放蕩王子は商会長を言いくるめる
「私には殿下のお手伝いをする理由がないんですよ」
商会長はあっさりとそう告げる。
表情は笑顔のままではあるが、どことなく有無を言わせない威圧感がある。
だが、ここでクリスハルトも退くわけにはいかない。
「理由がない? 二人からちゃんと話を聞いたか?」
「話ですか? ああ、クラウド商会を大きくするんでしたっけ?」
「ああ、そうだ」
「それこそ必要はありませんね」
「なに?」
商会長の言葉にクリスハルトは思わず驚いてしまう。
商会長自身がクラウド商会を大きくする必要がないと言ったのだ。
一体何を考えているのだろうか、そんな疑問がクリスハルトの頭をよぎる。
「私はね、人間が不相応な力を持つことはよくないと思っているんですよ。過剰な力は自らを滅ぼす、と言う意味ですね」
「今の商会の大きさが分相応だということか?」
「ええ、そういうことですね。私は今の商会で満足していますし、これ以上は何も求めませんよ」
商会長の答えにはよどみがなかった。
本心からそう思っているのだろう。
クリスハルトだって、気持ちがわからないではない。
今の状態でも十分大きいと言えるだろうし、下手に挑戦することで失敗するリスクもある。
だったら、現状を維持するようにするのも一つの選択だろう。
だが……
「フィルのことはどうするつもりだ?」
「うちの愚息が何か?」
「セシリア嬢との交際を認められていないそうだな? 交際するには力不足だ、と言う理由でな」
クリスハルトはそう問いかける。
これはクリスハルトが二人に協力をしてもらう見返りだった。
しかし、その見返りは商会長には響いていないようだった。
「それはうちの愚息がどうにかする問題でしょう。クラウド商会は関係ない」
「本当にそう言えますか?」
「どういうことでしょうか?」
クリスハルトの言葉に商会長の顔から笑顔が消える。
少し話に興味を持ったようだ。
「フィルはいずれクラウド商会を継ぐのでしょう。一人息子なのですから、そうなる可能性が高い」
「まあ、そうだろうね。私は亡くなった妻一筋だから、後妻を迎えるつもりもない。そうなると、子供はフィル一人になる」
「ですが、フィルは残念なことにあまり頭はよろしくない。一応学院に入るだけの学力はありますが、商会の未来を任せるには力不足が否めない」
「むぅ」
クリスハルトの言葉に商会長は反論できない。
痛いところをつかれた、そんな反応だった。
「父親なんだったら、少しは否定してくれよ」
そんな商会長の反応にフィルは少し悲しげな反応をする。
だが、自分が頭が悪い事は理解しているので、それ以上の反論をすることができなかった。
「だが、それがクラウド商会を大きくするのとどう関係が? 大きくすることによって、余計に管理が難しくなる……フィルに扱いきれるものではないだろう」
「それは現状も同じですよ。今の大きさのクラウド商会ですら、フィル一人が扱うには大きすぎる」
「……そこでセシリアちゃんの存在か?」
「そういうことです」
ここで商会長がようやくクリスハルトの意図に気づく。
だが、素直に受け取ることができない。
「我が家の家訓は「欲しいものは自分の力で手に入れる」だ。フィルがセシリアちゃんと結婚したいのであれば、自分の力でどうにかするのが筋だろう」
「それは素晴らしい考えだと思っているよ。そして、俺の提案はその家訓を曲げるとは限らない」
「どういうことです?」
商会長は興味を示す。
クリスハルトはクラウド商会を大きくすることを手伝う、と言っている。
それがフィルとセシリアの交際及び婚約につながる。
これは果たして「自分の力で手に入れる」ということにつながるのだろうか?
