子爵令息は内緒話を盗み聞く
ハルシオンの授業について話してから1週間が経った。
結果としては成功したと言えるだろう。
元々、ハルシオンは頭が悪いというわけではなかった。
ただ詰め込む勉強が肌に合わなかっただけである。
詰め込むこと自体が悪いとは言わないが、勉強法については個人によって合う合わないが出てしまうのだ。
しかも、ハルシオンの授業を担当していた家庭教師はできないことを責めるような教え方であったため、よりハルシオンが勉強に対して苦手意識を抱くようになってしまったのだ。
その点、サージェ先生は全く違う教え方だった。
まず、教え子が興味のある内容を理解し、そこを重点的に指導する。
「好きなことだけ」と捉えれば、批判されるような内容かもしれない。
しかし、彼の教育はその「好きなことだけ」をすることによって勉強への苦手意識を減らし、他の内容にも活かすのだ。
遠回りしているようにも見えるが、案外この方法は悪くないのだ。
「自分の得意な範囲で成功した」という経験が他の分野でも活かされるからである。
ハルシオンがしっかりと授業を受けるようになった話は当然国王の耳にも入った。
サージェ先生からしっかりと進捗を聞いたのだろう、国王はハルシオンのことをしっかりと褒めた。
褒められたことを嬉しいと思いつつも、ハルシオンはクリスハルトの名前を出した。
自分が勉強をするようになったのはクリスハルトのおかげだ、と。
その言葉に国王は驚いた。
まさか勉強が苦手だと思っていたハルシオンが勉強をしだした理由にクリスハルトが関わっているとは思っていなかったからだ。
しかし、それならそれでいい、と思ったのだ。
クリスハルトを受け入れたことでハルシオンにこのような影響を与えたのであれば、良い事だと思ったのだ。
そう考えた国王はクリスハルトのことも褒めた。
国王に褒められたクリスハルトは懐かしいと思っていた。
祖父が生きていたころはよくこうやって褒められたものであった。
褒められることはクリスハルトにとって祖父から愛情を感じることであり、そのためにいろいろと頑張っていた。
こうやって国王や周囲に褒められるのであれば、ここでも頑張っていこうとクリスハルトは思った。
しかし、すぐにクリスハルトは気付く。
こうやってハルシオンや国王がクリスハルトのことを持ち上げることを嫌がる人物がいることに……
それはクリスティーナである。
クリスティーナにとって、クリスハルトは「異物」である。
クリスハルトがこのように褒められる状況は彼女にとってあまり好ましくない状況のはずだが……
「……」
彼女は何も言わなかった。
何か考えている様子で、口に出そうとするがそれをすぐにやめてしまう。
そんな彼女の様子にクリスハルトは疑問に思う。
一体、彼女は何がしたいのか、と。
だが、ここでそれを指摘してしまうとさらに関係がこじれることはわかっていたので、クリスハルトは何も言わなかった。
その翌日、クリスハルトは城の廊下を歩いていた。
毎日勉強するのはストレスがたまるので、こうやって休息の日が決められているのだ。
サージェ先生の教育方針であり、クリスハルトはそれを受け入れているだけだ。
城に来てから一月と少ししか経っていないので、こういうときに城の中を探索しているのだ。
知らないところを探検するのは楽しい、とクリスハルトは思っていた。
こういうところはまだ子供っぽいクリスハルトであった。
「今日はどのあたりを見てみよう」と新たな発見を楽しみに歩いていると、不意に話し声が聞こえてきた。
クリスハルトは思わず壁際によって、隠れてしまった。
基本的に城のどの場所にも常に人がいるので、話し声が聞こえてくるのがおかしいわけではない。
しかし、その話の内容にクリスハルトの名前が出てきたのだ。
隠れた状態でこっそりと聞き耳を立てる。
話しているのはどうやら城を警備する衛兵たちのようだ。
「そういえば、聞いたか?」
「何をだ?」
「クリスハルト様のことだよ。ハルシオン様の家庭教師を変えた、って話さ」
一人の衛兵がクリスハルトの名前を出す。
どうやらハルシオンの件はこんな衛兵にまで広まっているようだった。
