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子爵令息は犠牲を決意する


「……」


 クリスハルトは自室の窓から雲一つない満点の夜空を見上げていた。

 しかし、そんな夜空とは裏腹に彼の心は曇っていた。

 それは昼間に聞いた衛兵たちの話のせいだ。

 もちろん、そんなことを話していた衛兵たちを責めるつもりはない。

 話している場所は問題だったかもしれないが、二人からすれば内緒話をしていたにすぎない。

 クリスハルトが聞いていることなど、予測する方が難しいだろう。

 悪いのはむしろ──


「……僕の存在自体だよな」


 クリスハルトは思わず呟いてしまう。

 自分が国王の血を引いていると知ったのに、その事実から目を背けていた。

 国王の血を引き、王妃の実子ではない──不義の子供であるということは、クリスティーナから恨まれていないはずがないのだ。


「だから、お爺様は頑なに帽子を被らせようとしたんだな」


 クリスハルトは亡き祖父のことを思い出す。

 メリッサの父である祖父にとってクリスハルトは血のつながった孫であるため、可愛がるのは当然だったのだろう。

 しかし、メリッサの事情を知っていたため、クリスハルトが王家の血を引いていることはわかっていた。

 そして、王妃から疎まれる存在となってしまうことにも……

 だからこそ、祖父はクリスハルトが王族の血が流れている証拠を隠すことに決めたのだ。

 金髪を隠し、リーヴァ子爵領にこもり、できる限り人に会わないようにする──それだけでも十分に効果はあった。

 しかし、祖父が亡くなり、叔父に引き取られたことで王都に来ることになってしまったので、その効果は無くなってしまった。

 王家の血が流れている者は金髪の者が多い事を知っていたムーンライト公爵家の人間に出会ったため、クリスハルトの存在は明るみに出てしまったのだ。

 まあ、ムーンライト公爵家の人間に出会ったことはまだ運が良い方だったのかもしれない。

 これがもし、他の野心のある貴族に見つかっていた場合、無理矢理にでもクリスハルトを次期国王に押そうとしていた可能性があった。

 そう考えると、本当に運が良かったのかもしれない。


「もしかすると、レベッカ様との婚約の話も……」


 クリスハルトは今までの想像からある結論に辿り着く。

 クリスハルトとレベッカとの婚約について、だ。

 元々子爵令息であったクリスハルトとの婚約は公爵令嬢であるレベッカにとって何のメリットもない、むしろデメリットの方がありそうだ。

 ムーンライト公爵家を後ろ盾にクリスハルトを次期国王にすることを考えたが、ムーンライト公爵が今更そのような立場を狙うようには見えず、その考えは捨てた。

 なら、考えられる目的としてはクリスハルトのためだと思われる。

 クリスハルトが王妃に疎まれることは簡単に想像できることであるため、そう簡単に危害を加えられないようにムーンライト公爵家が後ろ盾となったのだろう。

 それは国王も同じ考えだったのだろうか、簡単に話がまとまっていた。

 むしろクリスハルトや王妃に聞かれて、その決定が邪魔される前に、と。


「そんなもの、必要ないのにな」


 クリスハルトは自分の小さな手を見て、思わず呟いてしまう。

 自分が子供──という守られるべき小さな存在であることはわかっている。

 ムーンライト公爵家の人たちは善意からクリスハルトのことを守ろうとしてくれているのだろう。

 その気持ちはとても嬉しい。

 だが、そのせいで王妃との関係が悪くなるのは得策ではないはずだ。

 いくら公爵家といえども、王妃と仲違いをしてしまうことはデメリットの方が多いはずなのだ。

 それなのにクリスハルトの後ろ盾になったのは、守らないといけないという義務感があったのかもしれない。

 そして、そのために──


「自分の娘を婚約者にするなんてな」


 ムーンライト公爵家の人間の優しさにクリスハルトは思わず涙が出そうになってしまう。

 自分のせいで同い年の少女が危険にさらされるかもしれないのだ。

 申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。

 クリスハルトが公爵家で厄介になっていた時、彼女にはとても世話になった。

 だが、それも彼女がクリスハルトのことを守るべき存在だと思っていたからだろう。

 それについてはちょっと情けないと思ってしまうが……

 男としては、同い年の少女に守られる──というのは精神的にくるものがある。

