放蕩王子は母の噂を聞く
クラウド商会を訪れた(来襲?)翌日から、クリスハルトたちは放課後にクラウド商会に集まるようになった。
一部屋を与えられ、そこで二人の学力アップのための勉強をしていた。
「フィル、ここで計算間違いをしているぞ」
「げっ!? マジで?」
「セシリア嬢、こういう問題は解き方を体に染みつけろ。そうすれば、解く時間も減って、他の問題に回す時間が増える」
「はいぃっ!?」
クリスハルトの厳しい声と二人の悲鳴が部屋の外にいても聞こえてくる。
その声に従業員たちも最初は気になって仕方がなかった。
しかし、数日も経たないうちに慣れてしまい、二人の悲鳴が聞こえることで努力をしていることが分かるので、自分達も頑張ろうというやる気につながっていた。
跡継ぎの子供たちが頑張っているのに、大人である自分たちがサボるわけにもいかないからだ。
「よし、少し休憩だ。5分後からまた始めるぞ」
「「うへぇ」」
クリスハルトの言葉に二人はくたびれたように地面に突っ伏した。
あまりにもスパルタな授業に体力が限界になっているのだ。
まあ、それも仕方がない。
フィルをDクラスからBクラスにまで上げるためにしているので、それなりに無茶なスケジュールを組まないといけないのだ。
セシリアもAクラスの中でトップを目指すのであれば、トップにいる高位貴族の天才たちを倒さないといけない。
生半可な努力では勝負にすらならないのだ。
(コンコン)
「どうぞ」
部屋の扉がノックされ、クリスハルトは返事をする。
(ガチャ)
「だいぶ頑張っているみたいですね」
「キャシーさんか」
部屋に入ってきたのはクリスハルトのことを疑っていた女性従業員──キャシーさんだった。
本名はキャサリンなのだが、親しみを込めて愛称で呼ばれたいらしい。
流石に年上なので、クリスハルトはさん付けで呼んでいた。
「しかし、なかなかハードなことをしていますね。こんなことをしていたら、近いうちに壊れそうな気がしますよ」
「そうならないようなスケジュールは組んでいるよ。成果が出たら、しっかりと褒美は与えるつもりだしな」
「失敗したら、とんでもないお仕置きが待っているんですよね?」
「ほう、よくわかっているな」
キャシーの言葉にクリスハルトは驚く。
まさか言い当てられるとは思わなかった。
子供に勉強をさせるうえで一番有効なのが、ある一定の成果が出た場合にご褒美を上げることだ。
それによって、子供はご褒美を貰おうと勉強を頑張るのだ。
しかし、いずれはそのご褒美の効果も薄くなってくることがある。
そうなった場合、子供が勉強にだれてしまわないように、罰を準備しておくのだ。
子供は罰を受けた句がないため、勉強を頑張ろうとするのだ。
「はい、おやつを持ってきたわ。チョコレートケーキよ」
「「わあっ!」」
キャシーの言葉に二人が反応する。
勉強だけをずっと続けることはできない。
だからこそ、こうやって休憩の時間を作ったりしているのだ。
そして、勉強によって消費されたエネルギーを補充するために甘いものを摂取させる。
頭を働かせるためには糖分の摂取は大事なのだ。
「はい、どうぞ」
「ん? 俺は別に……」
キャシーはクリスハルトの席にもチョコレートケーキを置く。
クリスハルトは怪訝そうな表情を浮かべる。
しかし、そんなクリスハルトにキャシーは叱るように告げる。
「ハルト君も無茶をしちゃ駄目よ? この中で甘い者が一番必要なのはクリスハルト君なんだから」
「いや、そんなことは……」
「じゃあ、この中で一番頭を使っているのは?」
「……俺だな」
キャシーの指摘にクリスハルトは反論できなかった。
彼女の言う通り、三人の中で一番頭を使っているのがクリスハルトであった。
二人の勉強の面倒を見つつ、バイトとしてクラウド商会の収支のチェックをしているのだ。
その状態で二人より頭を使っていないわけがないのだ。
クリスハルトはフォークを手に取り、チョコレートケーキを口に含む。
柔らかな甘みが口いっぱいに広がり、思わず声が漏れそうになってしまう。
だが、男としてそんな顔を見せるわけにもいかないので、思わず引き締めてしまう。
「ふふっ」
「どうしたんだ?」
そんなクリスハルトを見て、なぜかキャシーが笑う。
笑われた理由が分からず、クリスハルトは思わず聞いてしまう。
「そっくりだな、って思ってね」
「そっくり?」
クリスハルトは首を傾げる。
一体、誰にそっくりなのだろうか?
