公爵令嬢は男爵令嬢に事情を説明する
「実は私には好きな人がいるんです」
「え?」
セシリアさんの突然の言葉に私は驚きの声を上げてしまう。
別に彼女に好きな人がいることを驚いているわけではない。
私ぐらいの年齢であれば、いてもおかしくはないだろうし……
ただこんなにあっさり教えてもらえたことに驚いてしまっているだけである。
「同じ学年のフィル──フィル=クラウドのことが好きなんです」
「……たしかクラウド商会の跡継ぎだったかしら?」
セシリアさんから聞いた名前を私は頭の中で探す。
たしかクラウド商会の子息が同級生にいたはずである。
直接の面識はないが、記憶している。
「ええ、その通りです。実は私たちは子供のころからの知り合いなんです」
「幼馴染ということね」
「しかも、子供のころに結婚の約束もしてまして」
「へぇ、いいわね」
私は素直にそんな感想を漏らしてしまう。
もちろん、馬鹿にしているわけではない。
子供のころの約束とはいえ、この年齢になっても守ろうとしている姿勢はとても素晴らしいと思う。
貴族である以上は政略結婚をすることが多いが、こういう恋愛を応援したい女性陣は多いはずだ。
私も同様である。
「といっても、それもうまくいかなそうですけど……」
「どうして? もしかして、クリスハルト様のせいかしら?」
セシリアさんが落ち込み始めた。
その反応から私はそんな結論を導き出した。
クラウド商会といえば、この国の中でもそこそこの規模の商会ではある。
しかし、あくまでも「そこそこ」の規模であるのだ。
しかも、立場は平民である。
そこの跡継ぎが第一王子に勝てるはずがない。
それがたとえ【放蕩王子】と呼ばれるような評判の悪いクリスハルト様だったとしても、だ。
しかし、その予想はどうやら外れたようだ。
「いいえ、違います。正確に言うと、まったく関係がないわけではありませんが……」
「どういうことかしら?」
「実は私の義父──レイニー男爵は私の結婚相手として、フィルを認めていないんです」
「貴女を任せるには力不足だと言いたいのね?」
「はい、そういうことです」
私の要約にセシリアさんは頷く。
私の集めた情報からもわかる通り、レイニー男爵はセシリアさんのことを非常にかわいがっている。
そんな彼女を幸せにするため、結婚相手をしっかりと選別しないといけないと思っているのだろう。
それは父親代わりとしては当然の反応だと言えよう。
まあ、その過保護がセシリアさんにとっては障害になってしまっているのだが……
「それでどこにクリスハルト様が関係しているのかしら?」
私は純粋な疑問を投げかける。
事情を聞いても、クリスハルト様が関係しているようには思えないが……
「正確にはまだ関わっていません。ですが、いずれは大きな障害になると思います」
「というと?」
「レベッカ様は私とクリスハルト様が学院でどのような関係だと噂されていると思いますか?」
「【放蕩王子】と【王子に言い寄る男爵令嬢】かしら?」
セシリアさんの質問に私ははっきりと答える。
クリスハルト様の方はともかく、セシリアさんのことについては誤解だとはわかっている。
だが、どう噂されているのかを聞かれたので、その通りに答えるべきであろう。
そんな私の答えに満足したようにセシリアさんは頷く。
「ええ、その通りです。ですが、加えて言うならば、恋仲だと思われています」
「……それ、婚約者相手に言うことかしら?」
セシリアさんの言葉に私は思わずそんなことを言ってしまう。
真正面に恋仲と言われている相手の婚約者を見据え、言うようなことではないと思うのだが……
意外と豪胆な人間なのかもしれない。
「レベッカ様は嘘だとわかっているでしょう?」
「まあ、そうなんだけど……婚約者に恋仲の相手がいると言われるのは、かなり嫌な気持ちになるわよ」
「それは申し訳ありませんが、事実ですので……」
「仕方がないわね」
私は諦めることにする。
そうなった原因は私にもあるかもしれないのだ。
私がふがいないがゆえに、クリスハルト様はセシリアさんに声をかけるようになってしまった。
その結果がこの噂というわけだ。
「とりあえず、クリスハルト様は【放蕩王子】と呼ばれているとはいえ、一国の第一王子です。身分が高いだけで幸せが決定するわけではありませんが、裕福さは幸せになる条件の一つとなります」
「……つまり、男爵は貴女の婚約者にクリスハルト様を据えようとしているということかしら?」
セシリアさんの話を要約する。
荒唐無稽な話であろう。
しかし、今までの話を聞いている限りでは、あながちすべてが信じられないわけではない。
セシリアさんの幸せを考えるレイニー男爵であれば、そのような判断をすることは何らおかしくはないわけだ。
「あくまでも推測ですけどね。ですが、かなり高い確率でそうなると思います」
「まあ、貴女の話を聞いた限りはたしかにそうかもしれないわね。しかし、困ったことになったわね」
私は小さくため息をつく。
私はセシリアさんをいじめから救っただけのはずだ。
それなのに、どうしてこんな面倒なことになっているのかしら?
