放蕩王子は無表情メイドに指摘をされる
「すぅ……」
クリスハルトの膝を枕にして、リリアナは眠っていた。
久しぶりにクリスハルトに会ったことで張り切っていろいろと話しすぎたのだろう、疲れて眠ってしまったようだ。
こういう風に素の姿を見せてくれるから、クリスハルトはリリアナのことを邪険にすることはできなかった。
王族・貴族の世界は自分の感情を表に出さず、目的を達成することが求められる。
それがたとえ本心とは違うことだとしても、必要ならばせざるを得ないのだ。
それはクリスハルトも同様であった。
しかし、リリアナはそんなクリスハルトに素の感情で話しかけてくれる。
それだけでどれほど心が和らいだか……
「おにいさまぁ……」
「くくっ、寝言でも俺を呼んでいるのか」
リリアナの寝言にクリスハルトは思わず笑ってしまう。
夢の中にクリスハルトが出ているのだろうか?
どれほどリリアナはクリスハルトのことを考えているのだろうか、と考えつつも嬉しく思ってしまう。
妹にここまで思われるのは、やはり兄冥利に尽きるからである。
「お疲れ様です、殿下」
いつの間にか部屋にいたロータスが声をかけてくる。
テーブルには紅茶の入ったカップを置いた。
リリアナを相手したことをねぎらってくれているのだろう──メイドとしての感謝の気持ちを伝えているようだ。
相変わらず無表情ではあるが……
「どうしてリリーを俺に近づかせた?」
クリスハルトは真剣な表情で、睨みつけるような視線でロータスに問いかける。
それはリリアナに向けていた優しい視線とは真逆の視線であり、まるで拒絶するかのような視線であった。
そんな視線を向けられれば、誰もが近付きたくなくなるはずだ。
「リリアナ様が望まれましたので。主の望むことをするのが、メイドの務めですから」
「……してはいけないことを止めるのが、メイドの務めでもあると思うが?」
ロータスの言葉にクリスハルトは反応する。
リリアナが話しかけてくれることは嬉しい。
だが、リリアナがクリスハルトに話しかけることは彼女の評判を下げることに繋がってしまう。
それはクリスハルトにとって、本意ではない。
だからこそ、ロータスにはリリアナを事前に止めてもらいたかったのだが……
「兄と仲良くしたいという妹の気持ちのどこがいけないことでしょうか?」
「む?」
「私には到底理解できませんね。それが今の兄妹の一般的な関係でしょうか?」
「はぁ……わかったよ。俺が間違っていたよ」
ぐうの音も言えない反論にクリスハルトは諦めた。
たしかに一般的な兄妹の関係で言えば、妹が兄に話しかけること自体は普通であろう。
むしろ、遠ざけようとしている方が異常なのだ。
まあ、その一般的な関係を王族に当てはめていいのかは疑問ではあるが……
「そもそもクリスハルト様はどうしてリリアナ様を遠ざけようとなさっているのですか? とても慕われているように見えますが……」
「それが問題なんだよ」
「問題、とは?」
クリスハルトの言葉にリリアナは首を傾げる。
無表情のままなので、結果として何を考えているのかはわからない。
まあ、わかっていないのは事実だろう。
「俺の城の中での評判は知っているだろう?」
「「王家の責務を放りだして遊び惚ける放蕩王子」ですね。かなり評判は悪いです」
「本人に向かって、はっきり言うな……」
「殿下から聞かれたんでしょう?」
「まあ、そうなんだが……普通はもっと言うことをためらうだろ。相手は一応王族なんだぞ?」
「そんなことを気にしても仕方がないので」
「……」
無表情のロータスにクリスハルトはこれ以上何も言えなかった。
まあ、こんなことをいつまでも話す意味はないので、話を進める。
「そんな俺にリリーが近付くことを全員が良く思っていないはずだ。教育に悪い、ってな」
「否定はしませんが、間違っていますよ」
「何がだ?」
「「全員」、ではありませんよ。「ほとんど」です」
「……そうだな」
ロータスの言葉に驚きつつも、少しは感謝してしまう。
クリスハルトには全く味方がいないわけではない──そう思わせてくれたのだから。
