世界魔法(後)
「キャアアアアーーーーッ」
絹を裂くような悲鳴。こりゃ多分、行員さんの声だ。美人って叫び声も美人だ。
「死にたくなかったら大人しくしやがれっ!」
声の方を見る。目出し帽の男が女性の行員さんにダガーを突きつけている。しかもさっき僕がガン見してた黒髪の行員さんだ。
ガラガラガラガラ!
大きな音を立てて窓の外が鎧戸で覆われる。入り口から警備の騎士2人が駆け込んで来る。
「武器をもってる奴は今すぐ捨てろ!」
男はダガーを女性の首筋にあてる。やって来た騎士たちは剣を地面に起き両手を上げる。
「ウゲッ!」
「ギャッ!」
騎士達が崩れ落ちる。どこからか現れた目出し帽の男が更に2人。血塗られたダガーを手にしている。騎士達は足を押さえているから、足の腱でも切られたんだろう。後で助けてやるか。それにしても結構な凄腕。かなりの威嚇になっただろう。1人はダガーで牽制して銀行内の人たちをロビーに集めて、もう1人は銀行員からお金を受け取っている。ビビって誰も逆らえない。
まさか、この僕が生きてるうちに銀行強盗に遭遇するとは……
よく小説とかであって、一度はもしそんなに目にあったらどうするかって考えた事もあるシチュエーションだ。当然格好よくぶっ倒してヒーローになる事を夢みてたな。
一足飛びで人質とってる奴をぶん殴り後の2人もぶん殴れば解決。銀行員さんが怪我したとしてもエリクサーで瞬間回復なんだけど、多いな人。
もし、それを実行したら人質関係なく暴れた鬼畜認定間違いなしだろう。魔王力は高まると思うが、勇者力はだだ下がりストップ安だ。それに、ここでは多額な預金をしてちやほやされたいので、それは無し。
「うおっ!」
人質とってる奴が奇声を上げる。そして大声を上げる。
「誰だぁ、魔法放ったクソは。俺は魔法とスキルを無効化する魔道具をもってる。次変な事しやがったら皆殺しだ!」
まじか? 僕は収納スキルで男のダガーを強奪してやろうとするが効果無い。おいおい、そんな国宝級の魔道具もってるなら銀行強盗になんてチンケな事すなや。それ売った方が楽して金になるだろ。あ、それが盗品とかで換金が難しいのかもしれないな。詳細はわからないが、まあ、頭が悪いから銀行強盗なんかしてるんだろう。
吠える男の隣で、黒髪のねぇちゃんが気丈に唇を噛みしめている。命かかってるのにもう悲鳴も上げず大したもんだ。可哀想だな。なんとかするか。
「おい、そんな女の子よりも、俺を人質にしろ」
僕はゆっくりと手を上げて男の方に向かう。
「なんだぁ? お前は?」
「俺なら国王とも知り合いだ。もうこの周りは騎士団で固められてるだろう。俺を人質にすれば安全に街から出られると思うぞ」
男の目をじっと見る。その隣の黒髪の行員さんが僕を見つめる。僕は優しくゆっくりとうなずく。多分、彼女の目にはこの冴えない僕が白馬に乗った王子様に見えてるはずだ。ザップ、サイコー!
「本当なのか? おい、銀行の偉い奴、コイツはそんなに偉い奴なのか?」
「はい、間違いなく国王様のお知り合いです」
銀行の偉い人のお墨付きをもらい、僕は人員誘導していた目出し帽の男にボディチェックされる。
「コイツ、地味な顔の癖に結構体鍛えてやがるな」
大きなお世話だ。
なんか鎖とかも使われてがんじがらめに縛られる。なんとか歩ける。
「ほう、大した英雄様だな」
ドン!
「クッ」
男は黒髪の行員さんを突き倒すと僕にダガーを当てる。女の子の口から呻き声が漏れる。結構痛かったんだな。コイツ、僕のおきにな娘を雑に扱いやがって。頭に槍でも突き刺してやろうかと思ったけど思いとどまる。さすがに銀行で血の雨降らせたら、荒事慣れしてない人達にはきっついトラウマになるだろう。
「おい、馬車を用意してこい。軍用の頑丈な奴だ。30分時間をやる」
「俺の名前を出せば、文句なしの奴を用意してくれるはずだ」
僕も一言添えとく。これで外から騎士団強襲などはなくなるはずだ。
「かっかしこまりました……」
男達は、銀行の偉い人を使いに出す。そして、お金はあらかた集まったのか沈黙が辺りを支配する。男達は生意気な事に収納スキルつきのずた袋などもってやがる。本当に強盗なんかしなくても食っていけるんじゃないか?
