姫と筋肉 ネクロノミコン 後
そして、私は、塔の最上階についた。
「ちょっと、待てよ。はしょりすぎだろ。最上階に着くまで、何も無かったのかよ?」
「ん、そりゃ、うじゃうじゃいたさ。けど、ラパン、ゾンビをひねり潰したり、スケルトンを骨の粉にしたり、屍鬼をグッチョグッチョにしたりとか、アンデッド共をやっつけた事をつぶさに聞きたいのか? 一応ここは食事処だろ。他のお客さんの迷惑になるんじゃないのか?」
「ああ、そうだな。悪かった。お前はお前なりに考えてたんだな」
僕はレリーフの頭に配慮という言葉があるのにビックリした。筋トレ関係でももっと空気を読んで欲しいものだ。
「じゃ、続けるぞ」
最上階は、四面を本棚に囲まれた部屋で、その中央にはフードを目深に被った者が、明らかに高価なものと思われるテーブルで本を開いていた。
そして、その者は顔をあげた。髑髏に皮が貼り付いたような顔。明らかにアンデッドだ。
私はまずは相手に敵意があるのか、会話してみる事にした。
「おい、そこの貧相な骨野郎。何をしている。お前は無害か? 有害か?」
(おいおい、喧嘩売ってるのかよ。けど、ここは多分クライマックスなので、僕はスルーする事にした)
「何をとぼけた事を言っておるのだ? 鬼人の分際で」
ガリガリ野郎はスタッフを手に立ち上がった。
(やっぱり、レリーフって、アンデッドにも魔物扱いされてる訳なのね)
「私はオーガではない。エルフだ!」
「嘘つけぃ、そんなエルフが居てたまるか。つくならマシな嘘をつけ! まあ、どうでもいいわ。とりあえず死んで我の僕となれ!」
骨野郎はヒステリックに叫ぶと、私に向かってスタッフをかざす。所詮、骨野郎。こんな奴の魔法が私の筋肉に効くはずがない。私は悠々と歩を進める。
「闇より生まれし混沌の力よ、我に抗いし全ての愚者に等しき滅びを与えよ」
骨野郎のスタッフに黒いものが集まり、矢の形を成す。
「死の呪い……」
骨野郎の低い声と共に、黒い矢が私に向かって放たれる。それは私の左胸。私の自慢の大胸筋スザンナに吸いこまれる。
「死霊魔術の深奥。即死魔法だ。我が即死魔法で死なぬものは居ない。いいゾンビにしてやろう」
骨野郎はゆっくりとまた座る。私は痛む胸を押さえる。そして、軽くマッサージすると、骨野郎に更に近づいていく。
「な、なんだと……なぜ死なぬ?」
「ああ、死んださ。スザンナの1割くらいは死んでしまった。お前のカースとやらは程よく筋肉に負荷を与えてくれる。もっと、もっとよこせ。お前の力を見せてみろ!」
「なんだ、コイツは、化け物か? くらえ、死の呪い! 死の呪い! 死の呪い!」
「おお、ケイト! ジェーン! イザベル!」
私は漏れなくカースを右大胸筋、左上腕二頭筋、右上腕二頭筋にいただいていく。いいぞ、これはいいぞ。私は歓喜に打ち震えた。数時間の筋トレに匹敵する効果がある。そして、それをしばらく繰り広げていたら、いつの間にか骨野郎は動かなくなっていた。多分、魔法を打ち過ぎたのだろう。骨野郎の手を合わせて寝かせてやると、その手から指輪がこぼれ落ちた。私はそれを戻してやろうと思い拾うと、それは私の手の中で消え失せた。そして、私の頭の中に古代の叡智が流れ込んできた。どうやら、その指輪は一回きり使えるマジックアイテムで、リング・オブ・ネクロノミコンという死霊魔術の初歩を扱えるようになるものだったらしい。かくして私は死霊魔術を手に入れた。塔の最上階の本棚には死霊魔術の魔道書もあり、私はそれを手に、塔を後にした。
「それで、その魔道書は今も持ってるのか?」
僕はレリーフに尋ねる。
「全部読んだから売っ払った」
「ええー、何してんだよ。それメッチャ高く売れるものだぞ」
「そうなのか? 多分、アレに書いてある文字は私にしか読めないから、只の落書きと変わらんぞ」
という事は、多分もう散逸してしまってるな……
それよりも、即死魔法でさえ筋トレにしてしまうとは……
レリーフ恐るべし……