姫と筋肉 海と船
「キャア、レリーフさんすっごーい」
「動かして動かして」
「すごーい。カッチカチ。ピクピクしてる」
僕の目の前でマッスル黒エルフのレリーフが水着ギャル3人に囲まれている。これでもう何度目だろうか? 海ではマッスルはモテるんだな。なんかイラつく。
僕の名前はラパン・グロー。冒険者にしてウェイトレス。二足のわらじを履く者だ。僕たち『みみずくの横ばい亭』のウェイトレス軍団は今、東方諸国連合の臨海都市シートルに来ている。先日、強風で店が大破し、その改修工事の間有給休暇を貰えて海に行こうと言う事になってここに居る次第だ。
最近はレリーフに会わなくてラッキーと思っていたら、奴は僕たちが来たビーチにいやがった。奴の所属する冒険者パーティー『地獄の愚者』は今、ここ臨海都市シートルを拠点にして活動してるそうだ。
目の前には大海原。真っ青な空にブドウを逆さまにしたようにモコモコのでっかい入道雲。夏だな。暑いんだけど、ビーチに居るとあんまりそれが気にならない。格好が露出が高い水着だからだろうか? 僕は勇気を出して、今年は赤のビキニを購入した。シートルは王国や僕の生まれた魔道都市とは離れているから知り合いには会わないだろうと思って大胆なヤツを選んだ。しかも胸が少し大きく見えるヤツだ。それに帽子にサングラス。いつもよりちょっと大人になった気分。ビーチはかなりの人でごった返していて、人が多いんだけど、僕らはその中でも一際目立っていた。まあ、うちには可愛い女の子が多いからね。それでレリーフ達に見つかって合流している。
今は、僕のウェイトレス仲間達は泳ぐのに夢中で、僕はビーチパラソルの下、リクライニングのビーチチェアに横になってる。海に入るのは嫌いじゃないんだけど、入る度に日焼け止めをバリバリ塗らないといけないのが面倒くさい。僕は日焼けし過ぎるとすぐ赤くなるタイプだから。
「ふぅ、散々な目にあった」
レリーフが許可なく僕の横に座る。
「お前、モッテモテだな。良かったじゃないか。筋肉じゃない彼女でも作れよ」
「えっ、彼女? 誰にだ?」
「お前だよ。お前。あんなにモテてたんだから1人か2人、声てかけたら付いてくるんじゃねーの」
「モテてる? ただ彼女たちは、私の筋肉に興味があっただけじゃないのか?」
なんだコイツ。自覚なしか。もっと筋肉以外にも興味持てよ。鈍感系主人公かよ。
「あーあ、何でお前はモテモテなのに、僕には誰も声かけてこないんだろ」
僕はサングラスをずらしてレリーフを見る。やっぱりサングラスが良くないのかな。目を出してた方がいいのかも。
「そうだな。確かにお前はエルフである私から見ても見目麗しいとは思う。だけど駄目だな」
「オイッ! 何がダメなんだよ」
「解んないのか? 辺りを見渡せ。こんなに魅力的な女性が沢山いるのにわざわざ子供にちょっかい出す奴なんているか? 子供に手を出すと捕まるからな」
「オイッ、僕のどこが子供なんだよ。しっかり見やがれ」
僕は立ち上がって胸を張る。今日の僕は一味違う!
「そうだな、特にその上げ底が見え見えの貧しい……」
ドゴン!
「貧しい言うなや!」
僕の右ストレートがレリーフに突き刺さる。しゃがみながら上体をこっちに向けたレリーフの左胸を穿つ。相変わらず、地面殴ったみたいだ。
「おお、中々いいな。つぎはケイトだ」
ブルンと動いたレリーフの右大胸筋に僕の左ストレートが吸いこまれる。つい動いたから殴ってしまった。条件反射になりつつある。
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ」
「オラ、オラ、オラ、オラ」
ついいつものヤツが始まってしまった。大胸筋の名前を叫びつつ動かすレリーフ。その動いた大胸筋を殴る僕。いつのまにか辺りの視線を集めている。けど、いつもだったら僕よりもレリーフに注目がいくのに。やっぱり水着の僕は魅力的って事か?
「おい、いいのか?」
「なんだよ?」
レリーフが僕の胸を指す。まだなんか余計な事いう気か?
ん、下がってる。ブラジャーが……
「詰め物入ってるってもろバレだぞ」
何とか、見えてはいないけど、下にズレて変な位置に……
「キャア!」
僕は胸を押さえる。
「『きゃあ』って、お前も女の子みたいな声出す事もあるんだな」
「僕は女の子だっ!」
「まあ、そんなにカリカリするなって。それより、私は最近、船を手に入れたんだが、良かったら一緒に乗らないか?」
え、船。乗ってみたい。
「え、何で僕? 他にも女の子いっぱいいるじゃないか」
「ん、私はお前と船に乗りたいんだ」
「そ、そうなのか……」
もしかして、これってデートの……
そう思っていた時期が僕にもありました……
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ。こりゃいいぞ。いいトレーニングになる。お前もやるか?」
「やる訳ねーだろばか!」
薄暗い船室で沢山の骸骨と一緒にオールを漕ぐレリーフ。
「なんで、僕を誘ったんだ?」
「そりゃ、お前以外はついてこんだろ。普通の女の子はアンデッド大嫌いだからな」
そりゃ、そうだ。いかん、僕もコイツに毒されて普通じゃなくなりかけている……
んー、なんかメッチャ干物臭い。なにもかも最低だ。うんざりしながら甲板に上がると、濃い霧で少し前しか見えない。
「よーそろー……」
リッチのなんとかさんの声が微かに聞こえてくる。死ねばいいのに。あ、死んでるのか。
そうだよ、ヤツは死霊術士。まともな船の訳ないか……
僕の始めての航海は幽霊船で船酔いしまくるという最低なものだった。