 やはり男性は女性を守るもの──そんな考えがクリスハルトの中にあった。


「ハルにも申し訳ない事をしたな」


 今度は義弟のことを考える。

 もしかすると、クリスハルトの存在が明るみになったことで、一番被害を被ったのは彼なのかもしれない。

 本来、ハルシオンは王家唯一の男児──つまり、唯一の次期国王候補だったのだ。

 もちろん、何の努力もなしに次期国王に慣れるほど甘くはない。

 しかし、ハルシオンは素直で努力家であるため、次期国王の器にふさわしい成長を遂げるはずだった。


 だが、クリスハルトの存在がその成長を妨げることになってしまった。

 本来、ハルシオンの教育は彼の学習の進捗状況に応じて行われるべきことであった。

 しかし、クリスハルトがあまりにも優秀すぎたせいか、ハルシオンの家庭教師が焦って無茶なスケジュールを組んでしまったのだ。

 当然、そんなスケジュールが上手くいくはずがなく、彼は授業から逃げ、サボるようになってしまったのだ。


「つまり、意図せずにマッチポンプとなってしまったわけか……」


 クリスハルトは思わず苦笑してしまう。

 ハルシオンが勉強を頑張ることができるように提案したつもりであった。

 しかし、そもそもハルシオンが勉強をしなくなったのは間接的にクリスハルトが原因だったのだ。

 原因を作ったはずのクリスハルトがその問題を解決し、評価を上げる──これほどおかしい話はないだろう。

 下手すれば、クリスハルトが狙ってそんなことをしたと勘繰る人間も現れるかもしれない。

 彼にそんなつもりは毛頭なかったのだが……


「やっぱりハルが次期国王になる方が良いよな」


 クリスハルトはそう結論付ける。

 本来、クリスハルトは存在するはずのない王子だったのだ。

 国王と母のメリッサが一夜の過ちを犯してしまったせいで生まれた【不義の子供】なのだ。

 それが何の因果か第一王子にまでなってしまった。

 いや、父親が国王である以上、第一王子になること自体はおかしなことではないのかもしれない。

 だが、それでも次期国王候補になるのはおかしいはずだ。

 ハルシオンこそが正統な後継者であり、クリスハルトはそれを邪魔する存在であってはいけないのだ。

 そのため、クリスハルトは一刻も早く次期国王候補から降りなければいけない。

 しかし──


「一体、どうすればいいのか……」


 クリスハルトは思わず悩んでしまう。

 現状、ハルシオンよりクリスハルトの方が次期国王にふさわしいと周囲から評価されている可能性が高い。

 クリスティーナの実子であるハルシオンの方が血統的には問題ないが、クリスハルトの方が優秀であることは火を見るよりも明らかである。

 無能の方が傀儡にしやすいとハルシオンを押す者もいるかもしれないが、基本的に国のトップが優秀な方が良いと思う者の方が多いはずだ。

 つまり、クリスハルトの方が多いわけだ。

 しかし、それはクリスハルトにとってはあまり嬉しい事ではない。


「……これしか方法はないかな」


 クリスハルトはあることを決意する。

 正直、この方法はあまり取りたくはなかった。

 悪影響を及ぼすのがクリスハルトだけであれば、簡単にこの選択をすることはできたであろう。 

 しかし、彼がこの方法を取ることによって、周囲の人たちにまで悪影響を及ぼす可能性があるのだ。

 人に迷惑をかけたくないと思っているクリスハルトにとって、できればそんなことはしたくなかった。

 だが、彼の存在がその選択をしないことを選ばせてくれなかった。


「お爺様も怒るだろうな」


 クリスハルトは夜空を見上げ、そう呟いた。

 常に正しいはずの祖父のことだから、クリスハルトのやろうとしていることを知れば怒るはずだろう。

 そして、より良い方法を提案してくれるはずだ。

 しかし、そんな祖父もすでにいない……クリスハルトは自分でやることを決めないといけないわけだ。


「悩んでいても仕方がない。これは僕にしかできないことなんだ」


 クリスハルトは決意をした。

 これが周囲の人たちの幸せにつながる、と信じて……






作者のモチベーションにつながるので、「続きを読みたい」「面白い」と思った方はぜひともブックマークと評価をお願いします。

勝手にランキングの方もよろしくお願いします。


※次回からさらに話は進みます。

 少年期はここまでです。

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