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叔父の平民になってからの生活


「貴方にもついてきていただきます、前リーヴァ子爵」

「「なんで?」」」


 レベッカの突然の言葉に叔父だけではなく、クリスハルトまで驚いてしまった。

 サンライズ王国に帰るのはクリスハルトだけだと思っていたのだろう。

 しかし、なぜか叔父までついてくるように言われてしまった。


「君や王妃様の目的はクリスハルトだろう? 私が王国に帰る理由がわからないのだが……」

「私も詳しい理由は分かりません。ですが、クリスハルト様を手助けしていた者がいるのであれば、必ず連れてくるようにとのことです」

「……もしかして、殺される?」


 レベッカの説明に叔父は思わずそんな想像をする。

 クリスハルトが家出をしたことについてはお互いに悪いところがあったのだろう。

 だからこそ、片方を一方的に攻めることはできない。

 しかし、クリスハルトの家出を手助けした者はどうだろうか?

 彼を探しているサンライズ王国側の人間から結果的に匿ってしまったことになる。

 つまり、王族の行動を妨害してしまったというわけだ。

 そのことで罰を受けるのでは──最悪、処刑と言うことも……


「ああ、それはないと思いますよ」

「え?」

「クリスティーナ様が正確に言ったのは、クリスハルト様を手助けした者の中で優秀だと思われる人材を連れてくることです」

「優秀な人材?」


 叔父は首を傾げる。

 優秀だと言われたことに首を傾げているわけではない。

 彼の自己評価は低いが、優秀であることを否定したことはない。

 比較対象が身近にい過ぎて、見劣りしているように感じていただけなのだ。

 彼が疑問に思っているのは、どうして優秀な人間を連れていくのか、である。


「あくまで私の推測ですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、かまわないですよ」

 レベッカに話を促す。

 彼女が王妃から直接聞いていないことは反応からわかったが、王妃がどのような意図でそんな命令を出したかはわかるはずである。

 クリスハルトの話を聞き、彼女を直接見た上での評価である。


「クリスティーナ様の狙いはクリスハルト様のそばに優秀な味方を揃えることです」

「味方?」

「はい。クリスハルト様が王国に戻っても、王族に戻ることはありません。ですが、王族の血をむやみやたらと外に出すわけにもいかないので、適当な領地を与えることになるでしょう」

「まあ、そうだろうな」

「もちろん、王家としてもできる限りのことをするつもりでしょう。しかし、王家が一貴族を贔屓するのは外聞的によろしくありません」

「そんなことをしたら、批判は免れないだろう。下手したら、王家への不信へと繋がってしまう」

「ですが、王家の庇護を失ったクリスハルト様はどうなってしまうでしょうか? いろんな事情があるとはいえ、クリスハルト様が問題を起こしたことが事実です。それを理由に周囲の貴族から距離を置かれることもあるでしょう」

「それをどうにかするための優秀な味方、というわけだな」


 レベッカの説明を聞き、叔父は納得したように頷く。

 理由としてはもっともである。

 クリスハルトが王族のままであるなら、同じ王族としていろいろとサポートすることはできるだろう。

 実の、又は、義理の息子なのだから、サポートするのは当然というわけだ。

 しかし、今回のケースは違う。

 クリスハルトはどこか適当な領地を与えられ、そこを治めることになるわけだ。

 つまり、ただの貴族になるわけで、クリスハルトをサポートするのに他の貴族をサポートしないのはおかしいだろうという話になるわけだ。

 いや、別にクリスハルトなら、王家のサポートがなくとも問題ではないぐらいに優秀ではある。

 しかし、クリスハルトが優秀だからと言って、すべての物事を解決することができるわけではないのだ。

 そんな彼をサポートするため、彼を助けてくれるような優秀な人材を探しているわけだ。


「というわけで、ついてきてくださいますか?」

「すまないが、それはできない」

「っ!?」


 まさか断られるとは思っていなかったのだろう、レベッカが驚いた。

 しかし、その驚きも当然である。

 現在の叔父は平民である。

 それがクリスハルトのサポートとはいえ貴族に近い場所に戻ることができるわけなのだから、本来であれば嬉しいはずなのだ。

 貴族の身分を失った彼ならば……

 だが、叔父はそれを断ったのだ。


「どうしてですか?」

「私は別に貴族としての生活に未練はない。元々、貴族としての生活があっていなかったのか、平民として生活している方が楽だったよ」

「……クリスハルト様を助けてくれないのですか?」

「それについては申し訳なく思うよ。私が守れなかったことも今回の件の一因になっているだろうから、贖罪のために助けるのが筋だろう」

「だったら……」

「だが、クリスハルトにはすでに助けてくれる人がいるようだ。そもそも私の助けなどいらないだろう」

「……」


 叔父の言葉にレベッカは反論できない。

 たしかに、クリスハルトにはある一定数の味方がいる。

 決して多くない、だが、クリスハルトが貴族としてやっていくのに十分な戦力ではある。

 しかし、味方が多いに越したことはない。

 だからこそ、叔父に頼んだのだが、断られてしまった。

 少し考えてからもう少し反論しようとしたが、それを止める人物がいた。

 クリスハルトだった。


「もういい、レベッカ」

「どうしてですか?」


 ここでクリスハルトに止められるとは思わなかった。

 クリスハルトと伯父の話は聞いている。

 王族になるきっかけとなった事件で叔父の命だけは助けてくれるようにクリスハルトは国王夫妻に頼み込んでいるのだ。

 そして、今回は叔父がクリスハルトを匿っていたのだ。

 二人は決して仲が悪いわけではない。

 むしろ、家族としてかなり仲が良いはずだ。

 そんな二人だからこそ、今まで過ごせなかった分を共に過ごせばいいとレベッカは考えていた。

 しかし、クリスハルトはそれを断る。


「叔父さんにもここでの生活があるんだ」

「……それは貴族としての甥を助けるより、ですか?」

「ああ、そうだな」

「……私にはわからないです」


 クリスハルトの言うことが分からなかった。

 別に平民の生活を馬鹿にしているわけではない。

 だが、血のつながったクリスハルトを助けるよりも平民の生活が大事だとは到底思えなかったのだ。

 理解できていないレベッカにクリスハルトは説明する。


「叔父さんは平民になって着の身着のままでこの街にやってきた。しかし、元貴族が一人で生活することなどできるはずがなく、すぐに路頭に迷うことになってしまった。まあ、正確に言うと世間知らずの元貴族が生活に必要な荷物を盗まれただけなんだけど」

「……」

「そんな困っている叔父さんを助けたのが、この酒場の先代店主だ」

「そうなんですか?」


 叔父の平民になった後の話を聞き、レベッカが驚いた。

 本人の方を向くと、肯定するように頷いた。

 本当の様だ。


「詳しい事情を聞かず、先代店主は叔父さんを雇ったらしい。困っている人を見過ごせない性分だったらしく、今までもいろんな人を助けてきたらしい」

「素晴らしい人だったんですね」

「そして、叔父さんはそんな先代店主に感謝をした。自分を助けてくれた人の大事な店を守りたい、と」

「……そういう理由だったんですね」


 事情を聞いたレベッカは断られた理由に納得する。

 恩人のために店を守りたい──それは素晴らしい理由である。

 甥よりも優先する人はいるのかもしれない。


「というわけで、俺たちだけで行こう」

「わかりました」


 クリスハルトに促され、レベッカは一緒に酒場から立ち去ろうとした。


「ちょっと待ちな」


 しかし、そんな二人を呼び止める人物がいた。

 振り向くと、それは予想外の人物だった。






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