クールな王妃は冷たい笑みを浮かべる
クリスティーナ編です。
「お母様、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
心配そうな表情の娘の言葉に私は笑みを浮かべ、答える。
しかし、カラ元気であることが分かっているのか、娘は心配な表情を変えることはない。
この娘にこんなことをさせるなんて、母親失格であろう。
しかし、今の私はそれほどまでに心をすり減らしてしまっているのだ。
その原因は……
「どうしてクリスお兄様はいなくなっちゃったんだろう」
「……」
娘──リリアナが悲しげな声でそんなことを口にする。
私はその疑問に答えることができなかった。
クリスハルトがいなくなった一番の原因が私──クリスティーナであることは理解しているからだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は公爵家に生まれ、公爵令嬢にふさわしくなるべく教育を受けてきた。
同年代の他の令嬢たちに負けないよう、常に模範となるべく教育を受けてきた。
そのおかげもあってか、周囲からの私の評判は非常に高かった。
だからこそ、当時の第一王子──陛下の婚約者の第一候補として名前が挙がった。
当然、それは誇らしい事である。
しかし、私はあまり嬉しくはなかった。
もちろん、第一王子の婚約者になることは誇らしい事であることは理解していたし、陛下のこともその当時から好意を抱いていた。
だが、その立場が逆に私を孤立させていた。
私の評判が非常に高かった、と説明したが実際にはこの言い方には語弊があった。
もちろん、公爵令嬢としての評価なら非常に高いだろう。
しかし、クリスティーナ個人での評価となると話は別であった。
釣り目勝ちの鋭い目つきのせいか、初対面の人にすら怒っていると勘違いされる顔をしている。
整った顔立ちをしているが、その表情のせいで余計に冷たく感じさせてしまうようだ。
さらに、公爵令嬢として模範となるべく行動していたこともまた私個人の評価を下げてしまってした。
規律を重んじるお堅い人間である、そう思われてしまったのだ。
別に悪い事ではない。
しかし、あまりにもその色が強いと人は寄ってこなくなるのだ。
その結果、私の周囲には人が寄ってこなくなっていた。
その状態は次期王妃としてはあまり好ましい状況ではなかった。
人との交流が苦手な人間は次期王妃にふさわしくないのでは──そんな話が国の中枢で当時されていたらしい。
だが、私が王子の婚約者の第一候補から落ちることはなかった。
それほどまでに私は優秀だったのだ。
しかし、学院に入学した私は初めて敗北というものを知った。
それは入学試験の結果だった。
私の順位は2位──優秀な人間も入学する学院でその順位を取れれば、かなり優秀であることを証明される。
しかし、今まで私は同年代の誰にも勉学で負けたことはなかった。
私の知る優秀な人間たちも全員が3位以下に名前を連ねていた。
メリッサ=リーヴァ子爵令嬢──1位を取った者の名前だ。
学院に入学──いや、この試験結果を見るまで、私は彼女の存在を知らなかった。
これは私が周囲との交流が苦手なため、知らなかったのではない。
彼女自身も周囲と交流していなかったせいだ。
リーヴァ子爵家はサンライズ王国で古くからいる貴族である。
子爵という身分からあまり優秀ではない印象はあるが、実際はそうではなかった。
リーヴァ子爵家で生まれた人間はほとんどが優秀な人間だったらしい。
しかし、総じて権力などに興味がないらしく、子爵家とその周囲の貴族たちと交流するだけだったらしい。
だからこそ、私も知らなかったのだ。
流石にそんな田舎に引っ込んでいる人間も貴族である以上は15歳から学院に通わないといけない。
そのためにわざわざ王都まで出てきたわけだ。
まあ、卒業したらすぐに子爵領に戻るらしいが……
しかし、そんな彼女の存在を良くないと思う人間は多かった。
ポットでの末端貴族が王族や高位貴族を差し置いて、試験で1位を取ったのだ。
幼いころから英才教育を受けている高位貴族にとって、これ以上面白くないことはない。
といっても、怒っているのはそこまで順位の高くない高位貴族たちであったが……
順位が悪い事をリーヴァ子爵令嬢が優秀であるせいだと責任転嫁したいらしい。
自分達の努力不足のせいなのに……
まあ、理由はどうあれ他の高位貴族たちに彼女は目をつけられてしまったわけだ。
その結果、彼女に対する嫌がらせが始まったのだ。
といっても、私はその現場を見ることはなかった。
あくまで私は噂でその話を聞いただけであり、それが事実であるかどうかもわからなかった。
私にはそれを教えてくれる友人すらいなかったのだ。
とある日の休憩時間、一人ぼっちの私は暇をつぶすために一目の付かない裏庭へ向っていた。
しかし、そこには先客がいた。
流石に公爵令嬢が一人でこんなところにいることがバレたくなかったので、私はすぐに立ち去ろうとした。
だが、先客たちが不穏な空気であることに気が付き、思わず立ち止まってしまった。
一人の女生徒を複数人で囲んでいるようだった。
「あんた、調子乗りすぎよ」
複数いた者達の一人がそんなことを言った。
たしか、彼女は侯爵家の令嬢だったはずだ。
交流がないので流石に名前は知らないが、それぐらいはわかった。
まあ、その程度の情報しかないが……
