ザップ海
「ねぇ、ザップ。今年はシートルに行かないの?」
マイが寝転んでる僕の上から覗き込んでくる。臨海都市シートル。綺麗で大きなビーチに隣接した東方諸国連合の都市国家の内の1つだ。
僕は今リビングの床に寝転んでる。部屋の真ん中には導師ジブルが魔法で出したでっかい氷があり、僕はその横に陣取っている。氷を挟んだ所にはドラゴン娘アンと黒竜小僧オブが氷に直接しがみついている。さすがドラゴン。凍傷にはならないらしい。あと、マイとハイエルフのノノは家事をしていて、珍しく仕事が休みのジブルもいる。
僕はここ数日、国と共同の歴史に名を残すような大仕事に取りかかってるのだが、昼は暑いので夜の涼しい時間を使っている。朝寝て、昼に起きるのだけど、いまいち疲れが取れずに一日中ゴロゴロしている。
「ああ、シートルか。行くぞ。行くに決まってるじゃないか。あと少しで仕事が終わる。それまで待っててくれ」
「それで、その仕事が終わったら何してるか教えてくれるの?」
僕はみんなを驚かせるために、仕事の内容は伏せている。
「ああ、楽しみに待ってろ」
「また、女の子と同棲してたりして」
ジブルがまた蒸し返してくる。勘弁してくれ。マイの表情が一瞬にして曇る。
「あのな、仕事だっつーの。それに、護衛の依頼は国王様からだ。断れる訳ねーだろ」
「ふーん、そうなんだ。けど、その女の子、メッチャ可愛いかったんでしょ」
「そうだな。けど性格最悪だったぞ」
「ふーん」
どうすれば、マイの機嫌が直る? そうだ!
「今から仕事の前に王都に行くけど、オブとノノの水着でも買いに行かないか?」
本心はマイを買い物に連れ出してご機嫌を取る事だが、これならあからさまじゃないだろう。そしてその後、上手くみんなを買い物に連れ出してなんとかマイは機嫌良くなった。変わりにメッチャ買い物時間は長く、仕事前に疲れてしまった。
「もうじき見えてくるぞ」
僕らは、ジブルを通じて借りた魔法の絨毯で王国の南西部、リザードマンの王国の方に向かっている。
「えっ、何あれ! 海?」
マイが珍しくメッチャ驚いてる。そりゃそうだろう。リザードマンの国に広がる不毛の湿地帯があった所に白い砂浜と海が広がっている。
「ザップ、アンタ馬鹿なの? 海、作ったの……」
ジブルは馬鹿みたいに口をポカンと開けている。
「さすがご主人様ですね。それでその海には美味しいお魚は居るんですか?」
さすがアン。まずは食い物か。
「多分いると思うぞ。今日の晩飯は魚介だな」
近付くとその全容が見えてくる。こっから見るとでっかい湖に見えるが、白いさざ波がそれが海だと主張している。
王国は四方八方を国に囲まれて海が無い。王国の人々は他国に旅に出ない限り海を見る事が出来ない。僕もそうだった。
この前王都のプールで遊んでた時に、たまたま子供達の会話が耳に入って来た。死ぬまでに一回は海を見てみたいと。けど、それはそうそう叶わない。この危険が多い世界で海まで行くには必要なものが多すぎる。僕のように海に憧れる子供も多い事だろう。僕が連れて行ってもいいが、それなら人数に限りがある。王国に海があればいいのに。
そうだ、無いなら作ればいいじゃん。
そう思い、地図を取り出して見てみる。一番近いのは南西の湿地帯の先の入り江。
やってやる!
僕はまずはリザードマンの王と、王国の王ポルトに話をつけに行った。快く協力を引き受けて貰えた。しかも多大な報奨金付きだ。
もともとここはリザードマンの国の湿地帯だったけどそれを全て収納に入れて大きく深い穴を掘り、変わりに海底からもってきた厳選した白い砂をばら撒いた。それを入り江まで続けてここまで海水を引いて来た。
僕たちは絨毯から降りて白い砂浜に立つ。
「うわ、きれい……」
マイは波打ち際で水を掬う。
「一番乗りですっ!」
「僕も行きます!」
アンとオブは海に駆け込んで行く。暑い暑いと萎びていたのが嘘みたいだ。
「で、今は何もないけど、ここリゾート地にするんでしょ。魔道都市も一枚噛ませてくれるわよね」
幼女導師が僕の袖を引く。
「当たり前だろ。頭使う事はお前に全部任せた」
「やたっ!」
「ザップ、どういう魔法つかったの?」
ハイエルフ様がキラキラした目で僕を見ている。
「ん、収納のスキルだけだが」
どうやって海を引き込んだかつぶさに説明してやる。
「ええーっ、そんな話聞いた事ないわ!」
ノノは目を見開く。そりゃそうだ。僕もそんな話聞いた事無い。間違いなく歴史に名を残すだろう。
何はともあれ、どうやらみんな喜んでくれてるみたいだ。
「けど、ザップ、いいの? 世界地図、変わるんじゃ?」
いつのまにか横に来てたマイが僕に話しかけてくる。
「いいもなんも、もう変わってるよ。それよりも、水着に着替えるぞ」
十分に今年も夏の海を楽しんでやる!