ボディガード (11)
「ライラ、下がれ」
アタシの横を抜ける一陣の風、決壊したバリケードを越えた観客の前に立つ1人の男。ザザだ。
ブゥオオオオオーッ!
ザザザザザーッ!
低い大きな風が撫でる音がして、風が吹き荒れる。進んで来た観客が押し戻される。濡れたたなびく髪の毛や服から強風と雨に曝されてるのが解る。今日は晴天で雲1つ無かったはず? ザザの前から地面に並行して雨が振っている。え、ザザがやってるの? なにそれ、訳わかんない?
シャランッ。
ん、甲高い金属が擦れるような音?
音の源を見ると、警備の騎士が剣を抜き、アタシの方に切っ先を向けて走ってきている。えっ、アブソリュートって警備の騎士に紛れ込んでたの? 身元がしっかりした人しか居ないんじゃなかったの? さっきまで、嵐のようだった歓声はピタッと鳴り止み、静寂が辺りを包み込む。
「ライラッ!」
ザザの叫び声。アタシは体がすくんで、動けない。鬼のような形相で近づいてくる騎士。どうしよう。逃げないと! 頭は回るのに体がついてこない。足がガクガクして力が入らない。
「グォオオオオオーッ!」
獣のような唸り声を上げて騎士が剣を突き出す。早い避けられない! アタシは咄嗟に目を瞑る。
ドンッ!
アタシに固いものが当たって突き飛ばされる。もう駄目。アタシはそのままフワッと浮き地面に叩きつけられて、思ったよりも長く地面を削り滑る。
「「ライラちゃーん!」」
「「ライラちゃーん!」」
観客の悲鳴がアタシの耳を打つ。ううっ、全身が痛い。
ああ、アタシここで死ぬんだ……
やっと有名になってこれからって時に。まだ食べてない美味しい物もあるし、見たい劇もある。まだ欲しい服や香水もあるし、今年はセレブ御用達のビーチに行く予定なのに……
アタシの人生、良いことなしだ……
ん、けど、痛いのは体の前後だけ? 目を開け、身を起こす。え、どこからも血が出てない? 両手で体のいろんな所を触るけど、さっきの打ち身だけだ。アタシは刺されて吹っ飛ばされたんじゃないの?
視線を上げると、アタシが吹っ飛ばされてきた方で、2つの影が寄り添うように立っている。見慣れた背中。ザザだ。その背中から赤い尖ったものが突き出ている。その前には襲いかかってきた騎士。
ガゴン!
大きな音を立てて騎士が吹っ飛ばされる。アタシは何とか立ち上がり、ザザの方に向かう。他の警備の騎士がやっと集まって来て、襲いかかってきた騎士を囲む。
「な、何とか大丈夫だったようだな」
ザザが振り帰る。その胸に剣の柄を生やして……
「大丈夫じゃないわよ。アンタに突き飛ばされて死ぬとこだったわ」
「そんだけ喋れれば上等だ……」
「アンタ、強いんでしょ? 死ぬんじゃないわよ」
「このくらいで死ぬ訳ねーだろ。バーカ……」
アタシには解る。太い剣が貫通してザザの心臓はもう機能してないはず。けど、アタシは何て言ったらいいのか解らない。
「少し休む……」
ザザはゆっくり腰掛けると、そのまま横になった。
「アンタ、目を開けなさいよ。言いたい事まだたくさんあるんだから……」
アタシの目を熱いものが伝う。けど、もうザザは目を開かなかった。