たった1度の勝利
「クソッ!」
バンッ!
ギルドで今日の精算をして帰ろうとしてた時、大きな音を立ててテーブルを叩いている男に目が止まる。男と言うには若いな。少年だな。ぼろっちい胸当てに錆びた剣。駆け出しの戦士って所か。
「おい、お前何見てんだよ」
「ん、別に、音がしたから見ただけだ。お前には興味ない」
自分以外全てを敵だと思って、世界を呪ってるような三白眼。まあ、若い時にはそうなりがちだな。
「んあ。いい服着やがって。お前も俺を馬鹿にしてるんだろ」
少年は声を張る。酔っ払ってるのか? 面倒くさい奴だな。それに新顔だな。僕の顔を知らないとは。
「馬鹿にはしてないが、ギルドで騒ぐな」
「クソッ。イキりやがって。ぶん殴ってやる!」
少年は椅子を蹴って立ち上がると、僕に向けてあくびが出るほど遅い右ストレートを放ってくる。遅いだけじゃない。体重ものってない。そんなんじゃゴブリンさえも殴り飛ばせないな。僕はその拳を軽く握る。
「アイタタタタタッ!」
「おい、座れ」
僕はそのまま力尽くで少年を座らせる。
「おい、何に腹立ててるのか知らんが、俺に話してみろ」
あーあ、我ながらお節介だな。可愛い女の子でもないのに、何やってんだ。けど、やけっぱちで生きて行ける程冒険者は甘く無い。見た顔の奴が死ぬのは寝覚めが悪い。
「何でお前なんかに……」
バシン!
とりあえずビンタくれてやる。
「いってーな。何しやがる」
「先に手を出したのはお前だろ。次は拳でぶん殴るぞ」
「解ったよ、話す。話すよ……」
少年の話は、要約するとこんな感じだった。日雇いなどをして小銭を貯めて、武器と防具を買って冒険者になって一旗揚げようとしてるが、上手くいかない。スライムに負けて逃げ、ゴブリンに負けて逃げ、薬草採取をしたらぼうず。加入してたパーティーからは見捨てられ、全く何をしても上手くいかないとの事だ。話してるうちに少年の目つきは少しマシになった。誰かにグチりたかったんだろ。
「それがどうした」
「おいっ、おっさん!」
クソガキ。僕はおっさんじゃねーつーの。
「黙れ。俺の話を聞け。俺が幼い時、俺のいた村は、妹以外みんな盗賊に殺された。お前くらいの歳の時には俺は栄養失調でガリガリだったから、魔物を見たら逃げる事しか出来なかった。少しはマシになってもゴブリンやコボルトにはタイマンでさえボコられまくってた。スライムに一張羅に穴を空けられたのは1度や2度じゃない」
「おっさん、そりゃ悲惨だな。ガタイ良さそうだけど、めっちゃ弱かったんだな」
「ああ、弱いなんてもんじゃなかった。喧嘩とかに巻き込まれて勝てた試しが無かった。魔物にはやられて逃げ、気に入った女の子には振られる。野良犬を見たら噛みつかれ、何もしてないのに衛兵にはしょっぴかれる。全ての物事で、負けて負けて負けて負け続けた」
「え、でもおっさん強いし金持ちだろ? 何やったんだ?」
「一回。一回だけ絶対負けられない戦いに勝った。それから変わった」
僕はたった1度の初めての勝利、ミノタウロス王を倒した時の事を思い出す。それから僕は変わった。負け続ける側から、負けない側に。
「お前は生きてる。負けても負けても生きてればいい。それで、絶対勝つべき所で一回勝てばいい。そしたら変わる」
「勝つべき所で一回……」
少年の目つきが変わった。
饒舌になりすぎたな。僕は席を立ちギルドを後にした。少年にも運命を変える、たった1度の勝利が訪れる事を祈って。