都から離れることはできない。

 国のトップが中枢にいないことで混乱することが多々あるからである。

 もちろん、トップがいない状況でも業務を回すことはできるであろう。

 しかし、のっぴきならない事情がない限りは離れない方が良いのだ。


「あの子は私たちにクリスハルトのそばで余生を過ごしてほしいと思っているんだろう。もちろん、私達3人のために、な」

「本当に優しい奴だな」

「ああ、私にとっても自慢の息子だよ。もちろん、お前もだぞ、クリスハルト?」

「いや、そこでわざわざ付け加えて言わなくてもいいよ」


 クリスハルトは呆れたように答える。

 自分に対して悪いと思っているから付け加えたように思ったからだ。

 まあ、本当にそう思っているのはクリスハルト自身もわかっていたが、流石にこういわないといけないと思ったのだ。

 クリスハルトは真正面から褒められることには慣れていなかった。


「まあ、私もずっとお前のそばで過ごすつもりはないよ。たしかにクリスハルトと過ごす時間も大事だが、だからといってハルシオンとまったく過ごさないわけにもいかないからな。とりあえず、基本は王都で過ごし、定期的にリーヴァ男爵領に行くことにするつもりだ」

「その方が良いな」


 父親の提案にクリスハルトは頷く。

 次期国王と次期男爵──どちらが大変かと考えれば、明らかに前者であろう。

 そして、その手助けに一番役立つのは同じ立場である国王でしかないだろう。

 ならば、どちらに多くいるべきかはわかりきっていることだ。


「ちなみにクリスティーナだけなら男爵領で長く過ごすことはできるが……」

「それはやめてくれ」

「ええっ!?」


 父親の言葉をクリスハルトは断った。

 そして、あっさりと断られたことにクリスティーナはショックを受けていた。

 それを見て、意外と表情豊かなんだとクリスハルトは感じた。

 同時に先ほどの言葉は勘違いの元だと思ったので、すぐに訂正をする。


「ハルシオンには父上も必要でしょうが、同時に母上も必要になってくるはずです」

「それはどういうことかな?」


 クリスハルトの言葉に国王は興味を持つ。

 成長した息子が何を言うのか、気になっている様子だった。






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