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子爵令息は叔父を庇う


「とりあえず、君はこれから王族になってもらわないと困る」

「お断りします」


 アレクの言葉にクリスハルトははっきりと拒絶の意思を告げた。

 拒絶されることは最初から予想していたのだろう、アレクは落ち着いた様子で話を続ける。


「どうしてだい? 王族になれば、今よりも豊かな生活が約束される」

「そんなもの、いりません。それに僕は今の生活で十分ですから」


 クリスハルトは本心を告げる。

 子爵家で生まれた自分に王族の血が流れていることすらにわかには信じづらいのに、これから自分が王族として過ごすことになる。

 たしかに生活は裕福になるかもしれないが、だからといって素直に受け入れることはできない。

 なぜなら、彼は現国王の不義の象徴──裏切りの証拠となるため、城になどいけるはずがない。

 だが、そんなクリスハルトの言葉を聞き、アレクはあることを告げる。


「君は虐待を受けているね、クリスハルト君?」

「っ!?」


 突然の言葉にクリスハルトは驚く。

 そして、自分の体を隠すように腕を動かした。

 だが、それが皮肉にも却って自分の体に傷がある──つまり、虐待を受けていることを証明してしまっていた。


「君の体にある傷のことは知っているよ。この屋敷に運んだ後、汚れた体や服をきれいにしないといけなかったからね」

「……」

「しかし、まさかあんな酷い状態だったとは……今の子爵一家は普通の感覚を持っているとは到底思えないね」


 アレクは思ったことを口にする。

 彼はムーンライト公爵家の当主であると同時に、一家の大黒柱であることを誇りに思っている。

 妻や子供たちのことを大事に思っており、守るためならどんな障害も排除するつもりであった。

 もちろん、親類に何らかの不幸があって、その子供を引き取ることになった場合には家族として温かく迎えようと思っている。

 といっても、彼の周りではそのような不幸は全く起こっていないのだが……

 起こることを願っているわけでもない。


「叔父を悪く言うのは止めてください」

「おや、どうしてだい? 君を虐待しているんだろう?」


 突然のクリスハルトの言葉にアレクは素直に驚いた。

 まさか庇うとは思っていなかったのだろう。

 普通の人間の感性であれば、虐待をしている相手を庇おうとするはずがない。

 それがたとえ身内であったとしても、だ。

 しかし、クリスハルトはアレクにとって予想外のことを告げた。


「叔父は僕のことを虐待などしていません。これらの傷は夫人とその息子によってつけられた傷です」

「……なるほど。だから、現子爵は虐待をしていない、と? だが、たとえ直接手を下していないからといって、罪から逃れられるわけではないよ」

「それぐらいはわかっています。ですが、叔父はおそらくこのことには気づいていません。いえ、気づくことができないほど余裕がないんです」

「どういうことだい?」


 クリスハルトの言葉にアレクは興味を示す。

 まさか子供がここまで庇うとは思っていなかった。

 だからこそ、その理由を知りたいと思ったのだ。


「叔父は祖父が亡くなってから子爵の地位を受けました。急な死だったため、事前の準備は何もできていなかったようです」

「ああ、そうみたいだね。前子爵はたしか病死だったと……」

「元々仕事をしていたはずなのに、そこへさらに子爵としての仕事もやってきた。いくら領地を代官に任せていたとしても、いくつかの仕事は自分でこなさないといけない」

「それはわかっているよ。でも、それが爵位を持つ当主というものだ」


 クリスハルトの説明にアレクは反論する。

 たしかに現子爵については同情の余地はあるかもしれない。

 だが、だからといって、クリスハルトへの虐待を見過ごしていいわけではない。


「身寄りのない僕からすれば、引き取ってもらえるだけで感謝しないといけない、と思うんです。それがたとえ地獄だったとしても……」

「理屈はわからないでもないが、引き取っただけで終わりというわけではないんだよ。子供を引き取ったのであれば、その子供が立派に独り立ちするまで育てることが引き取った側の責任だよ。犬や猫ですら引き取った場合、しっかりと世話をしないといけないんだよ」