そんな彼女の周囲にはおそらく伯爵家・子爵家といった少し格下の──つまり、侯爵令嬢の取り巻きが集まっていた。
侯爵令嬢の命令なのか、一人の女生徒が逃げることができないように取り囲んでいるようだ。
「どういう意味でしょうか?」
囲まれている女生徒ははっきりとした声で聞き返した。
複数人──しかも、明らかに自分より身分が高いであろう相手に囲まれている状況で気丈な対応である。
私は素直に感心してしまう。
貴族社会は権力がものを言う。
つまり、身分が低い者は基本的には身分の高い者に従うが常である。
まあ、一概にそうなるわけではないけれど……
「あんたみたいな子爵家の人間がどうして学年一位なのよっ! どうせカンニングとか、卑怯なことをしたのでしょっ!」
女生徒の言葉に侯爵令嬢が怒鳴る。
どうやら身分が下の女生徒に成績で負けたことがよほど悔しかったのだろう。
まったく情けない。
成績で負けたのであれば、成績で抜き返せばいいのだ。
それなのに、こんな権力を盾に脅しをするなど、高位貴族としてあまりにも情けなさすぎる。
しかし、ここでようやく私は疑問を回収することができた。
彼女名前は……
「メリッサ=リーヴァ子爵令嬢」
「「「「っ!?」」」」
私の声にその場にいた全員が驚いたような視線をこちらに向ける。
どうやら少し大きな声で口に出してしまったようだ。
これは失敗だった。
しかし、注目されてしまったものは仕方がないので、私は彼女たちに近づいた。
「貴女たち、何をしているのかしら?」
「「ひっ!?」」
私が声をかけた瞬間、取り巻きらしき二人の令嬢が悲鳴のような声を上げた。
怖いと思われていることは理解していたが、流石にこの反応は失礼ではないだろうか?
まあ、こんな反応をされること自体は慣れているので、この場で注意するようなことはしないが……
しかし、そんな私に怖気づかない者もいた。
「私たちはこの子爵令嬢が不正を行っているので、それを批判しているだけですよ、クリスティーナ様」
「不正?」
侯爵令嬢の言葉に私は聞き返してしまう。
流石に何度かお茶会などで顔を合わせているからだろうか、どうやら彼女には私への耐性があるようだ。
といっても、少し体を震わせていることから、完全に耐性があるわけではないようだが……
「子爵令嬢風情が学年一位など取れるはずがありません。しかも、クリスティーナ様を抑えてなど……これは不正以外にあり得ないでしょう?」
「なるほどね……それで、否定はしないのかしら?」
「え?」
私の言葉に侯爵令嬢が呆けた声を漏らす。
てっきり納得してくれると思っていたのだろう。
それは私のことを軽く見すぎであろう。
その程度の頭だからこそ試験の順位も悪いし、こんな行動を取るのだ。
「……私におっしゃっていますか?」
「もちろん。貴女以外に誰がいるのかしら?」
リーヴァ子爵令嬢の問いかけに私は答える。
彼女は私に一切の恐怖を抱いていないようだ。
珍しいタイプの人間であると思ったと同時に、少し彼女へ興味が湧いた。
「私は一切の不正委はしていません。あの結果は私の実力で勝ち取ったものです」
リーヴァ子爵令嬢ははっきりと宣言した。
そこには一切の迷いはない──それだけで彼女が嘘をついていないことが分かるほどであった。
しかし、それがわかるのはこの場では私だけだったようだ。
「そんな嘘をつくなんて、なんて浅ましいのかしら。これだから、田舎の下位貴族は……」
「あら、どうして嘘だと言えるのかしら?」
リーヴァ子爵令嬢の言葉を嘘だという侯爵令嬢に私は問いかける。
なぜ彼女はそこまで言い切れるのだろうか?
「クリスティーナ様は彼女の点数を知っていますか?」
「点数?」
「満点ですよ? しかも、全教科で……そんなこと、あり得るはずがないでしょう」
なるほど……不正をしたと思われている理由の一端を理解できた。
たしかに、試験で満点を取ることは非常に難しい。
この学院の試験はかなりの難易度であり、勉強をしたからと言って満点を取ることはできないだろう。
現に私だって、半数以上の科目でミスがあり、満点を逃してしまっていた。
そんな私だからこそ、言えることがあった。
「あり得ない話じゃないわね」
「えっ!?」
私の言葉に侯爵令嬢は驚きの表情と共に呆けた声を漏らす。
てっきり賛同してくれると思っていたのだろう。
それこそ、私のことを舐めすぎではないだろうか?
「貴女達は彼女の家のことを知らないのかしら?」
「家、ですか? ただの田舎の下位貴族じゃ……」
「その程度しか知らないのに、彼女のことを馬鹿にするのは止めなさい。いえ、知らないからこそ、こんなバカなことをできるのかしら?」
「なっ!?」
私の言葉に侯爵令嬢は顔を真っ赤にする。
どうやら馬鹿にされていることはわかったようだ。
流石にそれを理解する頭はあったようだ。
しかし、会話をしていて不快であることには変わりない。
私は彼女たちを真正面から見据え、冷たい笑みで伝えた。
「これ以上、私の目の前でこんなことをするなら、同じことを──いえ、それ以上のことを私がするわよ。貴女たちがやったことの苦しみは自分達で体験しないとわからないでしょうしね」
「「「ひいっ!?」」」
ニヤリと笑みを浮かべると、蜘蛛の子を散らすように女生徒たちは逃げていった。
貴族令嬢らしくない、はしたない行動である。
まあ、人を脅すようなことをした私が言うことではないが……
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