「ああ、そのことか……たしか、ハルシオン様がサボらなくなったんだよな? 以前は授業の時間のはずなのに、城のいろんなところでハルシオン様を見かけていたけど、この一週間は全く見かけないな」
「クリスハルト様が自分の家庭教師を勧めたらしい。そうすれば、ハルシオン様がサボらないようになる、って」
「実際にその通りになった、ってわけか? それはすごいな」
二人はクリスハルトのことをべた褒めする。
だが、クリスハルトは褒めるべきはサージェ先生とハルシオンだと思っていた。
ハルシオンにしっかりと授業を受けさせているのはサージェ先生だし、授業をしっかりと受けているのもハルシオンである。
クリスハルトはあくまでその手伝いをしただけなのだ。
褒められて嬉しい事には変わりないが……
「しかし、大丈夫かな?」
「何がだ?」
「いや、クリスハルト様がここまであからさまな功績を残したことだよ」
「? それの何が悪いんだ?」
クリスハルトが褒めたのもつかの間、話は不穏な方向に進もうとしていた。
相方の言葉に衛兵は首を傾げる。
相方の言葉の意味が分からなかったのだろう。
クリスハルトのどういう意味か分からず、しっかり聞こうとした。
しかし、その結論がまずかった。
「クリスハルト様って、妃殿下の実子じゃないだろ? それなのに、実子であるハルシオン様をだしに功績を立ててしまったわけだ」
「別にそれぐらいはいいんじゃないのか? たかが子供の思い付きだろうし、その程度で目くじらを立てるほどでもないと思うけど……」
「ただの子供だったら問題はなかっただろうな。だが、クリスハルト様は妃殿下の実子ではないが、陛下の実子ではある。そんなクリスハルト様が優秀であることが知れ渡れば……」
「クリスハルト様が次期国王にふさわしい、って声が出てくるわけか?」
「ああ、そういうことだ」
二人の話はとんでもない方向に進んでいく。
しかし、あながち間違ったことは言っていない。
間違っているのは話している場所である。
普段は人通りが少ない場所でも、まったく人が通らないわけではないのだ。
この内容はそんなところで話す内容ではない。
「俺としては、国王は優秀な人が務めるべきだと思うけどな」
「それはあくまでも一般的な人の感想だ」
「一般的じゃない、というと?」
「もちろん、政治の中枢にかかわる貴族様だな。そういう人たちにとっては優秀じゃない方が良いんだよ」
「は? なんで?」
「優秀な人が国王になってしまったら、貴族たちは悪だくみができないだろ? バレてしまう可能性があるんだから……」
「いや、悪だくみしなければいいんじゃないか?」
「そりゃ、しないに越したことはないだろう。だが、悪い事は得てしてかなりの収入があるから、そんなことをする人間が後を絶たないんだよ」
「ああ、そういうことか」
相方の言葉に衛兵は納得する。
相方の言っていることは極論ではある。
しかし、やはり間違ってはいない。
悪い事をする人のすべてがそれを理由にしているわけではない。
だが、その収入を得るために悪事に手を染める人間も少なくはないのだ。
「まあ、今はそんな悪い事をしている貴族の話はどうでもいいんだよ。それよりも妃殿下のことだ」
「クリスハルト様が次期国王になるのを嫌がっている人物ってわけだな」
「妃殿下からすれば、実子であるハルシオン様に国王を継いでもらいたいはずだ。だが、ここにきて優秀なクリスハルト様が出てきてしまった」
「妃殿下からすれば、心中穏やかではないだろうな」
衛兵たちは神妙な面持ちで話す。
その言葉がクリスハルトの胸に刺さる。
まさか自分のせいでクリスティーナにそこまでのことを思わせていたとは思わなかった。
昨日の時点では批判もされなかったので、てっきり怒ってはいないと思っていた。
しかし、それが間違いだったわけだ。
だが、話はそれだけで終わらなかった。
「あと、クリスティーナ様はおそらくクリスハルト様のことをかなり嫌っているはずだ」
「えっ!?」
「っ!?」
衛兵はとんでもない爆弾を口にした。
その言葉に相棒はもちろん、クリスハルトも驚いてしまった。
どうにか声を出すことはしなかったが、衝撃の事実に心臓の拍動が激しくなったのをクリスハルトは感じた。
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