子爵令息は義母と言い争う
「美味しいね、クリス兄様」
「……そうだな」
ハルシオンの言葉に賛同しつつも、どこか違和感のあるクリスハルト。
城で作られる料理のための材料は基本的に高級であり、それをプロの料理人たちが調理しているため、美味くないはずがない。
だが、クリスハルトにとって「美味い」とは思うのだが、「こんなものか」とも感じてしまうのだ。
一体、何が原因なのだろうか……
「どうしたの、クリス兄様?」
クリスハルトの様子にハルシオンは心配そうに声をかけてくる。
元気がないように見えたのだろうか。
ハルシオンに心配をかけないようクリスハルトは笑顔を浮かべる。
「大丈夫だよ。それよりもハルシオンのことを聞きたいな」
「僕のことを?」
クリスハルトの言葉にハルシオンは首を傾げる。
自分のことをわざわざ部屋で話すことではないだろう、と思ったのだろう。
だが、別にクリスハルトはハルシオンの自己紹介を聞きたいわけではなかった。
城に来て一月も経つので、大体のことはすでに知っているので……
「どうして授業をさぼったりしたんだ? ハルシオンにだって、王族は早いうちから勉強をしないといけないことぐらいわかっているだろう?」
「……」
クリスハルトの質問にハルシオンは答えに詰まる。
せっかく授業から逃げたのに、まさかクリスハルトにそんな質問をされるとは思わなかったのだろう。
答えたくないとばかりに黙ってしまう。
だが、クリスハルトだって嫌がらせでこんな質問をしているわけではない。
「別にサボったことを責めるつもりはないさ」
「え?」
ハルシオンは驚く。
てっきり授業をサボったことを責められると思ったのだ。
授業をサボったり、授業の内容を理解できなかったとき、彼はいつも怒られていた。
だからこそ、勉強関連で駄目だった時は怒られるという印象がついてしまっていたのだ。
しかし、クリスハルトは全く怒った様子を見せていない。
それが意外だったのだ。
「誰にだって、勉強をしたくない時だってあるさ。」
「クリス兄様にも?」
ハルシオンはクリスハルトに質問する。
彼から見て、クリスハルトは勉強をすることが好きなように思えた。
授業をサボっている様子もないし、教師からの評価もかなり高い。
だからこそ、クリスハルトは自分と同じ悩みを持っていないと思っていたのだが……
「ああ、そうさ。僕にだって、勉強する気分にならないときはあるさ」
「でも、そういう時でも授業はあるよね?」
「そうだな。そういう時は……」
ハルシオンが興味を示しそうな話をクリスハルトはしようとした。
しかし、その話は始まることはなかった。
(コンコンッ)
「? はい」
部屋の扉がノックされ、クリスハルトは返事をする。
扉が開かれ、入ってきたのはなんとクリスティーナだった。
表情はあいかわらず怖く、彼女の近付きがたい雰囲気に一役買っていた。
そんな表情でわざわざ部屋に来てほしくなかった。
いや、それほどまでに彼女は怒っているということだろうか?
しかし、クリスハルトには彼女をそこまで怒らせるようなことはしていないと思っていた。
結局、彼女の目的はクリスハルトではなかった。
「ハルシオン」
「……はい」
クリスティーナに呼ばれ、ハルシオンは返事をする。
しかし、恐怖を感じているのか、うつむいて顔を上げることができない。
ここでようやくクリスハルトは理解できた。
彼女がわざわざクリスハルトの部屋に来たのは彼が目的なのではなく、一緒にいたハルシオンの方が目的だということに……
「貴方、まだ授業をサボったようね?」
「……はい」
「そんなことをしていたら、困るのはハルシオンなのよ? 王族としての自覚を持っているのなら、サボるなんてマネは止めなさい」
「……」
クリスティーナの言葉にハルシオンは返事ができなくなる。
この会話を近くで聞いていたクリスハルトはこのままではまずいと思った。
別にクリスティーナが言っていることが間違っているとは思っていない。
むしろ、正しい事しか言っていないのだ。
だが、それが逆にまずい状況を作り出してしまうのだ。
当然、クリスティーナはそれに気づかない。
「義母上、よろしいですか?」
「っ!? ……何かしら?」
クリスハルトにいきなり声を掛けられ、クリスティーナは一瞬驚いたような反応を見せる。
ここはクリスハルトの部屋なのだから、声を掛けられることぐらいは想定しておくべきだろう。
だが、その反応は明らかに話しかけられるとは思っていなかった反応だった。
すぐにいつも通りの怖い雰囲気に戻ったが……
「義母上は少し焦りすぎではないでしょうか?」
「焦りすぎ? 私が?」
クリスハルトの言葉にクリスティーナは怪訝そうな反応をする。
いきなり何を言っているのか、と思ったのだろう。
だが、流石に話を無理矢理遮るような真似をしないことから、一応話は聞いてくれるようだ。
「どうしてハルにそこまで勉強をさせようとしているのですか? あまりにも詰め込もうとすると、却ってサボりたくなるのが人の性というものですよ?」
「子供が知った口を聞かないでっ!」
「っ!?」
