初めての対人戦(後編)
「王子ごめんなさい!」
馬車の荷台から何かが飛び出す。アレはフェルトって名前の魔法使いって言ってた女の子。怖くて逃げたのかしら。
え、王子!
飛び出した瞬間に辺りは強烈な光に包まれて、煙が上がる。こっちに向かっていた騎士たちのスピードが上がる。今のは何らかの合図だったんだわ。フェルトは地面に降り立ち、後ろに流れていく。あたしたちと騎士たちの間から急いで逃げていく。
ポルトさんたちの馬車は急いでいるとは思うけど、すこしづつ騎士たちがおおきくなってくる。このままだと追いつかれる。
「王子! どうするんだ!」
ザップが叫ぶ。
「追いつかれるか……迎えうつ!」
ポルトさんが叫ぶ。王子って言葉に返事したって事は本当に王子様?
「駄目だ! 走り抜けろ! 俺が足止めして合流する」
ザップは騎士と戦うみたい。けど、あたしはどうしよう。今まで人相手に戦った事ないよ。
「ザップ! フェルトが……」
ポルトさんが叫ぶ。フェルト、さっき逃げた女魔法使いよね。自分の身が危ないのに、自分を裏切った仲間の事を心配するなんて、ポルトさんってお人好しすぎるわ。けど、嫌いじゃない。
「マイ! 頼んだ。女魔法使いを連れてこい」
「了解!」
良かったのかな。これで人間相手に戦わなくていい。さっきの女の子を連れて来たら良いのね。
あたしはが走り始める。さっきの女の子は豆粒みたいになってるけど、あたしならすぐに追いつけるはず。
あたしは全力で走る。けど、意外に女の子は走るのが速い。ていうか、よく見ると変な走り方をしている。走っていると言うか滑っている。近づくと彼女の足が少し宙に浮いてるのが解る。『浮遊』。初めて見た。聞いた事は有るけど、ほんの少し空中に浮く魔法。これで馬車からの落下の衝撃を和らげたんだ。
あたしは加速してフェルトの前に回り込む。彼女はつんのめりながら着地する。
「どいて! 私に関わると、あんたも消されるわよ」
「いえ、どかないわ。ポルトさん、王子にあなたを連れてくるように頼まれたの」
「無駄よ、私のせいで王子は死ぬわ。邪魔するなら、あんたも怪我するわよ。悪いけど、私は王都に戻らないと弟のために」
そう言うと、彼女は懐からワンドを取り出す。そして、あたしを警戒しながら呪文の詠唱に入る。戦うしかないの? あたしは人を殴れるの? ダンスマカプルのザナドゥのようなカス野郎ならば、やらないとやられるような状況なら、今のあたしは問題なく戦える。けど、普通の人、多分、脅されてしょうが無く敵対してるような人を、あたしは殴れるの?
いや、彼女をこのまま逃がしたら間違いなく彼女は殺されると思う。悪いヤツらに使われてるなら、その悪いヤツらが彼女をほっとくはずがない。やるしかないわ!
「ごめんなさい、火球!」
彼女のワンドからそこそこ大きな火の玉が放たれる。遅い、遅いわ。ヘルハウンドのブレスに比べたらあくびが出そうだ。あたしは前に出ながらそれをかわすと、彼女のお腹に軽く拳を突き出す。グニュンと柔らかい感触がする。まるで水の入った袋を殴ったみたいだ。人間ってこんなに柔らかいの? ミノタウロスやリザードマンとは大違いだ。その気持ち悪さに顔をしかめる。
「グボーッ……」
鼻と口から吐瀉物を撒き散らしながら、彼女は身をくの字に折り吹っ飛ぶ。あ、やり過ぎた……
死んじゃ、死んじゃないわよね? あたしはサーッと寒気がする。
見た所、吐瀉物には血は混じってないみたいだから、内蔵は大丈夫なはず?
仰向けで痙攣しているフェルトに一応予備で持っていたポーションをかけてあげる。大丈夫、呼吸してる。そして、水筒の水とハンカチ代わりのぼろ布で彼女を綺麗にする。証拠隠滅。さすがにザップやポルトさんたちにさっきのフェルトの姿を見せたら、あたしの人格を疑われる。けど、焦ってたおかげで、初めて人を殴ったって事は忘れていた。そして、あたしは彼女を抱えてザップたちの下へ急ぐ。
「ご主人様、人っ子一人、馬一匹たりとも殺してないですよ」
「ああ、よくやった」
ザップたちに追いつくと、アンちゃんをザップが褒めてる所だった。遠目でアンちゃんの活躍を見てたから、本当に良くやったと思う。けど、あたしだって役にたったんだから。
「あたしも褒めて褒めてーっ」
ザップの横からあたしはおねだりする。
「ああ、ありがとう。マイもよくやった」
やっぱり、言葉にされると嬉しい。
思い出すと、多分これが初めて人相手に戦った記憶。このあと、あたしは覚えきれないくらい悪党を倒してきたけれど、やっぱり出来れば人とは戦いたくないものだ。悪党じゃない人を殴ったのは後にも先にもこれだけだと思う。
あ、ザップに毛深いって言われて思いっきり殴った事が有るような気がするけど、それはノーカンだろう。ちなみにあたしは毛深くないはず?
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