まあ、リリアナが話しかけてくれている時点で、それはわかっていたことではあるが……
「とりあえず、リリーが俺と仲が良い事がバレれば、リリーの評判に関わるわけだ。義母上が知れば、確実に引き離そうとするはずだ」
「妃殿下であれば、すでに知っていますよ」
「何?」
注意すべきクリスティーナがすでに知っていることをクリスハルトは驚いた。
知っていることはすでに注意をされていることだと思ってしまった。
しかし、実際はそうではなかった。
「ですが、リリアナ様とクリスハルト様がどのようにしていたのかを聞いてきただけで、特に注意をすることもありませんでしたよ」
「……何を考えているんだ?」
ロータスの言葉にクリスハルトは悩んでしまう。
クリスティーナの行動の意味が分からないからである。
母親であるならば、実娘が悪い方に進もうとしているのなら止めるのが普通なのだ。
しかし、彼女は話を聞いただけの様だ。
果たして、それは何の意味があるのだろうか……
「殿下、一つよろしいでしょうか?」
「何だ?」
悩むクリスハルトにロータスが問いかける。
一体、何を言うつもりなのだろうか──そう思ったクリスハルトは許可をする。
許可を受けたロータスは説明を始める。
「妃殿下はおそらく私と同じタイプの人間です」
「同じタイプ? どういうことだ?」
ロータスの言葉の意味が理解できず、クリスハルトは首を傾げる。
疑問に思うクリスハルトにロータスは一言で伝える。
「誤解されやすいタイプ、ということです」
「誤解されやすい?」
「私の場合は表情が変わらないことで、他の人から「感情がないのでは?」と思われています」
「……そうだろうな」
ロータスの説明にクリスハルトは頷く。
正直、そうではないのか、と思っていたぐらいだ。
しかし、そんな人間などいるはずもなく、彼女にも感情はしっかりと備わっているようだった。
「当然、そんな無表情な人間のことなど理解できるはずもなく、私の周囲に人は寄り付きませんでした。学院時代も私はほとんど一人でした」
「……悲しい話は止めてくれ」
聞いていて、クリスハルトは泣きそうになった。
一人ぼっちな学院時代って、どれだけ寂しいのだろうか。
ほとんどが敵のクリスハルトにすら協力者の二人がいるのに……
「そんな私の感情を初めて読んでくれたのがリリアナ様でした」
「……そうか」
「リリアナ様は人の感情の機微に敏感なのでしょう。だからこそ、悪意を持って近づく相手には基本的に近づきません。逆に味方になってくれそうな相手には気を許してくれます」
「ロータスがその通りだった、ということか?」
クリスハルトは思わず聞いてしまう。
ロータスの言っているのは、自分がリリアナに信頼されている人間だということだ。
聞きようによってはただの自慢であろう。
しかし、実際にリリアナが懐いているということは事実であるということだ。
「殿下もですよ」
「……」
「それに妃殿下やムーンライト公爵令嬢も同様です」
「……」
ロータスの言葉にクリスハルトは何も答えられなかった。
リリアナに懐かれているという話から、二人が良い人間であることは理解できる。
いや、リリアナのことがなくとも、それぐらいは理解していた。
だが、ロータスはそれを聞かせて、クリスハルトに何をさせたいのだろうか?
「自分の気持ちを抑えることは王族や貴族には必要なことかもしれませんが、そんなことを続けていると大事なものを失うことになりますよ?」
「……わかっているさ」
「……そうですか」
クリスハルトの言葉にロータスはこれ以上は何も言わなかった。
納得したのか、はたまた伝えることが無理だと判断したのか……
どちらにしろ、ロータスはこれ以上は伝えないことを選んだ。
「たのしいね、おにいさまぁ」
そんな空気の中、リリアナは夢の中で楽しく過ごしているようだった。
そんな彼女を見て、二人は思わず苦笑してしまった。
こんな状況の中でも、彼女は幸せそうな夢を見れるのだな、と。
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