風との戦い
「今からの作戦を伝える。まずはこの作戦は報酬は無いし、自由参加だ。俺たちが何をするのか何をしたか人々に伝わる事は無いから感謝される事は無いし、しかも危険だ。帰りたい者は今すぐ席を立っても構わない。その事でここに居る誰かがその者を非難したりしない事を俺が保障する」
僕は集まって貰ったメンバーを見渡す。皆、強い眼差しで僕を見返すだけで、席を立つ者は居ない。僕は大きく頷くと作戦の説明に移る事にする。
僕たちが今居るのは家の隣のレストラン『みみずくの横ばい亭』だ。今はお昼時、いつもだったら行列が出来る程の人気店なのだが、今日はお客さんは誰も居ない。
何故なら外は曇天。徐々に風も強くなり始めている。近づいているという超大型台風に備えて、街の全ての人々はその対策に大わらわだからだ。王国に強い台風がくる事は滅多にない。東方諸国連合の方から台風はやって来て、王国の北部を横切って帝国に進むそうだ。その瞬間最大風速60メートル、このままだと街のほぼ全ての建物は倒壊してしまうと言われている。今回の台風の今までの進路には大きな街は無く、被害が出るのは僕たちの街だけになるだろうという予想だ。
ちなみに、災害予想をしているのは魔道都市アウフに本拠を置く魔道士ギルドだ。ギルド本部では秘匿された様々な魔道具や、生み出されたり遺失したものを蘇らせたりした他には存在しない魔法で天候を予測している。あんまり当たらないとのそこの導師ジブル談ではあるが。場合によっては天候を操る魔法で他国を支援したりもするらしい。とは言ってもちょろっと雨を降らす事くらいしか出来ないとジブルは言っている。
店のテーブルを幾つかくっつけて、僕が呼び出した者たちに座って貰っている。僕が呼び出したのは、僕の収納の権限を与えた者たちと、魔道都市アウフのお姫様のラパンだ。僕の収納仲間、マイ、アン、導師ジブル、廃エルフのノノ。少女冒険者4人と王都最強パーティー『地獄の愚者』の子供族パム。忍者ピオンと忍者パイ。元聖教国の大神官シャリーと猫耳娘ケイ。妖精ミネアだ。あと、ラパンは僕と独立した魔法の収納を持っている。思えばかなりの人数に能力を貸しているが、僕が深く関わった者たちには少しでも安全な生活を送って欲しいから問題は無い。魔物を見ると突っ込んでいくウォーモンガーばかりだもんな。
「作戦は簡単だ。皆で城壁の上に一定間隔で横一列に並び、風が激しくなったら収納に入れる。それで、少しでも街の被害をへらしてやる!」
ジブルにヤバい台風が来るって聞いたとき、一瞬、家を収納に入れてどっか遠くに行こうかと思ったけど、すぐにその考えは消えた。僕はこの街が好きになってるらしい。そして、自分の出来る事を考えた。僕には収納能力しか無い。それでなんとか出来ないものか?
台風を収納に入れる。馬鹿げていて、無意味かも知れない。けど、僕は僕が出来る事をするだけだ。やってみないとどれだけ出来るか解らない。同居してる仲間にその事を話すと異論を唱える者は居なかった。
ちなみに黒竜王の化身オブは参加したがったが、奴の身体能力だと風に飛ばされるのが関の山なので『みみずくの横ばい亭』で主人のマリアさん達の護衛を頼んだ。
そして、収納にお家を入れて風が来るという南の城壁に等間隔で僕らは並ぶ。雨足は強くなり風は気を抜くと僕らを転倒させようとする。
僕らは定位置につき、台風と対峙する。低い雲が高速で流れ、目が見えなくなる程の雨が打ちつける。まるで夕方のように辺りが暗くなる。
僕は収納のポータルをありったけ射出して前方に展開する。目の前に並ぶ金色の小さい魔法陣の群れ。ある種壮観ではある。
「来たぞっ! 始まりだっ!」
体が支えられないくらいの強い風。収納を作動させて僕の前を吸いこませると、風雨は元々無かったかのように消え去る。そして長い長い戦いが始まった。
どれくらいの時間そうしていたのだろうか。ポータルをすり抜ける強風に体を攫われそうになりながら、ついにこの時を迎える。僕は風に殴り付けられ転倒する。収納の限界だ……
そもそも自然災害に立ち向かおうという考え自体、愚かだったのかもしれない。けど、まだやれるはず。気合いで収納を拡張してやる!
「うおおおおおおおーっ!」
僕は身を起こす。まじか、なんとか立ち上がり前に全体重をかけるが柔らかい壁があるようで前に進まない。ヤバ過ぎるだろ、この風は。あと少し、あと少し頑張ってくれ!
圧縮……
頭の中に広がる1つの概念。同じものを纏めて一カ所に凝縮する。収納の中の風、雨風を風速毎に分けて整理して凝縮する。一気に収納の中の余白が広がる。そして僕の回りの風が止む。ポータルが息を吹き返した!
「ザップ、もう風は大した事ないわ」
「じゃ、次は街だな」
僕たちは街の救助活動に向かった。意外に被害は酷くなく、僕たちは思った以上に善戦したみたいだ。そして、僕らが手に入れたのは無限に近い風だけ。けど、これがとても役立つと気付くのはまた後の事だ。