放蕩王子は計画後のことも考える
「はぁ……」
クリスハルトは昨日の空き教室にやってきて、椅子に座ってもたれかかっていた。
とても第一王子がしていい体勢ではない。
だが、今のクリスハルトはこうやってだれていないとやっていられないのだ。
もう何もやる気が起きない。
そんな風に思っていると、不意に空き教室の扉が開く。
(ガラッ)
「やっぱりここにいたんですね」
いたのはセシリアだった。
まあ、この状況で他の人間が来る方がおかしいだろう。
あの場にいたほとんどの生徒がレベッカの方についているはずだ。
来るのはクリスハルトの事情を知っているセシリアだけなのだ。
「一回でそこまで大変なことになるのなら、向いてないのでは?」
「……」
セシリアの言葉にクリスハルトは反論できない。
現状でここまで苦しんでしまっているのだから、反論したところで信じてもらうことはできないだろう。
そもそもクリスハルト自身信じていないのだから……
「まあ、あそこまでやってしまったら、正真正銘後にはもう引けないですからね。教室じゃ、殿下への批判でいっぱいですよ」
「そうだろうな」
セシリアの言葉にクリスハルトは納得する。
周囲から批判されるために、教室であんなことをやったのだ。
そうなっていなければ困る。
「相手が第一王子なのも関わらず、ですよ? それほど評判が悪かったんですね」
「それはわかっていたことだがな」
「でも、ムーンライト公爵令嬢様は殿下のことを批判されていませんでしたよ?」
「……」
クリスハルトは黙ってしまう。
あの状況でレベッカがクリスハルトを批判していないことに驚いているのだ。
それだけではない。
そんな彼女に嬉しく思ってしまう自分がいるのだ。
「私個人の感想を言わせてもらうと、二人は結婚すべきだと思いますよ?」
「……それができないことはわかっているだろう?」
「……もちろんですよ」
クリスハルトの事情を知っているセシリアは少し考え、同意する。
だが、二人が結婚すべきだと思っていることは彼女の本心である。
クリスハルトがレベッカのことを嫌っていない、むしろ好きであることは計画を聞いた時点でわかっていた。
今日のレベッカの反応から、彼女がクリスハルトのことを思っていることも察することができた。
つまり、両思いなのだから、とっとと結婚でもすればいいとも思ってしまうのだ。
だが、それはクリスハルトが拒否をする。
「しかし、面と向かって相手を批判するのはなかなか精神的に来るな」
「相手には何の落ち度もないのが拍車をかけているんじゃないですか? いわば、無実の罪で相手を貶めているわけですし……それに今までの殿下は自分の評判を下げてきただけなので、他人を批判するのはなかったでしょう?」
「ああ、そういうことか」
「まあ、それにしても向いていないとは思いますけど……」
「……」
セシリアがずけずけ言ってくるので、クリスハルトは何も言えなくなった。
彼女はこんな人間だったか、と疑問に思ってしまう。
だが、セシリアの方は当たり前の反応であった。
今までは相手がこの国の第一王子ということで、恐れ多く思っていたのだ。
敬語を今も使っていることから敬意は払っているが、慣れてきたのでこんな反応になってしまったのだ。
作戦の内情を知り、クリスハルトがどういう人物であるかも理解していることも理由かもしれない。
「ですが、これを続けないといけないんですよ? じゃないと、殿下の今までの努力がすべて無駄になるんですから」
「わかっているよ」
「しかし、本当にいい人ですよね、ムーンライト公爵令嬢様」
「たしかにそうだな」
「ですが、かなり不憫でもあります」
「まあ、俺と婚約をさせられたからな」
「違いますよ」
「え?」
セシリアの予想外の反応にクリスハルトは驚く。
てっきり自分と婚約させられたことを不憫だとクリスハルトは思っていた。
しかし、セシリアははっきりと否定する。
「殿下と婚約したことについては不憫でも何でもありません。殿下からあのように批判されたことについては同情します」
「じゃあ、何が不憫なんだ?」
「婚約破棄された令嬢にまともな婚約が舞い込んでくると思いますか?」
「……こないな」
セシリアの言葉にようやくクリスハルトは何が不憫なのか気づくことができた。
今まで、クリスハルトと婚約がなくなることがセシリアにとって幸せにつながると思っていた。
だが、よく考えると、婚約破棄による令嬢のデメリットがあることを忘れていた。
いや、考える必要がないと思っていた。
この計画はクリスハルトによる一方的な婚約破棄──つまり、レベッカには一切の非がなく、完璧な彼女を嫁に貰いたいと思う者は多くいるはず──クリスハルトはそう思っていた。