「たしかに、クラウド商会を大きくすることについては俺が手伝う。だが、フィルはそれ以外の部分でレイニー男爵を認めさせるんだ」
「というと?」
「フィルが大きくなったクラウド商会を率いることができるほど成長した、とレイニー男爵に証明するんだ。そうすれば、クラウド家の家訓を破ることにはならないはずだ」
「……だが、その勉強は殿下が教えるのでしょう?」
「まあ、そうなりますね。ですが、あくまでも努力するのはフィル自身なのですから、自分の力と言えるでしょう」
「むぅ」
クリスハルトの説明に商会長は反論できない。
搦手ではあるかもしれないが、商会長の言っていることは守っているのだ。
だからこそ、反論する余地はない。
「それに俺とフィルの関係はいわばギブアンドテイクなんだ」
「貸し借りの関係、ということで?」
「そういうことだ。俺の計画を手伝ってくれる代わりに、フィルが次期商会長としてふさわしい人間に成長させる──つまり、フィルが自分の力で俺を使っているわけだ」
「……捉え方の問題だな」
「これも一つの見方ですよ」
商会長は渋い顔をし、対称的にクリスハルトは笑みを浮かべる。
反論したいが、商会長には何の手札もない。
商会長は両手を上げ、降参の意を示す。
「わかりましたよ。殿下の条件を飲みましょう」
「ありがとうございます」
「しかし、まさか息子と同い年の青年に言い負かされるとは思わなかったな。【放蕩王子】なんて呼ばれているようだが、本当は天才なんじゃないのか?」
商会長は素直にクリスハルトのことを褒める。
これでも交渉事は得意だと自負してきていた。
だからこそ、今までの商売を成功させ、一代でここまでクラウド商会を成長させてきたのだ。
だが、まさか初めて自分に土をつけたのが、こんな若い青年だとは思わなかった。
まあ、王族ではあるのだが……
「【放蕩王子】と呼ばれているのは、あくまでも俺が次期国王にふさわしくないと思わせるためだからな」
「なるほど……そこでも周囲に嘘をついている、ということか?」
「まあ、そういうことですね。ちなみに、頭もいいですが、身体能力も高いですよ」
「そういえば、うちの用心棒を倒したみたいだね。とてもそんなことができるようには見えないが……」
商会長は驚きつつ、クリスハルトを観察する。
クリスハルトの体格はこの国の一般成人の平均より少し大きいぐらいで、決して体格に恵まれているわけではない。
筋肉の付き方も悪くはないのだが、鍛えている人間のそれでもない。
そんな体格でよく用心棒を倒すことができたな、と商会長は考えていた。
「流石に真っ向勝負では勝つことはできないな」
「というと、真っ向勝負ではなかった、と?」
「そういうことだ。こちらに向かって突進してきたから、その力を利用して投げ飛ばしただけだ。勢いよく向かって来ている分、その力はかなり大きいからな」
「なるほど……一度ものすごい地響きがあったのは、それが原因か」
クリスハルトの説明に商会長は思い出す。
フィルとレベッカに話を聞いているとき、建物自体が揺れたのを感じたのだ。
地震かと思ったのだが、揺れは一度きりでとても自然災害には思えなかった。
そして、数分後にクリスハルトたちが来たのだ。
床の破片をつけた用心棒と共に……
「それほど強いのだったら、用心棒として雇うのも一つの手だな。王族を辞めるのだったら、うちに働くのも一つの手じゃないかな? 頭もいいみたいだし、悪くはない」
「せっかくのお誘いだが、お断りするよ。作戦が終わったら、俺がこの国にいるわけにはいかない──つまり、この国に拠点があるクラウド商会では働くことができないわけだ」
「ふむ……それは残念だな」
「無理なことは最初からわかっているだろ?」
「まあ、そうですね。誘ってみただけです」
クリスハルトの指摘に商会長は再び笑みを浮かべる。
この笑みは最初の笑みとは違い、本心から笑っていた。
こんな風に対等に話すことのできる、まるで年の離れた友人と話しているかのように商会長は感じたからだ。
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