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クールな王妃はライバルの襲撃を受ける


 メリッサと友達関係になってから私の学院生活は一気に色づいた。

 といっても、私の周りに人がいないのは変わりない。

 ただメリッサがいつも一緒にいるだけである。

 しかし、それだけで変わるものだったのだ。

 毎日が楽しく感じてしまう。


「美味しいですっ!」

「口に合って良かったわ」


 とある日の昼休み、私達は人のあまり来ない教室で過ごしていた。

 メリッサはクッキーを一口食べ、とても嬉しそうな表情を浮かべる。

 私はそれを見て、思わず喜んでしまう。


「でも、これって本当に安いんですか? ものすごく美味しいんですけど……」


 メリッサはそんなことを聞いてくる。

 傍から聞けば、失礼な質問かもしれない。

 だが、彼女がこんな質問をするのには理由があった。


「もちろんよ。王都にある店で平民にも人気のあるお菓子屋さんで買ったものだから、値段もお手頃よ」

「信じられないですね。王都にはこのレベルのお菓子が安く売られているなんて……」

「これ以上の料理ならざらにあるわよ? まあ、そうなると高級食材とかつかわれているから、メリッサの胃は受け付けないでしょうけど……」

「うっ!?」


 私の指摘にメリッサは言葉を詰まらせる。

 私が安いクッキーを準備したのはそういう理由だった。

 彼女は元々質素に生活した弊害か、高級そうな料理を受け付けないのだ。

 気付かなければ問題ないのでは、と思ったりもしたのだが、高級食材が入っている料理に対してはどこか違和感がある様子だった。

 見た目が似ている高級品と安物を比べさせても、安物の方が口に合う様子だった。

 というわけで、私は安物を持ってくるようになったのだ。

 無理矢理高級品を食べさせ、彼女に嫌われたくなかったのも理由の一つだったからである。


「でも、新鮮だったわね。一人で買い物に行く、というのも」

「一人でですかっ!?」


 私の言葉にメリッサは驚く。

 彼女が驚くのも仕方がないが、そこまで驚かなくとも良いのでは?


「ええ。わざわざ使用人にお使いを頼むのも悪いし、せっかくだから自分で買い物をしようと思ってね」

「いや、クリス様は公爵令嬢でしょう? しかも、王太子様の婚約者でもありますし、一人で出かけるなんて……」

「問題ないわよ。護身術を習っているから、暴漢が複数人で襲い掛かってきても対処はできるわ」


 心配するメリッサに私は自信満々に答える。

 これでも文武両道で有名な私は護身術もかなり得意である。

 貴族の令嬢だと甘く見て近付いてくる男程度なら簡単に制圧することはできる。

 まあ、油断せずに来られると対処は難しくなるが……

 しかし、そこは問題ではなかったようだ。


「だとしても、です。クリス様のような美しい令嬢は街中でそのような出来事に会ったことが醜聞の元になるのですよ」

「ん?」

「どういう状況かはわからなくとも、クリス様が男性と街中で会っていたという噂が流れること自体が醜聞になるんです。私のためにクッキーを用意してくれたことはありがたいですが、少しは自分のこともお考え下さい」

「……」

「わかりましたか?」


 少し怒った様子でメリッサがそんなことを言ってくれる。

 彼女は友達だからこそ、私のことをここまで心配してくれるのだろう。

 そのことはとても嬉しい。

 だが、それよりも気になることがあった。


「まさかリーヴァ子爵領にこもりきりだったメリッサに常識で怒られるなんて……」


 私はそんなことで驚いていた。

 別に彼女が非常識というわけではない。

 だが、王都と離れた場所にある領地では当然常識も違ってくる。

 つまり、ずっと領地にいたメリッサは王都の常識を知らないはずなのだ。


「田舎とはいえ、リーヴァ子爵領でも常識ですからね?」

「あら、そうなの?」


 メリッサの指摘に私は納得する。

 なら、怒られても仕方がないな、と。

 そんな風に私たちはたわいもない会話をしながら過ごしていた。

 こんな日がずっと続くと思っていた。


「ブフゥッ」

「「っ!?」」


 突如、何かが噴き出す音が聞こえてきた。

 私とメリッサは即座に音のした方を振り向いた。

 そこは教室の入り口だった。


「……」

「「……」」


 扉の向こうに人がいるのはわかっていた。

 しかし、動く様子が全くない。

 そのせいで私達も動くに動けなかった。

 そんな感じで数十秒ほど経った。


(ガラッ)

