子爵令息は祖父の話を聞く
クリスハルトの過去編、始まります。
※一人称を変更しました。
クリスハルトが過去を振り返る体は書くのが難しかったので……
※祖父の名前を「ジークハルト」から「ラインハルト」に変更しました。
のちに出てくる側近の名前が「ジーク」だったので、混同してしまいそうで……
サンライズ王国の東の方にある領地を治めるリーヴァ子爵家という家があった。
王国でも歴史がある家柄らしいが、ほとんどの人が子爵家のことを聞いてもあまり知らないと答えるレベルのようだ。
しかし、子爵家に生まれた子は代々優秀であるということは知る人ぞ知る話であった。
いくら優秀でも、上の身分の者に認められなければ大成はしない──逆に優秀であることを理由に迫害を受けることがよくあったらしい。
そんな家で生を受けたのが俺──クリスハルトだった。
子爵家で生まれたとはいえ、彼は両親の顔を知らない。
父親は誰だかわからないが、母親のメリッサは俺を出産した時になくなってしまったらしい。
元々、体が強い方ではなかったらしい。
両親がいない俺を育ててくれたのは、祖父であるラインハルト=リーヴァ子爵であった。
白い髭の似合う少し怖い雰囲気の男性だった。
しかし、祖父が怖いのはあくまで雰囲気だけで、孫である俺のことは可愛がってくれた。
両親のいない俺が寂しくないようにほとんどの時を一緒に過ごしてくれたし、自分が世話できないときも信頼できる使用人にきちんと世話を頼んでいた。
そのおかげでクリスハルトは何の不幸もなく成長することができた。
3歳になってから、クリスハルトは貴族令息としての勉強を受け始めた。
内容は貴族学院で習うことや貴族としての礼儀作法などについてだった。
普通の貴族の家では5歳から教育が始まるのだが、高位貴族では幼いころからしっかりと身に付けるために早めに教育を始めることがある。
子爵家であるうちの場合は優秀である人材が多い事から、早めに教育するべきだという方針だったそうだ。
母も祖父もそうやってきたらしい。
そのおかげもあってか、7歳の時にクリスハルトは学園の勉強内容や貴族の礼儀作法についてはほぼマスターしてしまっていた。
自分が優秀であることを自覚した時もその時だった。
しかし、そんなクリスハルトに祖父は告げた。
「優秀であることは素晴らしい事だが、驕って他人を見下すようにはならないようにな」
「どういうことですか?」
「いくら優秀だったとしても、それを理由に他の人を馬鹿にしたら周囲から人がいなくなってしまうのだよ。過去にもそうやって失敗した人間もいる」
「お爺様もそうなのですか?」
祖父の説明が妙に説得力があったので、クリスハルトは思わず質問してしまった。
これは祖父の体験談なのでは、と。
そんな彼の質問に祖父は驚いた表情を見せ、少ししてから苦笑する。
「そうだな。儂も学園に通っていたころ、自分の優秀さに酔っていた。だからこそ、自分より下の人間など関わる必要はない──それがたとえ高位貴族の人間だったとしてもな。その結果、儂は周囲から孤立してしまったよ」
「えっ!? 大丈夫だったのですか?」
祖父の説明にクリスハルトは驚く。
学園どころか人間関係もほとんど作っていない状況だったので、当時の彼には具体的に想像することはできなかった。
だが、祖父の話を聞く限りでは、状況はあまりよくなかったことだけは理解できた。
そんな彼の反応を見て、祖父は笑った。
「だが、一人だけ儂に突っかかってくる人間が現れた」
「誰ですか?」
「当時、学年次席だった男だ」
「学年次席? それは優秀な人だったのですね」
祖父の言葉にクリスハルトは素直に驚いた。
次席ということは、祖父に続く順位だということだ。
それだけでも優秀であることは理解できた。
「かなり身分の高い男であったが、人付き合いが得意な奴だった。身分問わず、多くの人間が周囲にいたものだよ」
「優秀であることや身分で驕っていなかった、ということですね」
「そういうことだ。だが、そいつは儂に対してだけは敵対心があった」
「どうして?」
話を聞き、クリスハルトは驚いてしまった。
今の話の展開だと、次席の人は人付き合いの良さで祖父と仲良くなったものだと思っていた。
それなのに、どうして敵対心を持つようになるのだろうか?
