姫と筋肉 誕生(1)
「ところで、お前、いつからそんなになったんだ」
僕は目の前で一心不乱に豆を貪る巨漢を見上げる。
僕の名前はラパン・グロー。冒険者にして、ここ『みみずくの横ばい亭』のウェイトレスたちを束ねる者だ。
今は昼下がり、今はお店で仕事中。お客さんはこのマッスル黒エルフのレリーフだけになったので、その前に座って食事の様を眺めている。小山のようにあった茹でた豆ももうほとんど無くなっている。
「そんなにって、どんなにだ?」
豆を完食してレリーフは顔を上げる。よく見るとこいつ結構顔は格好いいんだよな。街で人気の俳優さんにも引けは取らない。
「いや、だから、いつからそんなにマッスルになったんだ?」
「ん、そうだな。1年は経ったかな。こう見えても私はそれより前はとても痩せていた。よく女性と間違えられていたものだよ。あの頃は軟弱だったな。思い出すだけで寒気がする」
「えっ、1年!? おっお前痩せていたのか?」
痩せてるレリーフを想像してみる。絶対王子様みたいな感じだったんだろうな。
「ああ、そうだな。あの頃はまだ筋肉の素晴らしさに気づいて居なかった。もっと早く気付く事が出来ていたら、私はもっと有意義な人生を送る事も出来ただろうな。色々と失う事もなかっただろう」
レリーフは遠い目をする。そうかコイツはこうしてはいるが、大変な人生送って来たんだろうな……
「そうか、もし良かったら、お前がマッスルに目覚めたきっかけを教えてくれないか?」
「そうだな。そうしたらお前も筋肉の素晴らしさに気づいて、私みたいに筋肉に囲まれた素晴らしい生活が出来るかもしれないな」
「無い無い。それは無い」
「そんなんじゃ、お前、いつまでたっても大胸筋動かせるようになれないぞ」
レリーフの大胸筋が交互に波打つ。
「なってたまるか! 女の子として死ぬわ、ボケェ!」
僕は立ち上がり、取り上げずケイトを殴る。因みにケイトとは奴の右大胸筋の事だ。
「凶暴な奴だな。だが、もっと殴ってくれ、スザンナも頼む」
波打ったスザンナ、奴の左大胸筋を殴る。相変わらず地面か何かを殴ったみたいだ。強い弾力で押し返される。レリーフはのっそと立ち上がる。
「行くぞ、ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ、ケイト、ケイト、ケイト、スザンナ。中々やるな。スピードアップだ」
パーフェクトだ。僕はレリーフが動かす大胸筋をミスる事なく殴り続ける。
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ」
おっと早くなってきた。けど少し楽しい。
「ケイト、ケイト、スザンナ、ケイト、ケ、スザンナ」
微動のフェイントも入れてきて、戦いは高度になってくる。集中だ。集中が切れた方が負ける。けど、僕は何と戦ってるんだ? レリーフの大胸筋?
「ケ、ケイト、スザンナ、ケ、スザンナ、ス、ケイト、ケ、ケ、スザンナ、ス、ケ、ス、ケ、ラパン!」
パーフェクトだ。けど、最後にレリーフが僕に背を向けて右のお尻を震わせる。
「お尻の筋肉に人の名前つけるなや! それに透け透けラパンってなんじゃい! どこも透けとらんわ、ボケェ!」
ドゴン!
僕の渾身の右ストレートがレリーフの右のお尻に刺さる。けど、通らない。どんだけお尻も鍛えてるんだ?
「いいパンチだ。けど、気にくわなかったか? お前のお尻も大きくなるようにと願を掛けて右大臀筋の名前をラパンにしたんだが」
「気にいらんわ!」
僕はなんとか成し遂げた気分で椅子に腰掛ける。
「うわ、面白そう。私もしたい!」
「私も殴りたい」
「私も」
「私も」
シャリーちゃん、ピオン、パイ、ケイト、家のウェイトレス達がレリーフを囲む。そして、筋肉叩きゲームが始まった。
ん、何してたんだっけ?