「まさかあのクリスティーナ=フォンティーヌ公爵令嬢があんな馬鹿な会話をしているなんてね」


 扉が開かれ、一人の令嬢が入ってきた。

 真正面から私のことを馬鹿にした様子だった。

 彼女のことを私は知っていた。

 リリー=グラモラス──私と同じ公爵令嬢だった。

 そして、王太子の婚約者候補──ライバルでもあった。

 そんな彼女がまさかこんなところに現れるなんて……

 私は思わず彼女の周囲を確認する。


「大丈夫よ。私は一人だから」

「っ!?」


 彼女の言葉に私は驚く。

 まさか自分の行動の意図を悟られているとは思っていなかった。

 しかも、その内容も驚きであった。

 彼女は私と違って、周囲との交流を活発に行っている。

 成績は私の方が上かもしれないが、総合的な面では彼女の方が次期王妃にふさわしいと言われているほどだった。

 そんな彼女が誰も連れずにこんなところに来る──私からすれば、驚くしかないだろう。


「……一人で出かけるのが流行っているのかしら?」


 メリッサが何か言っているが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

 とりあえず、用件を聞かないと……


「男女問わず友人の多いグラモラス公爵令嬢様が一人でいるなんて珍しいですね?」

「常にぼっちのフォンティーヌ公爵令嬢様が誰かといるよりは珍しくはないと思うけどね?」

「うぐっ」


 速攻で撃沈してしまう。

 他の令嬢たちにはできない、同等の立場からの口撃に私は対処することができなかった。

 人付き合いの苦手な私にとって、特に苦手な分野だからである。


「それで、この娘が噂の【お友達】?」

「ひえっ!?」


 グラモラス公爵令嬢の言葉──いや、その言葉と共にいつの間にか近づかれ、顎を軽くひかれたことでメリッサは驚いてしまう。

 驚いて当然であろう。

 いきなり目の前に美人の顔が現れたのだ、

 男女問わず驚くだろうし、見惚れてしまうだろう。

 私の場合は身内が美人ばかりなので、耐性はあるのだが……


「中々かわいいわね」

「えっ!?」


 グラモラス公爵令嬢はメリッサに告げる。

 彼女の言う通り、メリッサはとても可愛らしい顔をしている。

 普段はあまり化粧の類をしていないのか、あまり印象の残らない雰囲気ではある。

 しかし、それでもかわいらしい事には変わりない。

 おそらくそれも他の令嬢たちから妬まれる理由なのだろう。


「フォンティーヌ公爵令嬢の友達なんて辞めて、私と一緒に過ごさない?」

「ちょっと、それは聞き捨てなら……」


 グラモラス公爵令嬢の言葉に私は思わず反論しようとした。

 しかし、それは途中で遮られることとなった。


「お断りします」

「ない……って、え?」


 メリッサの言葉に私は思わず驚いてしまった。

 もちろん、彼女があっさりとお断りの言葉を言ったからである。


「クリス様、その表情はなんですか? 私が寝返るとでも思ったんですか?」

「いや、そんなことは思っていなかったけど……」


 メリッサが若干怒ったような表情になる。

 信じられていないと思ったのだろうか?

 たしかに私の反応は失礼だったかもしれない。

 だが、私だって何の理由もなしにそんな心配をしていたわけではない。

 メリッサが不義理をするような令嬢であるとは全く思っていない。

 しかし、相手は私と同格の公爵令嬢だ。

 メリッサにその気がなくとも、無理矢理権力でどうこうされる可能性だってあったのだ。

 その心配をしていたからこそ、メリッサの反応に驚いたわけだ。


「私はクリス様に恩を感じているからこそ、友達になったんですよ? それなのに、あっさりと裏切るなんて、これこそ【恩を仇で返す】ですよ」

「まあ、そうね。でも、公爵令嬢相手にあっさり断って良かったの?」

「その時はその時です。友達なんですから、守ってくださいね?」

「あ、うん」


 メリッサは意外としたたかであった。

 まあ、友達だったら仕方がない。

 彼女が私のことを友達だと思ってくれているのであれば、友達として彼女を守るだけだ。

 そう決意したのだが……


「あははははっ」

「「?」」


 突然、グラモラス公爵令嬢が笑い始めた。

 私達は彼女の急変にどうしていいのかわからなかった。

 というか、教室に入ってくる前も笑っている様子だった。

 もしかすると、それが彼女の素なのかもしれない。






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