いきなり怒鳴られ、クリスハルトは思わず竦んでしまう。
クールで怖い雰囲気の美人に近くで怒鳴られれば、当然そんな反応になってしまうだろう。
「……ごめんなさい」
流石に怒鳴ったことは悪かったと思ったのか、クリスティーナは謝罪の言葉を口にする。
クリスハルトは焦った心をいったん落ち着け、話を再開した。
「義母上は子供のころから優秀であるという話は聞いております。もちろん、父上もね。つまり、自分達にできたことなのだから、ハルシオンにもできて当然だと思っているのでしょう?」
「それがどうしたのよ。あたりまえでしょう」
クリスハルトの説明にクリスティーナは当たり前だとばかりに反応する。
彼女にとって、先ほどクリスハルトが言ったことは普通のことなのだ。
だからこそ、今さら指摘されるようなことではない──そう思っていたのだが……
「いえ、そこが間違いなんですよ」
「なんですって?」
クリスハルトはあえてそこを否定した。
自身の常識を否定され、クリスティーナの視線は鋭くなる。
美人に睨みつけられたことでクリスハルトは怯みそうになるが、どうにか耐えて説明を続ける。
「当然、義母上や父上と同じようにすれば、身に付けることができる者もいるでしょう。しかし、それはあくまでも一部の人間のみです」
「何が言いたいのかしら?」
「義母上のおっしゃる勉強法はハルシオンには向いていない、ということです」
「……」
クリスハルトの結論にクリスティーナは黙ってしまう。
その様子を周囲の使用人たちはハラハラとした気持ちで見ることになってしまった。
「義母」と「不義の息子」──ただでさえ仲が悪そうな二人なのに、意見がここまで真っ向から違ってしまっているのだ。
このまま酷い言い争いや暴力が起こってもおかしくはない──彼らはそう思っていた。
しかし、事態は意外な結末を迎える。
「では、貴方はハルシオンにあった勉強法がわかる、ということよね?」
「ええ、もちろん……といっても、勉強法自体は僕の考えではありませんが……」
「では、誰の考えかしら?」
「僕の家庭教師をしてくれているサージュ先生ですよ」
「なぜ彼なのかしら?」
クリスハルトの言葉にクリスティーナは聞き返す。
家庭教師ということは人に教える立場であるため、勉強法についてはプロともいえるだろう。
しかし、それはハルシオンの家庭教師だって同じプロのはずだ。
ならば、なぜクリスハルトは自身の家庭教師を進めたのだろうか──クリスティーナは疑問に思ったのだ。
「おそらくハルの家庭教師は詰め込む勉強をさせています。それ自体を否定するつもりはありませんが、ハルシオンには合っていないようです」
「なら、どうしてサージェ先生を勧めるのかしら?」
「もちろん、ハルに合っている勉強法を知っている、と思っているからです」
「……確定事項ではないのかしら?」
クリスハルトの言葉に気になった部分があったので、クリスティーナは質問する。
自信満々に言っておきながら、どこか願望が入っているようにも聞こえたからである。
「まあ、流石にこれは本人に聞かないといけませんから」
「なら、どうしてそこまで自信があるのかしら?」
「僕に勉強を教えてくれている様子からそう判断しただけですよ」
「……」
クリスハルトの言葉にクリスティーナは黙り込む。
根拠が見出せないので、跳ね除けること自体はさほど難しい事ではない。
しかし、クリスティーナにとってハルシオンが勉強をしないことはどうにかしないといけない問題でもある。
ならば、使えるべきものは使うべき──彼女はそう結論付けた。
「わかったわ。一度、ハルシオンの授業をサージェ先生に担当してもらいましょう」
「ありがとうございます」
「ですが、何の成果も上げられなかったら、また元の先生に戻しますからね」
「はい、わかっていますよ」
「……」
クリスハルトの反応にクリスティーナは何か言いたげな表情であったが、言葉が思いつかなかったのかそのまま部屋から出て行ってしまった。
クリスティーナが出て行ったことで、部屋の中の空気は一気に弛緩した。
「クリス兄様、ありがとうございます」
ハルシオンがクリスハルトに感謝の言葉を告げる。
まさか母親を相手にあそこまで守ってくれるとは思っていなかったのだ。
そんなハルシオンの言葉にクリスハルトは笑顔で告げる。
「義兄として、当然のことをしたまでだよ。だが、ハルシオンが勉強をしないといけないことは変わらない事実だ。それはわかっているね?」
「……はい」
クリスハルトの言葉にハルシオンは落ち込んでしまう。
結局は自分が勉強をしないといけないことは変わっていないからだ。
勉強が嫌いな彼にとって、嫌なことには変わりない。
「まあ、サージェ先生ならハルが興味を示すようなやり方を知っているはずだ。それを期待しよう」
「わかりました」
クリスハルトの言葉にハルシオンは頷く。
ここで落ち込んでいても始まらない。
今はクリスハルトの言葉を信じ、頑張らないといけないのだ。
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