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酒場で働く青年は白を切る


 しかし、青年はすぐに笑顔に変わる。

 といっても、営業スマイルではあるが……まあ、普通の人にはわからない。


「どなたかとお間違えではないですか?」

「いえ、間違ってはいませんよ。私が探しているのは貴方です」


 しらばっくれる青年の言葉をフードの女性はあっさり否定する。

 どうやら完全に目的の人物だと思っているようだ。

 しかし、青年は頷くことはない。


「見たところ、貴女は外国の貴族令嬢様でしょう? そんな方が平民の男にそんなことを言っては外聞が悪いのでは?」

「その点なら大丈夫ですよ。いまさら私を狙うような豪気な男性はいませんから」

「ほう、それは周囲の男の見る目がないですね。これほど素晴らしい女性であれば、喉から手が出るほど欲しがるのが男というものでしょうに」

「なら、貴方が貰ってくれますか?」


 青年の褒め言葉に女性はそんな風に誘う。

 明らかにこの会話は誘導されたものである。

 といっても、女性も嘘をついたわけではない。

 彼女を狙う男性がいないのは本当の話なのだ。


「残念ながら、平民の私には荷が重いですね。ルックスだけは多少の自信はありますが、それだけで貴族令嬢の伴侶になることはできないでしょう」

「あら、貴方が持っているのはルックスだけじゃないでしょう?」

「……どういうことですか?」


 女性の言葉に青年は聞き返す。

 その言葉に女性は笑みを浮かべる。


「先ほど、そこの女性に無体を働いた客を片手で投げ飛ばした──ああいう技は何らかの武術を習っていないとできないことです。当然、平民が身に付けていることなど、かなり珍しい話です」

「なら、その珍しい例なのでしょう、私は」


 女性の説明を聞き、青年はしらばっくれる。

 あくまでも青年は自分が平民であることを譲らない。

 珍しくとも決してないわけではないのなら、その一例であるとしたのだ。

 そんな彼の言葉に気を害した様子もなく、女性は話を続ける。


「では、もう一つ。私への対応がとても平民だと思えませんよ」

「対応、ですか?」

「普通、相手が貴族の人間だと分かれば、平民は下手に出ようとします。別にそうしろと思っているわけではありませんが、貴族が権力を持っている以上は平民の方はそう行動することが多いわけです」

「……下手に出ないから、平民でないと? なかなかの暴論では?」

「そのつもりはありませんよ。一部には貴族が相手だろうと自身の態度を崩さない方もいますから」

「俺がそんな無礼な人間だと?」

「いえ、違いますよ。ですが、私を貴族だと認識したうえで丁寧な対応をするところは平民らしからぬ──まるで慣れた対応だとは思っています」

「……」


 女性の言葉に青年は黙り込む。

 流石にこれは否定できなかった。

 そんな中、店の奥から一組の男女が現れる。

 年齢は40代ぐらいだろうか、若くはないが働き盛りな雰囲気だった。


「何か問題があったか、ハル?」


 男性が青年に声をかける。

 明らかに親し気な話しかけ方であった。

 まるで家族であるかのように……


「どうやらこちらの貴族の方が俺を探し人と勘違いしているようで……」

「ほう?」

「おそらく探し人は貴族の男性らしく、俺が貴族っぽいと思われています」

「……なるほどな」


 青年の言葉に男性は状況を察したように頷く。

 そして、そのまま女性に向かって話しかける。


「彼は私の甥です。申し訳ありませんが、ただの平民ですよ」

「……本当ですか?」

「ええ、もちろんです。貴族様相手に嘘をつくなど、平民ができるはずなどないでしょう? ウソがばれれば、罰せられるのが当たり前なのですから」

「……」


 男は笑顔でスラスラと告げた。

 慌てた様子もないところから、嘘をついているとは思えなかった。

 しかし、女性は自身の考えを改めることはなかった。

 そんな彼女に付き人の一人が話しかける。


「レベッカ様、よろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「おそらく、この二人は嘘をついてはいないでしょう」

「……彼らの言う通り、人違いだということ?」


 付き人の言葉に女性──レベッカはイラっとする。

 まさか味方からそのようなことを言われるとは思っていなかったのだ。

 しかし、そんな彼女の反応に付き人は首を振る。


「いいえ、そうではありません。あくまでこの二人が嘘をついていない(・・・・・)だけの話です」

「どういうこと?」


 付き人の言葉にレベッカは首を傾げる。

 二人の男たちは小さく体を震わせた。

 その反応を気にした様子もなく、付き人は説明を始める。


「そちらの男性がクリスハルト様であると仮定したうえで、彼を甥と呼ぶことができる人間が一人だけいます」

「っ!? まさか……」


 その説明でレベッカは気付いた。

 彼女の記憶にもその存在はあったのだ。

 といっても、直接の面識がなかったので、顔は知らなかったのだが……


「前リーヴァ子爵──クリスハルト様の母君の兄にあたります。つまり、クリスハルト様を甥と呼ぶことのできる人物ですね」

「……なるほど」


 納得したレベッカは笑みを浮かべる。

 だが、決して喜んでいるわけではない。

 いや、探し人である可能性が増したことへの喜びはあるのだが、こざかしい手で逃げようとされたことにイラっとしているのだ。

 策がバレたことに気づいた叔父は慌て始める。

 しかし、甥の方はいまだに落ち着いた様子だった。


「あら、バレたのに慌てないのですか?」

「慌てる必要がどこに? 貴女方の言い分は確かに筋は通っていますが、それはあくまで私が探し人であると仮定した場合ですよ」

「自分は私の探し人ではない、と?」

「というより、探し人がどなたかも知りませんからね。流石に答えることはできません」


 スラスラと甥は説明を続ける。

 落ち着いている様子はとても嘘をついているとは思えなかった。

 いや、嘘をつきなれているというべきだろうか?

 だが、彼の言葉にレベッカも納得することはできた。


「確かにその通りですね。私の探し人の名前はクリスハルト=サンライズ──サンライズ王国第一王子であり、私──レベッカ=ムーンライトの婚約者に当たります」


「「「「「っ!?」」」」」


 レベッカの発言に周囲が驚愕に包まれた。

 まさかそんな大物が出てくるとは思わなかったからである。

 サンライズ王国は隣国であるため、平民でも大国であることは知っていた。

 そして、その国の公爵令嬢ということは、貴族令嬢の中でもトップクラスであることは理解できた。

 探し人の第一王子もかなりの大物であることが驚きに拍車をかけたのだろう。

 酒場の中が騒然とする中、ただ一人落ち着いている人物がいた。

 甥である。

 そんな彼に対し、レベッカは話しかける。


「あら、名前を聞いても自分ではないとおっしゃるのかしら? たしか記憶がなくなったとか、そういう設定でこの酒場にお世話になっていたんでしたっけ?」

「いえいえ、そういうわけじゃないですよ。ですが、貴女にも見落としていることがあるんですよ」

「……なんですって?」


 甥の言葉にレベッカは怪訝そうな表情を浮かべる。

 まだまだ納得させることはできないようだった。






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