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放蕩王子は男爵家に行く


 学院内ではクリスハルトが婚約者であるレベッカと完全に不仲であるという噂が流れることとなった。

 さらにハルシオンとの会話から、王族ですらなくなるのではという憶測も飛び交うこととなった。

 といっても、この情報はあからさまに話されることはなかった。

 関わっているのが王族と公爵令嬢であるため、万が一でも嘘の情報だった場合は話していた者達が不敬で大変なこととなってしまったのだ。

 しかし、個人でこっそりと話す分にはさほど問題ではない。

 本人たちに聞かれさえしなければいいのだから……


 学院内でそんなことになっているが、クリスハルトはまったく気にした様子もなかった。

 まあ、こうなるために動いていたのだから、気にする必要もないのだが……

 そんな彼はとある屋敷にやってきていた。

 屋敷の主には事前に訪問することは伝えており、しっかりと対応を受けていた。

 クリスハルトが王族であることは知っているようで、流石に門前払いをされることはなかった。

 だが、クリスハルトが来たことに主人は何やら不安を感じている様子であった。

 廊下を歩いているときも、使用人たちが不安そうにクリスハルトを見ていた。

 クリスハルトの評判を知っているのであれば、それは当然の反応と言っていいだろう。

 だが、流石にこのままの状態で話すのは良くないと思い、クリスハルトは笑みを浮かべて伝える。


「落ち着いてくれ。別に取って食うわけじゃないのだから」

「で、ですが……」

「じゃあ、命令だ。その不安そうな表情を辞めろ」

「ひゃ、ひゃい」


 クリスハルトの言葉に目の前の男性はびしっと返事をする。

 だが、流石に「命令」という言葉が良くなかったのか、ものすごく噛んでいた。

 父親ほどの年齢の男性にここまでビビられるのはクリスハルトとしてはあまり気分のいいものではない。

 王族とはいえ、まだ青年と言っていい年齢なのだ。

 小さくため息をつく。


「はぁ……」

「な、何か不手際でも?」

「それはあんたらの対応だな。王族に対してビビるのはわからないでもないが、こんなガキ一人にビビりすぎだよ」

「で、ですが……」

「別に敬意さえ忘れなければ、多少の不躾は目をつぶるよ。とりあえず、父親ぐらいの年齢の男にビビられるガキの気持ちも考えてくれ」

「……わかりました」


 クリスハルトの言葉を理解したのか、男性は頷く。

 流石に自分の対応があまり良くないことを理解したのだろう。

 身分は違えど、彼は地域をまとめるトップなのだ。

 それ相応のふるまいをしないといけない、と。


「一応、自己紹介はしておこうかな。俺はクリスハルト=サンライズ──この国の第一王子だ」

「もちろん、存じ上げておりますよ。噂は良くお聞きしますから」

「どんな噂かな、レイニー男爵?」


 男性──レイニー男爵の言葉にクリスハルトは笑みを浮かべ、質問する。

 その笑顔に自身の失言に気づいたのか、レイニー男爵は慌て始める。


「そ、それは……えっと……」

「ほとんどが【放蕩王子】とか【不良王子】の噂だろう?」

「う……」

「ああ、安心してくれ。別にそんな噂があること自体は知っているし、その程度のことで罰するつもりは俺にはないから」

「……本当ですか?」


 クリスハルトの言葉にレイニー男爵は不安げに質問をする。

 その言葉を信じて頷いて、あとで不敬罪と言われても困るからである。


「その噂は俺が流した噂だからな。それなのに怒るのはおかしいだろ?」

「殿下が流したのですか? どうして?」


 クリスハルトの言葉にレイニー男爵が驚く。

 当然であろう。

 先ほど言った二つの噂は第一王子としてはあまりにも不適格な噂なのだ。

 もちろん、これ以外にもいろいろと噂がある。

 そのどれもが第一王子にはふさわしくないものなのだ。

 だからこそ、そんな噂を自分で流したというクリスハルトの言葉が信じられないのだ。


「正確に言うと、そんな噂が流れるように俺が行動した、というべきかな?」

