放蕩王子は選んだ理由を告げる
「というわけで、俺はいずれ廃嫡をされないといけないわけだ。この国のためには、な」
「……」
クリスハルトの言葉にフィルは何とも言えない表情を浮かべる。
先ほどまでは状況を理解できたことを喜んでいたが、クリスハルトの状況を聞いたことで素直に喜ぶことができなかった。
わざわざ茨の道を選ぶなんて、そんな疑問がフィルの頭をよぎった。
だが、セシリアの方は気にした様子もなく、話を進める。
「そして、同じ境遇の私に手伝ってもらおう、と思ったのですね」
「そういうことだ。同じ境遇だったら、仲間意識が芽生えるだろう?」
「……否定はしません」
クリスハルトの指摘にセシリアは否定はしなかった。
彼女の状況は貴族世界ではかなり珍しく、同年代でそのような経験をする者などほとんどいないはずだ。
そのため、同じ境遇の悩みを相談できることがなかった。
だが、クリスハルトならば、セシリアの悩みを共有し、理解することができるのだ。
といっても、それを理由に協力を要請するのはどうかと思うが……
「ちなみに、選んだのは同じ境遇であることだけが理由じゃない」
「……どういうことですか?」
クリスハルトの言葉にセシリアは問い返す。
てっきり同じ境遇だからこそ共感し、それを理由に協力してもらうことを目的にしていると思っていた。
「理由の一つではあるがな。だが、それだけでわざわざ面倒なことを頼むわけがないだろう」
「まあ、そうですが……」
「一言で言うなら、この作戦を実行するのにちょうど良かった、ということだ」
「ちょうど良かった、ですか?」
セシリアは首を傾げる。
一体、何がちょうど良かったのだろうか?
「まず、平民上がりの男爵令嬢、という立場だ」
「それが何か?」
「「平民上がり」という異質性から注目が集めやすい。そして、「男爵令嬢」という立場は王子との恋物語の上で「身分差」というスパイスを作り出すのにうってつけなわけだ」
「……なるほど」
クリスハルトの言葉に少し考えてから、納得する。
言っていることはおおむね理解できた。
だが、一国の王子が「恋物語」などという表現を使ったことに違和感があった。
そういう物語は基本的に女性向けなのである。
もしかして、読んでいるのだろうか?
「次に「男爵家」「中堅の商会」であることだ。第一王子の方が圧倒的に立場が上のため、命令しやすい」
「それぐらいなら他の人にも当てはまると思いますが?」
「まあ、否定はしない。だが、先ほどの条件と合わせれば、自ずと二人に絞られるわけだ」
「たしかにそうですね」
「ちなみに、「命令しやすい」というところがみそでもある」
「というと?」
「万が一にでも作戦に失敗した場合、「馬鹿な第一王子が権力を使って無理矢理命令した」という言い訳をすることができるわけだ。そうしたら、二人の実家には大した迷惑をかけることなく、むしろ同情を買えるわけだ」
「……」
クリスハルトの説明を聞き、セシリアもどう反応していいのかわからなかった。
彼が悪い人間ではないことを理解したのだろう。
だからこそ、こうやって自分達だけではなく、その実家のことを考えてくれているわけだ。
だが、その中に自分の幸せは入っていない、そんな風にセシリアは感じたのだ。
「最後に、二人が愛し合っている、ということだ」
「「あ、あいしっ!?」」
クリスハルトの言葉に二人は顔を真っ赤にする。
二人はお互い思い合っていることは自覚していた。
だが、他人からここまではっきりと言葉にされるのは恥ずかしいと感じてしまったのだ。
「恥ずかしがっているところ悪いが、実はここが一番大事なところなんだ」
「大事、ですか?」
クリスハルトの言葉にセシリアは聞き返す。
流石に恥ずかしいという感情より気になった感情の方が優先されたのだ。
「二人にはお互いが思い合っている……だが、交際はしていない、という状態で周囲に認識されてもらいたい」
「……面倒ですね。そんなこと、できるんですか?」
クリスハルトの言葉にセシリアは嫌そうな表情を浮かべる。
ただでさえ恥ずかしいのに、かなり難しそうなことを要求されているのだ。
好きあっていることぐらいは簡単にできるかもしれないが、その状況で交際していないと認識されるのはかなりの難易度ではないのだろうか?
だが、クリスハルトには秘策があった。
「ここで俺の出番だ」
「殿下の?」
「俺が権力を使って、セシリア嬢を囲い込もうとする。そして、周囲にセシリア嬢と仲が良いように見せるわけだ」
「……」
「そして、フィルは遠目に俺たちを睨みつけるわけだ」
「……それって、私と殿下が恋仲だと思われませんか? 嫌がらせとかされそうなんですが……」
クリスハルトの作戦を聞き、セシリアはそんな考えが出てくる。
クリスハルトには婚約者がいるので、先ほどの作戦通りの行動をとることでセシリアが彼を奪った泥棒猫という扱いになるのではないだろうか?
「まあ、そうなるだろうな」
「……嫌なんですけど」
「被害を受けた場合、しっかりと補填はする。それに嫌がらせを受けるのは、そこまで長期間にはならないはずだ」
「……どういうことですか?」
クリスハルトの説明にセシリアは聞き返す。
今の話を聞いて、そんな状況になるとは思えなかったからである。
しかし、クリスハルトには確信があった。
「おそらくレベッカは早々にセシリア嬢に接触を図ってくるはずだ。自分の婚約者に近づく泥棒猫がどんなものかを確認に、な」
「それ、ものすごく怖いんですけど……」
セシリアは恐怖を感じる。
つまり、セシリアは直接公爵令嬢と対峙しないといけない、ということだろう。
そんなこと、平民上がりの男爵令嬢には荷が重い。
いろいろと文句を言われるのではないだろうか……
「いや、そこまで心配する必要はない」
「なぜですか?」
「レベッカは頭が固い人間ではないから、しっかりと事情を説明すれば納得してくれるはずだ」
「事情というと、今聞いた作戦……のはずはないですよね?」
「当たり前だろう。そんなものを伝えた時点で作戦は失敗するだろう」
「ですよね」
「そこで伝えるのが、「セシリア嬢とフィルがお互い思い合っている」「第一王子が無理矢理言い寄ってくる」「迷惑している」の三点だ」
「……それ、信じてもらえるんですか?」
クリスハルトの説明にセシリアは怪訝そうな表情になる。
婚約者と仲良くしている女性からそんなことを言われ、簡単に信じるとは思えないのだが……
「一つ目については、二人に証明してもらわないといけないな。だが、二つ目以降はすでに準備はしている」
「準備、ですか?」
「俺が「放蕩王子」と呼ばれているのは知っているだろう? その悪名が二つ目以降を真実だと錯覚させるんだよ」
「……それならいけるのかしら?」
セシリアは少し考え、納得する。
「放蕩王子」と呼ばれるクリスハルトの噂は市井にも広まっている。
その中には「第一王子という権力を使って、周囲を無理矢理従わせている」なんてものもあったはずだ。
クリスハルトと直接会ったことで、その噂がデマであることはわかる。
だが、クリスハルトの本心を知らずにその噂を知ってしまえば、彼の言う通りに信じてもらえるかもしれない。
よく考えられた作戦かもしれない。
この作戦のため、クリスハルトがどれほど考えたのか想像することもできない。
だからこそ、とある疑問が思い浮かんだ。
「殿下、一つよろしいですか?」
「なんだ?」
セシリアはクリスハルトに問いかけた。
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