「ムーンライト公爵令嬢様が完璧な令嬢であることは今日の様子から見てもわかります。ですが、第一王子に婚約破棄をされた、という事実が彼女を婚約から遠ざけてしまいますよ」
「それは完全に俺に非があったとしても、か?」
「そうですね。その場にいた人ならば、事情が分かっているので関係ないかもしれません。ですが、「婚約破棄をされた公爵令嬢」という情報しか知らない人にとっては、ムーンライト公爵令嬢様に何らかの非があるのでは、と思ってしまうわけです」
「……なるほど」
クリスハルトは納得する。
まさかこの計画にそんな盲点があるとは思っていなかった。
これは男のクリスハルトには想像できなかった部分である。
自分が罪を背負うことでレベッカに何の重荷を背負わせないつもりだったのだが、まさか彼女にそんな迷惑をかけるとは……
「ん?」
「どうしましたか?」
ここでクリスハルトはあることを思い出す。
これを利用すれば、レベッカの婚約破棄による問題を解決できるかもしれない。
「俺に義理の弟がいることは知っているか?」
「義理の弟? ああ、ハルシオン第二王子のことですね。もちろんですよ」
クリスハルトの質問にセシリアは答える。
この国に住んでいる人間で王族のことを知らない人間はいないだろう。
「放蕩王子」と呼ばれる第一王子と違って、「天才王子」と呼ばれる素晴らしい王子だと噂になっている。
まあ、それはクリスハルトが自分を落とすことによって、ハルシオンの評価を上げたことによるものではあるが……
だが、ハルシオンの方も王子としての努力を怠ってはいなかった。
「それでハルシオン第二王子がどうかなさったんですか?」
「レベッカとハルがくっつけばいいと思うんだよ」
「……何を言っているんですか?」
クリスハルトの言葉にセシリアが半眼になり、聞き返す。
これは呆れているのだろう。
だが、そんなセシリアの様子に気づかず、クリスハルトは話を続ける。
「ハルシオンには婚約者がいないんだよ。だから、その枠にレベッカが入ればいいんだ」
「……そう簡単にいきますか?」
「レベッカは幼いころから城に何度もやってきたからか、ハルと仲が良い」
「……」
クリスハルトの説明にセシリアはツッコミを入れたい気持ちを我慢する。
レベッカが城に来ていたのはクリスハルトに会うためのはずだ。
決してハルシオンと仲良くなるためではない。
だが、話を中断するわけにもいかないので、否定することはなかった。
「ハルの方もレベッカのことを気に入っているはずだ、「ねえさま、ねえさま」と甘える姿はまるで本当の姉弟のように微笑ましかったぞ?」
「……」
それはクリスハルトの婚約者と言うことは、レベッカが義理の姉になることをわかっていたのだろう。
レベッカの方も義理の弟となるハルシオンを無碍にする必要もないので、仲良くしていたのだろう。
決して、二人が愛情に目覚めたとかそんな話ではない。
だが、クリスハルトはそんなことに気が付いていなかった。
「第一王子の俺が廃嫡したら、自ずとハルシオンが次期国王になる。そして、それを支えるのが優秀なレベッカだ。完璧な布陣だと思わないか?」
「……そうですね」
クリスハルトの言葉にセシリアは答える。
たしかに、世間の評判から考えるならば、最適解なのかもしれない。
だが、クリスハルトのことを知っているので、それが最適解でないことはセシリアにはわかっていた。
だが、今のセシリアはクリスハルトに納得させる反論をすることはできなかった。
(ガラッ)
「「ん?」」
教室の扉が開く。
二人は思わず扉の方を向く。
まさか自分達以外の人間がここに来るとは思わなかったが……
「初っ端から派手にやったみたいだな」
「フィル? どうして?」
そこにいたのはフィルだった。
まさか彼が来るとは誰も想定していなかった。
「Aクラスで第一王子が婚約者の公爵令嬢を泣かせた、って噂がもう学校中に広がってるんだよ。そして、第一王子は立ち去った、って話もあったからここだと思ってな」
「正解ね」
フィルがここにやってきた理由はわかった。
ちょうどいい、とクリスハルトは考えた。
「フィルよ」
「ん、なんだ?」
「今日の放課後、クラウド商会に行く。商会長に会う段取りをつけてくれ」
「っ!? いきなりだな」
クリスハルトの命令にフィルは驚く。
まさか、いきなりそんなことをするとは思わなかったからだ。
だが、断るという選択肢はフィルにはなかった。
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