夏はシルメイス
シュババババババババババッ!
水平線の彼方からはげしい水飛沫を上げながら何かがこちらに向かって来る。なんとなく何かは予想がつく。そんな事が出来る知り合いは数えるくらいしかいない。
僕はサングラスごしにそれを眺めながら、ビーチチェアから身を起こし、小テーブルの上のトマトジュースを飲む。
トマトジュースは大人の男の飲み物だ。僕は子供の頃、こんなんどこが美味いんだろって思ってたが、今では好物だ。夏はトマトジュースに限る。導師ジブル言うには、トマトジュースには体温を下げる効果があるそうだ。マイなどはオッサンの飲み物だと言うが、僕はオッサンじゃない。
そして、水飛沫を上げる物体は僕に向かってまっしぐらに近付いて来た。
ここはポータービーチ。僕がせっせと王国に接する所に作ったビーチだ。王国の国王ポルトがザップビーチに命名すると言うのをなんとか考え直すよう説得したらポータービーチって名前になった。さすがに地名に自分の名前が付いたらばつが悪すぎる。多分地名を呼ばれるたびに自分の名前が呼ばれたと思ってリアクションしそうだ。ロックさんとか、フォレストさんとか地名に多い名前の人のあるあるだ。もっとも、ここまでの細長い海の名前はザップ海に落ち着いてしまったが。ザップかーい? って疑問を投げかけられてるみたいだ。
ここでは今、王国とリザードマン王国による建築ラッシュで急ピッチで町が作られつつある。魔道都市アウフもそれに全面協力してるらしく、その建築スピードは圧巻であと数日で完成する。できるだけ早く、観光地として大々的に宣伝したいからだそうだ。
そのまだ人が居ないビーチで、僕とマイは甲羅干し、他のジャリ共は飽きる事なくエンドレスに海で遊んでいる。
とうとう物体はすぐそこまで近付いてくる。青い長い髪をたなびかせて、必死の形相で走る女性が見える。やっぱりな。確かアイツは古竜シルメイス。アイツの拠点は臨海都市シートル。もしかしてそこから海の上をずっと走って来たのか? まあ、ドラゴン形態で来なかった点だけは褒めてやる。古竜が泳いで来たらこの辺はパニックになってた事だろう。特にリザードマンは竜に弱いから。
それにしても、この異常事態にも僕の仲間達はノーリアクションだ。海を走ってくる生き物くらいじゃ動じない。色々ありすぎたからな。
そして彼女は海から砂浜に上がり砂を巻き上げながら走り、僕の前でピタリと止まる。肩で息をしながらユラリと僕を指さす。幽鬼みてーで、怖えよ。
「やっと見つけたわよ! ザップ! 即座にここを元にもどしなさい!」
艶やかな腰までのびる青い髪、少し透けているように見える青い服。少し面長なエルフのように整った顔。前に会った時は儚げな美人さんだったのに、今は新手の妖怪にしか見えない。
「え、なんで、やだよ。知らん。とっとと帰れ」
コイツはアンと同じく古竜。ちなみに水を司る強力な権能を持っている。けど、古竜に関わるとロクな事が無い。出来るだけ関わりたくない。
「ねぇ、ザップ。せっかく遠くから会いに来たんだから、少しくらい話聞いてあげたら?」
んー、相変わらずマイは甘いな。コイツらは優しくするとすぐつけあがるから絡まんにこした事無いのに。けど、まあ、マイがそう言うならしょうがないか。
シルメイスがグダグダ話した事を纏めるとこうだ。奴は自分の迷宮のみならず、周辺広範囲、だいたい臨海都市シートルの国くらいの地域から少しづつエネルギーを集めて迷宮の進化や自分の分体を作ってるそうだ。夏になると沢山の観光客がくるから、沢山のエネルギーが集まり色々出来る。それで、ライバルな観光地が出来てシートルの観光客が減るのは困ると言うことだ。
「そうか、だからお前が出てくるのは夏だけなのか」
