子爵令息は父親に出会う
公爵家での一ヶ月はあっという間に過ぎ、クリスハルトはとうとう城に上がる日となった。
いくら公爵家で慣らしたとはいえ、サンライズ王国の最も権力の集まる場所に行くということだけで緊張してしまう。
ましてや、これから会うのはサンライズ王国の最高権力者──国王であるので、緊張しないわけがなかった。
一室に通されたクリスハルトはアレクと共に待つこととなった。
緊張のせいか、時間が永遠のように感じた。
「そんなに緊張しなくていいよ」
「いや、緊張しないわけがないでしょう? これから会うのは、国王陛下なんですよ?」
「私からすれば、ただの真面目な同年代の男のように思うのだが……」
「それは貴方だからでしょう」
アレクの言葉にクリスハルトはツッコむ。
アレクの言葉は不敬ともとれるかもしれないが、彼の立場だからこそ言えることである。
彼は貴族の中で最上位である公爵だ。
国王陛下よりは当然下ではあるが、最も国王陛下に近い立場である。
そのため、国王陛下相手でもずけずけと言うことができるわけだ。
クリスハルトたちがそんな会話をしていると、部屋の扉がノックされた。
「すまんな。待たせてしまった」
部屋に入ってきたのはアレクと同年代の男性だった。
たしかに真面目そうな雰囲気があり、どこか苦労しているような印象があった。
国王という立場なので、苦労しているのは当然なのかもしれないが……
クリスハルトからすれば、初めて見た人である。
しかし、決して他人のように感じることはなかった。
国王の髪はクリスハルト同じ金色だったからだ。
「いえいえ、そこまで待っていませんよ。私としては、未来の義息子と交流することができましたので……」
「まだ気が早いだろう。というか、権力をさらに得ようとしているのか?」
「そんなつもりはありませんよ。妻と娘が気に入ってしまいまして、昨日も「ずっと公爵家で過ごせばいい」と言ってましたよ」
「……相当気に入っているようだな」
アレクと国王が親し気に会話をする。
やはりこの二人は仲が良いようだった。
話している内容については緊張のせいで気にする余裕もなかったが……
「それで、その子がクリスハルトか?」
アレクとの会話が一段落着いたのか、国王の意識がクリスハルトに向く。
最高権力者に真っ向から見られ、クリスハルトの緊張は一気に高まる。
自分の奥底まで見定められている、そんな感覚に陥る。
「ええ、そうですよ」
「たしかにその金髪は王家の血が流れているようだな。しかし、信じられない……」
「何がですか?」
国王の言葉にアレクが聞き返す。
何のことを言っているのか、わからなかったからだ。
そんな彼の疑問に国王な深刻な表情で答える。
「これでも私はクリスティーナ一筋で生きてきたつもりだ。当然、浮気なんてしようとも思ったことはない」
「だが、現実にクリスハルト君がいるんですよ?」
「むぅ……」
アレクの言葉に国王は返答に困る。
まったく記憶がない──だからこそ、認めたくないという気持ちがあるのかもしれない。
そんな国王の様子を見て、クリスハルトは会話に入る。
「もしかすると、勘違いかもしれませんよ」
「勘違い?」
クリスハルトの言葉にアレクが怪訝そうな表情をする。
損な表情を向けられるが、気にしない方向でクリスハルトは話を進める。
「僕の父親である可能性が一番高い陛下が記憶にない、と言っているのです。しかも、嘘をついている様子もない。つまり、僕が王族であるという話は勘違いで……」
「はないだろうな」
「……」
結論をアレクに奪われた。
いや、結論すら言わせてもらえなかった、と言うべきだろうか。
クリスハルトは公爵家で一ヶ月間過ごしたのだが、結局豪華な生活に慣れることはなかった。
機会があれば、自分に合う生活に戻りたいとすら思っていた。
そして、今がそのチャンスだと思ったのだが、流石にうまくはいかなかった。
「君が王族であることは決定事項だ。ならば、それ相応の生活を送らないといけないことはわかるね?」
「……はい」
アレクの強い口調にクリスハルトは頷かざるを得なかった。
普段は温厚な彼が怒っていることで、かなりの恐怖を感じてしまう。
こういう時には下手に反抗しない方が良いのだ。
「陛下、認めてください。貴方が認めてくれないからこそ、クリス君がこのようなことを言うんですよ?」
「いや、これは私のせいでは……」
「いえ、陛下のせいです」
「……すまない」
アレクに言い負かされる国王。
まさか国王が臣下に口で言い負かされ、謝罪をする姿を見るとは思わなかった。
もっと偉そうに臣下に命令していると思っていた。
「では、クリス君は陛下の子供──第一王子と言うことでよろしいですね?」
「まあ、そうだな。ハルシオンの方が年下なのだから、そうなるのが当然だろうな。しかし……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、クリスティーナが……」
(コンコンッ)
「入ってくれ」
国王が何か言おうとしたタイミングで、扉がノックされる。
国王が返事をすると、扉が開かれた。
外から一人の女性が中に入ってきた。
「っ!?」
その女性の姿にクリスハルトは驚いてしまった。
一言で言うなら【氷】──身も心も冷たそうな雰囲気の女性であった。
年齢はアレクや国王と同年代と思われるが、それを差し引いてもクールで魅力的な女性だと言われるだろう。
だが、それはあくまで彼女のことを見た目でしか知らなかったり、親しい人ができる評価であろう。
(ジッ……)
「……」
出会った瞬間に鋭い視線を向けられたクリスハルトには彼女のことを美人だと感じる余裕はなかった。
そんな二人の様子に気づいていないのか、国王は女性に話しかける。
「来たか、クリスティーナ。この子がクリスハルト──本日から第一王子となる」
「っ!?」
国王の言葉にクリスハルトは驚く。
彼女が妃殿下である以上、クリスハルトのことは絶対に伝えないといけないことであろう。
しかし、もう少し良い伝え方があったのではないだろうか?
少なくとも、入ってきてすぐのこの状況ではない。
彼女が明らかにクリスハルトのことを睨みつけている状況で伝えるのはまずいことぐらい子供でも分かることだと思うが……
「……の」
「え?」
妃殿下が何か呟いたようだ。
クリスハルトは聞き取ることができず、思わず聞き返すような反応を取ってしまう。
しかし、その行動が良くなかった。
「この子があの女の……」
「っ!?」
妃殿下の言葉を聞き、クリスハルトは驚愕の表情を浮かべてしまう。
自分が素直に受けいれられないことは理解していた。
だが、理解していたとしても、直接このような反応をされたらショックを受けるのは当然であろう。
「クリスティーナっ!」
妃殿下の言葉に国王が怒鳴る。
流石に鈍感な彼も彼女の反応が悪いと気付いたのだろう、謝罪をさせようと口を開いた。
しかし……
「ごめんなさい。気分がすぐれないから、部屋に戻るわ」
「む……」
妃殿下の言葉に国王は言葉を続けることができなかった。
仮病で逃げ出そうとした、という可能性もあった。
しかし、彼女の辛そうな表情を見て、これが仮病でないことはすぐに理解ができた。
だからこそ、そのまま彼女が部屋から出ていくのを止めなかった。
それよりも国王が今しなければいけないことがあった。
「クリス君っ!」
「……」
先ほどの妃殿下の言葉を受け、茫然としているクリスハルトのケアである。
ショックを受けているクリスハルトの様子にアレクはかなり慌てている。
「……果たしてどうなるかな?」
そんな二人の姿を見て、国王は今後の未来を不安に感じた。
現状では到底うまくいくように思えなかったからだ。
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