「メリッサ先輩によ」
「え?」
キャシーの口から予想外の名前が出てきて、クリスハルトは呆けた声を漏らしてしまう。
まさかこんなところで母親の名前を聞くとは思っていなかったからである。
そもそもなぜキャシーはクリスハルトの母親のことを知っているのだろうか?
「私は元々男爵令嬢として、学院に通っていたわ。といっても、卒業後に良いご縁がなかったせいで、クラウド商会で働くことになったんだけど……」
「……」
「メリッサ先輩は私の二つ上の先輩だったのよ。といっても、直接の面識があるわけではなく、私が個人的に知っていただけよ。有名だったからね」
「悪い意味でか?」
キャシーの言葉にクリスハルトは思わず聞いてしまう。
クリスハルトの母親は王妃と仲が良かったという話は聞いていた。
だが、それが却って周囲からの嫉妬になることも理解していた。
だからこその質問だったのだが……
「悪い意味? ああ、一部の貴族令嬢たちは悪く言っていたけど、そんなことを信じる人はその一部の貴族令嬢たちだけよ。基本的にはメリッサ先輩のことを好意的に見ていたわ」
「え?」
予想外の答えにクリスハルトは驚いてしまう。
自分の予想とは全く違う答えが返ってきたのだから、これは当然の反応である。
「当然でしょう? メリッサ先輩は子爵令嬢でありながら、並み居る高位貴族を抑えて学年首席にいたのよ。しかも、今の王妃様と仲が良い事は有名な話だったから、下位貴族の令嬢にとってはあこがれの存在なのよ」
「そうなのか?」
「そうよ。メリッサ先輩が学年首席になり、王妃様との仲睦まじくなるシンデレラストーリーは当時の学院にいた貴族令嬢たちに語り継がれていたんだから」
「いや、シンデレラストーリーって……」
キャシーの言葉にクリスハルトは何とも言えない反応になってしまう。
まさか自分の母親がそんなに有名だったとは思わなかった。
いや、王妃と仲が良い以上、有名にならない方が難しいのかもしれないが……
「でも、不思議なのよね」
「不思議?」
「メリッサ先輩が王妃様と仲が良い事は有名な話だったのよ。それなのに、メリッサ先輩は王妃様から離れてしまった」
「……」
キャシーの言葉にクリスハルトは答えられない。
二人が離れることになった原因が自分なのだから……
しかし、そんなクリスハルトの反応に気づいていないのか、キャシーはさらに続ける。
「この国は重婚が認められているのよ? まあ、王族や高位貴族に跡継ぎが産まれないのがまずいから、認められているんだけどね?」
「ああ、そうみたいだな」
クリスハルトは頷く。
重婚が認められていることは知っていた。
だが、すべての重婚が認められているわけではなかった。
王族や高位貴族が何らかの理由で跡継ぎができない場合、御家断絶にならないように跡継ぎを産むために作られた制度である。
他にも養子縁組などがある。
「だったら、おかしな話じゃない? メリッサ先輩が王様と関係を持ったんだったら、側妃として囲うのが普通だと思うの。わざわざ仕事を辞め、子爵領に戻ることはないと思うのだけど……」
「……」
キャシーの言葉にクリスハルトは考え込む。
言っていることはもっともであるからだ。
たしかに、その当時の国王夫婦は子供ができずに苦しんでいるという話は聞いていたので、メリッサを側妃として囲うことぐらいはできていたはずだ。
しかし、それをしなかったということは……
「(恨まれていたんだろうな)」
クリスハルトはそう結論付けたが、それを口に出すことはできなかった。
流石にこんな話を他の人にするわけにはいかなかったからだ。
そして、そんなことを考えても、クリスハルトの気分が落ち込むだけだった。
そうならないため、気分を変えるために行動に移す。
「さあ、休憩は終わりだ。次に進め」
「「ひいっ」」
クリスハルトの指示にフィルとセシリアは悲鳴を上げる。
だが、ここで批判をしてもしごきがきつくなるだけなので、仕方なく勉強を再開する。
チョコレートケーキでエネルギーも補給したことだし……
※勉強法については作者(凡人)の経験に基づく方法です。
効果については個人差がありますので、悪しからず……
どんな勉強法でも、やる気がないと意味がないですよ?
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