「そうよ、冬は寒いし、シートルの人たちは他の国に出稼ぎに行っちゃうからエネルギーが溜まらないから動けないのよ。やっと夏が来てこれから動けるって時に営業妨害は止めて欲しいわけ」
「夏に我慢して、そのエネルギー溜めとけばいいんじゃない?」
堅実派のマイが言う。
「何言ってるの。こちとら海底に封印されてる身。夏に遊ばなくていつ遊ぶのよ。ジジむさい事言ってないで、アンタもシートルに来てはっちゃけなさいよ」
なんかシルメイス、キャラ変わってるな。ミステリアスなイメージがもはや皆無だ。誰が彼女に影響を与えたのだろうか? 思いつくのは、うちの隣に住んでいる迷惑妖精。そう言えば隣の店の連中はシートルに行ったと言ってたような。
「はっちゃけるかは別として、あたし達は今年もシートルには行く予定よ」
この、人が居ないビーチもいいが、やっぱり人がうじゃうじゃ居る所もいい。夏の屋台で食べるものは美味く感じるし、トロピカルフルーツが入ったカクテルはここには無いしな。
「話は聞かせてもらったわ。シルメイスさんそれって勘違いよ。このポータービーチはシートルの商売敵にはならないわ」
いつのまにかそばに来ていた幼女導師ジブルが濡れた髪を掻き上げる。幼女がしてもセクシーじゃない。
「え、どゆこと?」
「王国からシートルに行く人って遠いからそこまで居ないわ。かなりの金持ちだけよ。シートルへの観光客はほとんどが周辺諸国の人達だと思うわ」
「じゃ、観光客は減らないって事? 心配して損したわ」
「それよりも、シルメイスさん、あなたの迷宮って最近どれくらい冒険者パーティー来たのかしら」
「んー、ゼロね。なんでだろう。難易度高い良い迷宮だと思うんだけど。もっと迷宮に挑戦する人が増えたら、もっと贅沢な生活できるし、現界復帰も近付くんだけど」
え、まじか? 本気で言ってるのか? ヤツの拠点である迷宮は海の底に入口があり、水中呼吸の魔法が無いとまず入れない。しかも海鮮系の日持ちしない魔物ばっかで、ドロップもしょぼい。いいトコ無しの人気皆無のドM仕様ダンジョンだ。
「それですよ。シルメイスさん。そのダンジョンを大人気ダンジョンに変革する案をだしますから、魔道都市と業務提携しませんか?」
そして、しばらくシルメイスとジブルは色々打ち合わせして、最後には固く握手を交わしていた。
「せっかく来たから、何かアタシにやって欲しい事無い? 今なら大盤振る舞い。なんでもやるわ」
ジブルと話して上機嫌になったシルメイスがそんな事を言い出した。なんでもやる? いかんいかん、ちょっとエッチな事が頭をよぎる。
「そうねー。シルメイスさんって水をあやつれるのよね。一度やってみたい事があるわ」
そして、マイの提案を実行する事に。
「行きます! えええいっ!」
シルメイスが掛け声を上げるり
ザザザザザザーッ。
僕たちの目の前の海が2つに割れて、海底が見える。昔の預言者が海を2つに割って海底を歩いたってやつだな。凄い、海底に道が出来て、水の壁がそれを挟んでいる。僕たちはそこを歩き始める。
「んー、インパクトはあるが、思ったより楽しく無いな」
僕は率直な感想を述べる。
「そうですね。なんか薄暗くて、足元すべるし」
ドラゴン娘は、何度か転倒して水の壁に頭を突っ込んでいた。進む程に水の壁は高くなって暗くなってきた。
「だから散歩なんてつまらないって言ったじゃん。次は何かしたい事あるの?」
シルメイスの言葉で、海底散歩は中止した。
「ヒャッホー。サイコー!」
ついつい僕もはしゃいじまう。
僕たちは竜化したシルメイスの背中に乗って大海原を驀進している。風と水飛沫が気持ちいい。水を操る権能で最高のスピードでシルメイスは駆けまくる。シルメイスの背中にしっかり座席を固定してベルトで体を固定してるので落ちる事もない。
それからしばらく、僕たちはそのスリリングな乗り物を楽しんだ。海最高!