「……まだそちらの方が信じられますが、それこそなんででしょうか?」

「それはもちろん、とある計画を成功させるため、だ」

「とある計画、ですか?」


 クリスハルトの言葉にレイニー男爵は聞き返す。

 どこか雲行きが怪しくなってきたからである。

 まあ、第一王子がこの屋敷に来た時点で雲行きは元々良くはなかったのだが……


「知りたいか?」

「え?」


 クリスハルトの質問にレイニー男爵は咄嗟に答えられなかった。

 もちろん、興味があるのは事実である。

 しかし、知ることが怖いという気持ちもある。

 聞いてしまえば、逃げることができない可能性だってあるのだ。

 だからこそ、すぐには頷くことができなかったわけだが……


「安心しろ。この計画を知ったとしても、あんたに協力を要請することはないから。とりあえず、邪魔さえしなければいいんだよ」

「それはどういう……」

「あんたの娘──いや、姪がすでに協力をしてくれているからな」

「なにっ!?」


 クリスハルトの言葉にレイニー男爵は勢い良く立ち上がった。

 その衝撃でテーブルにおいてあったカップなどが落ち、割れてしまう。

 しかし、レイニー男爵はまったくそんなことを気にしていなかった。

 いや、それ以上に気にするべきことがあったからである。


「セシリアに何をしたっ!」


 レイニー男爵はクリスハルトに詰め寄る。

 彼にとって、セシリアは大事な存在であった。

 だからこそ、彼女のことを仄めかされ、立場など関係ない行動をとってしまったのだ。

 当然、クリスハルトはその反応を予想しており、落ち着いた様子で対応する。


「安心しろ。危害を加える気は全くない」

「そんなこと、信じられるはずが……」

「そもそも、俺が来ることの連絡はセシリア嬢から伝えられただろう? その時点で無事なことはわかっているだろうよ」

「む……」


 クリスハルトの指摘にレイニー男爵は言葉を詰まらせる。

 たしかにその通りであった。

 レイニー男爵にクリスハルトからの書状を持ってきたのはセシリア本人だった。

 その彼女が別におかしな様子はなかったので、何も不安に思うことはないと思うべきであった。

 いや、第一王子からの書状を男爵令嬢が持ってくることに違和感を持つべきだったのかもしれない。

 だが、何も危害を加えられていない、ということは信じても良いのかもしれない。


「では、セシリアが協力しているのは、一体どのような計画でしょうか。流石に危険な計画であれば、親代わりとしては参加させるつもりはありません」


 少し落ち着いたレイニー男爵はクリスハルトに問いかける。

 彼にとって、セシリアは目に入れても痛くないほど可愛い存在である。

 レイニー男爵には実の息子や娘もいるが、それ以上に可愛がっていると言っても良い。

 もちろん、実の子供たちにも父親としてきちんと接しているつもりだ。

 だが、姪であるセシリアをしっかりと育てることがレイニー男爵にとっての贖罪──いや、やらなければならないことなのだ。

 実の子供たちより可愛がらないといけないのだ。


「まあ、あんたの反応は当然だな」

「それで、どのような計画なのですか?」

「安心しろ。セシリア嬢には一切の傷をつけるつもりもないし、評判も悪くなるような計画ではない」

「それを信じろ、と?」


 クリスハルトの説明にレイニー男爵は反論する。

 クリスハルトは全くと言っていいほど、具体的な話をしていなかった。

 それなのに、どうして信じることができようか。

 流石にクリスハルトもこの説明で納得させることはできないと思っていたのだろう。

 はっきりと告げる。


「第一王子──つまり、俺が廃嫡されるための計画だよ」

「はあ?」


 クリスハルトの言葉にレイニー男爵は呆けた声を漏らしてしまう。

 彼の反応は当然の反応であろう。

 なぜなら、クリスハルトの告げた計画の名前は被害者本人が伝えるような言葉ではないからである。






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