「……」


 アレクの言葉にクリスハルトは反論できない。

 クリスハルトからすれば、恩のある叔父に迷惑をかけることは避けたいと思っていた。

 祖父ほどではないにしろ、血が繋がっている身内だからこそ「守りたい」という感情を持っているのだ。


「まあ、君の気持ちは理解できたよ。とりあえず、現子爵についてはしっかりと陛下の前で説明の場を設けて、罰は陛下にその時決めてもらおう」

「ですが、それじゃ……」

「君が感謝していることはしっかりと伝えてもらうよ。流石に君からの嘆願を無視するわけにもいかないしね」

「……ありがとうございます」


 完璧な結果とは言えない──だが、叔父の命の危機は去ったと思われる。

 あとは叔父がしっかりと事情を説明すればなんとかなる、と信じるしか今のクリスハルトにできることはなかった。


「だが、おそらく御家取り潰しは免れないだろうね」

「えっ!? どうしてですか?」


 アレクの言葉にクリスハルトは驚く。

 先ほどまで救うことができたと思ったのに、叔父がまさかのピンチに陥っていたからだ。

 しかし、その質問は予想していたのか、アレクは説明を始める。


「君が王族の血を引いていることは見る人が見れば、明らかにわかることだ。それは理解できるね」

「はい」

「おそらく現子爵は王都で過ごしている以上、知っていたと考えられる。そして、前子爵も、ね」

「それが一体……」

「王家の血が流れている子供を隠す……反逆の意志あり、と捉えられてもおかしくはないかな」

「なっ!?」


 アレクの説明にクリスハルトは言葉を失う。

 まさか自分が子爵家で過ごしていたことが、そんな大ごとになるとは思っていなかった。

 せいぜい不義の子であると後ろ指をさされる程度だと思っていた。

 だが、事態は想像以上に重かったのだ。


「今となっては、前子爵がどのような理由で君を隠し続けたのかはわからない。だが、現子爵については、その事情を聞かないといけないね」

「……それで命の危険は?」


 クリスハルトは純粋に心配になり、そう質問した。

 せっかく助けられると思ったのに、まさかまだそんな危険があるとは想像だにしていなかったのだ。

 これは自分がどうにかできる問題なのか、とも。


「まあ、流石に命の危険はないだろうね。高位貴族であれば、自分達の後ろ盾で君を次期国王にして、外戚として権力を手に入れようと算段するかもしれないが、子爵である以上その可能性も低い」

「ほっ……良かった」

「でも、流石に君を隠し続けたことへの罰は受けるべきだね。それが御家取り潰しというわけだ」

「……それは避けられないことですよね」

「まあ、そうだね。流石に何らかの罰を与えないと、他に示しがつかないしね」

「わかりました」


 アレクの説明にクリスハルトは納得するしかなかった。

 罪に対して必ず罰を与えないといけない──そんなことは子供であるクリスハルトでもわかることであった。

 アレクの言う通り、祖父と伯父は罪を犯してしまったことには変わりない。

 その結果、罰を受けないといけないのだ。

 それについてはしっかりと受け入れないといけない。

 命があるだけでも良し、と思うしかないわけだ。


「とりあえず、今の君はその傷を治すことだ」

「えっ!? でも、すぐに王家に伝えないといけないんじゃ……」


 これで話は終わりとばかりにアレクは話題を変えた。

 その内容にクリスハルトは驚いてしまう。

 自分のことを知ったのであれば、すぐにでも王家に伝えないといけないと思ったのだろう。

 だが、アレクがこう言ったのにも事情があった。


「そんな状態で陛下の前に行くつもりかい? だったら、いくら君が助けようとしても、現子爵は死罪を免れないんじゃないかな」

「うっ!?」


 アレクの言葉にクリスハルトは言葉を失う。

 体のことは自分が一番理解していた。

 今の自分が到底人の前に立つことができない体である、ということも……


「とりあえず、一月の間はこの屋敷で過ごしてもらおうかな。流石に子爵家に返してしまったら、さらなる傷を負うことになるかもしれないし」

「……わかりました」


 アレクの提案をクリスハルトは受け入れた。

 アレクの言っていることはもっともだったからである。

 このままクリスハルトが子爵家に戻れば、まだあの地獄に逆戻りとなってしまう。

 一ヶ月安静にしないといけないのに、下手すれば今以上に酷い傷を負っている可能性すらあるのだ。

 流石にそれでは本末転倒である。

 ならば、少しでも──いや、かなり安全なムーンライト公爵家に匿われていた方がマシなのだ。


「現子爵にはしっかりと伝えておこう。君の言う通りの人物であれば、しっかりと事情は把握できるだろうしね」

「わかりました」


 この提案にもクリスハルトは否定しない。

 自分が急にいなくなると、叔父も心配するかもしれないと思ったからである。

 夫人と息子にはそんな感情はないだろうが、自分達の苛立ちの発散先がいなくなったことを不満に思うかもしれない。

 そして、叔父に助力を乞おうとするかもしれない。


「でも、一つだけ伝えておかないといけないことがあるね」

「なんですか?」

「万が一、この一ヶ月の間に現子爵が逃げた場合、死罪になることは確定になるだろうけど……それでいいかな?」

「……大丈夫です。僕は叔父のことを信じていますから」


 アレクの言葉にクリスハルトは頷いた。

 真面目な叔父のことだ。

 しっかりと自分の罪を受け入れてくれる、そう信じたからだ。

 自分にできることはもうすべてやりつくした。

 あとは少しでも傷を治すことしかやることはなくなった。






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