まあ、これは先ほどのいじめは直接関係なく、今までの私たちの行動が導いた結果なのかもしれないけど……
「そうですね。このままでは私はフィルと結婚できませんし、クリスハルト様と添い遂げることに……」
「それもそうだけど、事態はもっと深刻よ」
「え?」
私の言葉にセシリアさんは驚きの声を漏らす。
たしかに彼女の立場からすれば、先ほど言っていたことが問題であろう。
しかし、実際はもっと不味いのだ。
「まず、クリスハルト様が貴女と結ばれた場合、私とクリスハルト様の婚約は無くなることになるわね」
「ええ、そうですね」
「その時点でクリスハルト様は王族ではなくなるわ」
「ええっ!?」
私の言葉にセシリアさんは驚く。
まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。
事情を知らない人間であれば、仕方がないのかもしれないが……
私は事情を説明する。
「クリスハルト様が王妃様の実の息子ではないことは知っているかしら?」
「え? たしかそんな噂がありますが、本当の話ではないでしょう?」
「いいえ、本当の話よ。まあ、大っぴらに入っていないから、真実だと知っているのは一部の人間だけよ」
「えっ!?」
とんでもない事実を告げられ、セシリアさんは驚く。
こんな反応になるのは当然だろう。
だが、大事なのはこの後である。
「クリスハルト様の母親はリーヴァ子爵家の令嬢だったの」
「リーヴァ子爵家、ですか? 聞いたことはありませんが……」
「まあ、貴族になって3年目の貴女なら知らなくて当然ね。なぜなら、8年前に御家取り潰しとなってしまったからよ」
「えっ!? クリスハルト様の実家なんですよね? どうして?」
セシリアさんは驚愕する。
たしかに彼女の言う通り、リーヴァ子爵家はクリスハルト様にとっての実家である。
本来であれば、もっと反映していてもおかしくはないのだ。
「いろいろとあったのよ。とりあえず、問題を起こして、リーヴァ子爵家は無くなってしまったわ」
「……そうなんですね」
「当然、クリスハルト様には後ろ盾はないわ。まあ、リーヴァ子爵家が残っていたとしても、後ろ盾になるほどの権力はないけれど……」
「たしかにそうですね」
私の説明にセシリアさんは頷く。
後ろ盾とは強力な権力があって、初めて意味を成すものだ。
子爵家程度では大した後ろ盾になることなどできない。
「つまり、クリスハルト様の後ろ盾はムーンライト公爵家なの。そして、その後ろ盾を証明するため、私とクリスハルト様は婚約しているわけよ」
「……そうだったんですね。ということは、政略結婚ですか?」
私の話を聞いたセシリアさんがそんなことを聞いてくる。
たしかに、今までの話を総合すれば、そういう結論になって当然であろう。
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