巨大ザリガニ(前編)
「ん、巨大ザリガニの討伐?」
ついその依頼の紙をボードから剥がして取る。ザリガニ討伐? それってザリガニ釣りの事なのか? 子供の頃ザリガニをため池とかで捕ってた記憶が蘇る。あの頃は良かったな。何の悩みも無く、平和だった。
王国は四面六土を他国に囲まれて海が無い。川も水量が少なく、僕たちが子供の頃住んでいた村のそばには、幾つものため池が生活用水としてあった。そこにはザリガニや亀などがそこそこいて、近所の悪ガキと集まってよく捕まえたものだ。棒の先に縄を結わえて釣竿にして、その先にいろんな虫を付けて池に垂らして1匹目をまず吊り上げる。そして、その捕まえた1匹目の尻尾を千切って釣竿の餌にして水に垂らすと、何故かザリガニが面白いように釣れるのだ。ザリガニ君がハサミで尻尾を掴んでくるのだ。今考えると残酷な事をしてたもんだなと思うが、僕たちにとってザリガニは貴重な食料だった。その時学んだのが、臭い池のザリガニは臭く、綺麗な水のザリガニは美味いという事だ。
話を戻して、巨大ザリガニってどれくらい大きいのだろうか? 僕たちが捕ってたのは今の僕の手のひらくらいの大っきさだった。討伐依頼が出るほど巨大という事は人間サイズくらいあるのかも知れない。ギルドで詳細を確認したらすぐに判ると思うけど、それは面白くない。行ってみてのお楽しみだ。
そして僕はマイとアンを説き伏せて、依頼を受ける事にした。
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「ご主人様、本当にそんなので釣れるんですか?」
アンが呆れたような目で僕の釣竿を見ている。
「まあまあ、見ときなって。俺の子供の頃はこれで入れ食いだったもんだ」
大きなしなやかな木を枝を払って丸太にして、それに縄を結わえて釣竿にした。そして餌は僕が木を削って作ったザリガニの尻尾だ。まあ、色は茶色だけど、よく出来ていると思う。その木の餌は水に浮くので、湖に餌を投げる、竿を上げて餌を引っ張るを繰り返す。釣れない。一向に釣れない。
「ザップー、もうちょっと生きてるみたいにしないとダメなんじゃないの」
そう言ってマイは僕の釣竿を奪う。むぅ、結構でっかい木なのにお構いなしだ。そしてマイは竿を振って餌を投げる、竿を引き上げてチョンチョン動かすを繰り返す。さすが器用だな。辛うじて僕の不細工な餌が生きてるように見える。
「あっちゃー。何かにひっかかったみたい」
マイが竿を引いても動かない。ん、おかしいな? 引っかかるものなんて何もないぞ?
「おいおい、ひっかかる訳ないだろ。貸してみろ。おりゃっ!」
僕が竿を引くと果たしてでっかいザリガニがハサミで餌を挟んでいた。おお、まじデカい。僕の全身と同じくらいの大きさだ。力に任せて引き上げて宙に舞うザリガニの頭を、飛び出したアンが空中で殴る。ナイス連携。一撃で動かなくなったザリガニを子供の頃よろしく尻尾を千切って竿に結わえる。そして池に投げると程なくして次のザリガニが釣れる。面白くなってきて、どんどんザリガニを釣り上げた。
「そうね、思いっきり引っ張るのね」
マイが竿を奪ってザリガニを釣り始める。コツをつかんだみたいで、どんどん釣り上げていく。どんだけいるんだザリガニ! 当然、陸に上がったザリガニはアンが止めを刺していく。そうこうしている間に僕たちの後ろには結構な数のザリガニが陸に打ち上げられていった。
「あっちゃー、引っかかったみたい」
マイが丸太片手に額に右手を当てる。
「おいおい、尻尾は浮いてただろ。そんな事あるわけないだろ」
なんか嫌な予感がするな。ん、マイが両手で竿を強引に引くと、水面に何か見えた。なんだありゃ? ハサミ? んな訳無いだろ。ハサミだけで僕の全身くらいあったぞ。見えたのは一瞬で、また竿は動かなくなる。
「マイ、十分に釣りは楽しんだだろ。帰ろっか」
「ええーっ、ザップも見たわよね。あれってここの主じゃないの?」
そうかもしれないが、あれはヤバいだろあれがハサミなら間違いなく全長はドラゴンになったアンくらいありそうだ。
「多分見間違いだろ。多分マイは地球を釣ってるんだ。竿は諦めて帰ろう」
「あっ、ご主人様スミマセン。足が滑った!」
振り返ると僕に足を向けて飛んでくるアン。ドロップキックかっ! 何をどうして滑って人にドロップキックするんだよ。そのまま吹っ飛ばされて僕は池にダイブする。なんとか池から顔を出すと、
「ザップ! 後ろ後ろ!」
マイが僕を指差している。後ろ?
振り返ったとたん僕は脇を固いものに挟まれる。そして僕の前に超巨大なザリガニの頭が水中から現れた。