「次席だからこそ、だ。主席である私に常に先に行かれている状態が嫌だったらしい。幼いころから優秀だと言われていたのに、儂に負け続けていたわけだからな」
「なるほど」
「だが、何度も勝負をするうちに儂らはよく話すようになった。友情関係と言うよりはライバルのような関係だがな。それが理由かはわからないが、儂も周囲の人間との交流をするようになった」
「それはよかったですね」
祖父の話が良い風に終わったので、クリスハルトは素直に喜んだ。
話と言うのはハッピーエンドで終わるのが良い。
幸せな気持ちで終わることができるからだ。
「それでその次席の方とは今も交流が?」
「いや、今となっては疎遠になってしまったな。滅多に会うことができない」
「……そうですか」
祖父の言葉に俺は気落ちする。
学園時代にそんなに仲が良かったのなら、今も交流があったら良いと思っていた。
しかし、そう簡単なことではなかったようだ。
祖父が学院に通っていたのは約40年前──その年月で人付き合いが変わっても仕方がない。
祖父のライバルならば、一度は会ってみたかったのだが……
「まあ、クリスもそのうち会うことができるだろう」
「そうなんですか? いつ?」
「それはわからんな」
「?」
祖父の言葉にクリスハルトは首を傾げる。
クリスハルトとその次席が出会うことを確信しているのに、どうしてその時期がわからないと言っているのだろうか。
クリスハルトは純粋に理解できなかった。
しかし、それ以上のことを狩れは聞くことができなかった。
「そういえば、しっかりと約束を守っているようだな。偉いぞ」
「はい……ですが、どうして外に出るときは常に帽子を被っていないといけないのですか?」
祖父に褒められ、クリスハルトは素直に喜んだ。
だが、すぐに疑問に思ったことを質問していた。
祖父との約束とは、「クリスが外に出るときは常に帽子を被っているように」ということだった。
別に帽子を被ることがおかしいわけではない。
街にいる人だって、帽子を被っている人ぐらい入る。
だが、「常に帽子を被る」人間はほとんどいない。
だからこそ、疑問に思ったのだ。
「それはクリスを守るために必要なことだ」
「僕を守る? どういうことですか?」
祖父の言葉に聞き返す。
「クリスを守る」という言葉が気になってしまったのだ。
どうして「常に帽子を被る」ことが彼を守ることにつながるのだろうか、と。
「すまないが、今のお前に伝えることはできない」
「……」
「だが、いずれ必ず知るときが来る。その時まで待っておれ」
「……わかりました」
祖父の言葉にクリスハルトは不本意ながら納得するしかなかった。
これ以上は何を言っても、祖父が口を割ることはないだろう。
いくら彼に優しいとはいっても、限度があるのだ。
祖父は一度話さないと決めたら、どんなことも話さないほど頑固な人間だったのだ。
それでたとえ自分の評価が悪くなったとしても……
「ごふっ」
「っ!? お爺様、大丈夫ですか?」
祖父が突然咳き込んだため、クリスハルトは心配で声をかけてしまった。
ここ最近、祖父はかなりの頻度で咳き込んでいたのだ。
何か病気の兆候なのでは、と彼は心配してしまったのだ。
しかし、そんな彼に祖父は笑顔で告げる。
「儂は大丈夫だ。ちょっと咳き込んでしまっただけだ」
「ですが、最近咳をする回数が多いですよ。何かの病気じゃ……」
「儂も年を取ってしまったから、少し気管が弱くなっておるんだよ。これは仕方がない事だ」
「……そうですか」
祖父にそう言われ、クリスハルトは何も言えなくなった。
いくら知識があるとはいえ、彼はまだ7歳の子供。
知識の面でも上である祖父に敵うはずもない。
だからこそ、祖父の言葉に反論することはできなかった。
「あと、儂は明日から一ヶ月ほど屋敷を空けることになる。いい子にしておるんじゃぞ」
「え? そんな急に?」
祖父の言葉に驚く。
祖父が家を空けること自体はないことではない。
だが、一ヶ月という長期間をいきなり伝えられることは今までなかった。
だからこそ、驚いてしまったのだ。
「急ぎの用事ができてしまったのだ。儂にしか解決できないことのようでな」
「……なら、仕方がないですね」
「いい子にして待っておるんだぞ。そしたら、たくさんのお土産を買ってきてやるから」
「わかりました。でも、お爺様が無事に戻ってくることの方が大事です」
「っ!? 本当にクリスはいい子だな。こんな孫がいるのは祖父冥利に尽きるな」
クリスハルトの言葉に祖父は嬉しそうにする。
これはクリスハルトの本心である。
彼にとって、祖父は唯一の家族である。
祖父に何かあったら、クリスハルトはそんなことを心配してしまうこともあった。
いくら頭がよくとも、彼はまだ7歳の子供だったのだ。
「孫が待っておるのだから、頑張って仕事をしてくるかな」
「はい、頑張って」
祖父は意気揚々とそんなことを言い、翌日に屋敷から出かけた。
それからクリスハルトは寂しく過ごしていた。
使用人たちが彼の寂しさを紛らわしてくれようとしていたことは嬉しかったが、やはり家族がいないことを埋められるわけではなかった。
だが、それでも彼は我慢をした。
祖父は必ず帰ってくるのだ──そう信じて。
しかし、一か月後のクリスハルトは重い現実を突きつけられた。
祖父が亡くなってしまったのだ。
一ヶ月で帰ってくるという約束は守ってくれたが、旅の影響のせいか祖父の体調がかなり悪くなっていた。
屋敷に戻ってから二日後、祖父は静かに息を引き取った。
この日、クリスハルトはとうとう一人になってしまった。
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