姫と筋肉 死霊魔術『深淵のいざない』
僕の名前はラパン・グロー。元々は東方諸国連合の魔道都市アウフで隠れて暮らしていたお姫様だったけど、数奇な運命に導かれ今は冒険者をしている。アウフにいた頃は家から出る事は無かったので、冒険は僕に様々な素晴らしいものを見せてくれる。見た事が無い景色、食べた事がないもの、初めて見る生き物。なんでも輝いて見える。
今日は緊急クエストで開拓村に大発生した魔物を討伐に来たんだけど。何故か今はマッスルダークエルフのレリーフと大っきな木に仲良くぶら下がって懸垂をしながら、野良仕事に精を出すスケルトンウォーリァーを眺めている。腹立たしい事に、僕が到着したときにはもう討伐はレリーフが済ませていた。確かに今僕が体験してるのは初めての事だけど、なんか違う気がする。
「ジェーン、イザベル、ジェーン、イザベル」
うっせぇなレリーフ。今日は特に気合いが入っている。確かジェーンが右の上腕二頭筋、イザベルが左だ。奴言うには、筋肉に命名して愛でると、より成長するらしい。じゃ、僕の胸にも名前つけてみよっかな……いかんいかん、危ない。僕はレリーフに毒され始めている。よく見るんだレリーフを。何処でも暇さえあれば女性の名前を呟きながら筋トレを始める男。問答無用で完全無欠な変態だ。ああはならないようにしよう。
僕はキリキリと働く骨共を見る。スケルトンウォーリァーすげぇ。器用に剣で畑を耕してやがる。あと草むしりしてる奴は裏返した盾に雑草を積んで運んでいる。戦わせて良し、野良仕事させて良し。良いお嫁さんになりそうだ。その前にあいつら性別あるのかな?
そんなどうでも良い事考えていると、急に体が重くなる。なんかヒンヤリとしたものが足に触れてるような? くうっ、腕に力が入らない。僕はかなり高いレベルの剛力のスキルを持ってるはずなのに。こんな懸垂数十回くらいでこたえるとは……もしかして、レリーフが言うように太ったのか? 僕は自分の体を見ようと下を見ると足に黒いもやが纏わり付いている。目に魔力を集中すると、それらはよく見ると沢山の黒い手で僕を掴んで引っ張っている。
「ヒッ」
つい驚いてしまう。なんじゃこりゃ? しかも足の下には黒い穴がぽっかりと口を開けている。これは間違いない暗黒系の強力な魔法攻撃だ。いかん、平和ぼけしている。ボーッとし過ぎていてやられたのに気付かなかった……
「なかなかいいものだろ」
事も無げに、レリーフが口を開く。隣で相変わらず懸垂し続けている。
「なにがじゃ!」
ついつい声を荒げてしまう。
「コイツらが引っ張ってくれるおかげで、筋肉に更なる負荷を加える事ができる」
僕同様レリーフの下半身にも沢山の穴から伸びた黒い手が絡みついている。やっぱり元凶はコイツだったのか……
「ジェーン、イザベル、ジェーン、イザベル」
引っ張る黒い手とレリーフがしのぎを削りあう。両者の腕に力が入っているのがよくわかる。黒い手が必死にレリーフを引っ張る。引っ張る力は強く、僕はもう引っ張られてぶら下がってるだけなのに。
「何なんだこの魔法?」
「ん、『深淵のいざない』という死霊魔術だ」
「……穴あるけど、落ちたらどうなるの?」
「知らん。深淵って言うくらいだから地獄かなんかじゃないのか? そんな事より、死霊魔術もなかなか便利なものだろう。懸垂の手助けをする事も出来る」
なにドヤってやがるんだ? 間違い無くこれは禁呪に属するものだ。禁呪を筋トレにつかうなや!
「そんな使い方するのはオメーだけだよ。それよりも! この穴落ちたらヤバいやつじゃないのか?」
「ん、これしきで落ちる訳ないだろ。はあっ、いいぞ! いい引っ張りだ。もっと、もっと引っ張りやがれ!」
レリーフがたけび魔法を強化する。更に沢山のぶっとい腕が穴から出てきてレリーフにしがみつく。クッ、僕を引っ張る力も強くなる。なんかヒンヤリとしたものがガシガシ掴みかかってくる。気持ち悪っ!
ミシミシッ。
ゲッ、木が軋んでいる。そりゃそうだ。丈夫そうな木だけど、こんなのに耐えられる訳が無い。どうも解析するに、穴はどっかに繋がってるみたいだけど、こんなキモい腕がある所だからロクな場所のはずがない。そんな所にレリーフと2人っきりとかになったら悲惨の極地だ。
バキッ!
「魔法解除!」
咄嗟に放った魔法でどうにかレリーフの魔法を打ち消す。しかも腹立たしい事に折れたのは僕がしがみついてた木の枝だった。
「人を巻き込むなや!」
「グフッ」
着地するなり放った僕の渾身の回し蹴りがレリーフの腹に刺さる。
「おおっ、良い攻撃だ。次は背筋にも頼む!」
「やるかボケッ!」
取りあえず家に帰ろう。そしてコイツとは金輪際絡まない。まだ懸垂を続けるレリーフを背に僕は駆け出した。
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