姫と筋肉 筋肉と狼
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ」
僕の目の前で延々と腕立て伏せをし続ける巨漢。小型の乗り合い馬車の中央を1人で占拠してやがる。奴の名はレリーフ。自称死霊術士のダークエルフだ。奴が呼んでるケイトは右大胸筋、スザンナは左大胸筋の名前だ。奴にとって筋肉とは裏切る事が無い恋人だそうだ。とっとと筋肉と結婚でもすればいいよ。
ところで、なんでコイツとこんなに頻繁に遭遇するのだろうか。たちの悪い、呪いか何かなのか?
僕の名前はラパン・グロー。多分腕利きの冒険者だ。いつもはウェイトレスをしていて、休みの日には冒険者をしている。
今日は割が良い依頼、貴族の手紙の運搬をしている。王都から森の中の町のとある人物に手紙を届けるという依頼で、とっても大事な手紙だから腕のいい冒険者、僕に白羽の矢が立った。それで、その町へ向かう乗り合い馬車に乗ったら、たまたま奴も乗ってたという次第だ。
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ。フッシュー」
レリーフは力尽きたかのように床板に崩れ落ちる。半端ないな、1時間近く腕立て伏せしてたんじゃないか? 奴は転がって仰向けになると、どっかからか青色の液体が入った小瓶を出すと、一気に飲み干す。
「ああ、やっぱりミドルポーションはサイコーだ。しみるっ!」
とりあえず奴は放置だ見なかった事にしよう。
「ところで、おじさんもお仕事ですか?」
隣に座っている唯一の乗客、小太りのおっさんに声を掛ける。退屈なんだもん。
「ううん、おじさんは薬の行商人だよ。けど、安心だね。あんなに強そうな人がいれば何が起きても問題無さそうだね」
まあ、そうだな。こんな王都の近くで何か有ったとしても問題無い。けど、おっさんは勘違いしてるけど、僕の方がレリーフより強いはずだ。
「問題って、何かあるんですか?」
「そうだね。最近はここらで狼が出るらしいんだよ」
「へぇー、狼」
王都から近いのに物騒だな。
ワオーーーーーーン。
話をしてたら、もうこれだ。
「これって、狼の遠吠え?」
ガタガタン。
急に馬車が止まる。狼如きで何故馬車が?
僕は荷馬車から降りて進行方向の方へ向かう。あっちゃー、こりゃ馬もビビって止まるわ。ぱっと見、数十匹の狼が進行方向を塞いでいる。
「むぅ、犬か?」
いつの間にかレリーフも降りてきている。
「犬じゃない。狼だ!」
「なんだ? 狼と犬って何が違うんだ?」
僕は言葉に詰まる。ううん、正確な違いを口に出来ない。こんど調べてみよう。
「で、どうするんだ?」
レリーフが問いかける。
倒すのは簡単だけど、数が数だ。打ち漏らしたらさっきの商人さんと御者と馬に被害が及ぶ。
「お前の魔法は危険なのが多すぎる。ここは私に任せろ」
レリーフのくせに、何言ってるんだ? 危険な魔法しか使わないのはお前だろ。けど、ここは森の中、確かに炎系統の魔法が得意な僕には適切な魔法が思い浮かばない。
「しょうがない。任せるよ。けど、召喚系は禁止」
またアンデッドとか呼ばれたら困る。
「それくらい、私にだってわかる」
レリーフは前に出る。狼達はギラギラした目でそれを見る。レリーフは呪文の詠唱を始める。
「恐慌!!」
レリーフの野太い声が辺りを包み込む。鋭い殺気と共に魔力が辺り一帯を包み込む。
キャイン、キャイン……
狼達は踵を返すと、それはもう脱兎のように消え去った。
「ラパン、たまには死霊術も役立つだろ。これは相手を怖がらせる魔法だ」
レリーフはドヤるけど、決して魔法に怯えた訳じゃない。間違いなく狼はレリーフを見て逃げた。その魔法全く役に立ってないよ。ていうか無用。
そして僕たちはまた馬車に揺られて行った。
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