「アニキー、暇ですね。せっかくですからヤりませんか。綺麗な姉ちゃん沢山いる事ですし」
「そうだな。お前たち、上玉選んで前に並べろ」
僕にダガー突きつけている奴がやっぱり偉いのか。ここ出てから懲らしめてやる予定だったけど、風向きが変わってきたな。
僕たちの前に綺麗な女性が整列する。
「お前ら、死にたくなかったら。脱げ!」
うおっ。なんてゲスいんだ。この人目の多い中で脱げですって。目の前の女性達を見渡す。羞恥で顔が赤くなってる。
「時間が無い。今すぐ全部脱げ。10秒毎に1人刺す」
このまま待ってたら、あらゆるニーズに応えてくれる美人さんたちの裸が拝める!!
けど、コトを致そうとしたら僕はコイツらをぶちのめす。ぶちのめしたら裸になるのを待ってたのがバレる。そうだよね。今すぐやらないと人として最低だよね。
「止めないか、お前たち」
僕はとびっきりのイケボで呟く。やっぱ低めの声ってきまるよね。みんなが僕を注目する。
「なんだぁ? 地味貴族様、時間無いっつってんだろ。オメーから死ぬか?」
あれ、僕の名前、地味貴族になってるよ。なんか不本意。
まあ、こいつらぶちのめすんだけど、ここで使えるのってアレしか無いよな……虐殺抜きだと。
「そうだ。まずは俺から血祭りに上げろ」
ん、なんか変態っぽい表現だな。いかんいかん。
「そうかい、お前が見せしめだ。お前達、死なねー程度に切り裂いてやれ」
後の2人が近づいてくる。女の子達は巻き込まないように。出力調整、位置よしっ!
「そして世界は変わる。『原始の世界!』」
【原始の世界】
遙か遙か原始の時代、人々は己の身体以外何も持ってはいなかった。石や骨などを削り道具を作り人は力を手に入れたと言う。人類の歴史は道具の歴史とも言えよう。その連綿と繋がる人々の叡智を全て消し去る荒れ狂う嵐のような魔法。物質分解の魔法が凝縮し昇華してこの世の理を変質させるに至る。抗うこと能わず。発動は結果となる。
僕の体が光り、僕と銀行強盗達を包み込む。命無い物質は全て消え去る。あ、封印の魔道具もったいなかったな。
沈黙が辺りを支配する。誰も動かない。誰も口を開かない。そりゃそうだ。脱げ脱げ言ってた銀行強盗たちが自分らが全裸になってるんだから。しかもいつもだったら即座に腰巻きつけるんだけど、多くの美女、美少女にガン見されて一瞬固まってしまった。なんと言うか、女性達は様々な表情を僕に向けている。驚愕、羞恥、軽蔑、羨望。いかん、なんと言うか、少しドキドキする。ダメだ。そっちの世界には行っちゃダメだ。世界魔法恐るべし。危うく僕の世界まで変わるところだった。もしかしたら少しかわっちゃったかも?
「キャッ!」
見ると黒髪おきにの女の子が顔を隠してへたり込む。え、君、強盗に脅されても大丈夫だったよね。僕の裸でそのリアクションは止めて欲しい。けど、少しほんの少し……
「て、てめぇ、何しやがった!」
ドカッ! バキッ! ドムッ!
正気に戻った強盗達の意識を刈り取る。当然ミノタウロスの腰巻きは纏っている。それと収納のポータルを放って警備の騎士達をエリクサーで癒やす。そして、強盗達はふん縛られて一件落着。
そのあと、いろいろ事情聴取とかもあり、あと、その場にいた全ての人々からお礼を頂いた。
銀行員の女性達にも囲まれてお礼を言われたけど、僕は服を着ているのになんかドキドキが止まらない。さっきのは最善手だ。決して、脱ぎたかった訳じゃない。違う、僕は露出狂じゃない。
そして、ヘタレな僕は王都の銀行に行けなくなった。チヤホヤされるとは思うけど、恥ずかしいし、もしまた脱ぎたくなったりしたら僕は自分を信じられなくなりそうだ。
世界魔法、強力すぎる……
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