斧な訳(魔法使い)
今日は休日出勤です。休みないすー。(T_T)
僕はせっせと作業に勤しむ。無だ。心を完全に無にする。それにしても僕は何してるんだろうか? 世間は休日でバカンスなどという言葉が飛び交ってるのに、なにゆえ炎天下の熱された荒野で魔物の耳なんか刈ってるんだろうか?
「ラン、ランララ、ランランラン。ララー、ランラララン、ラン、ランララ、ランランラン、子鬼の耳を刈るーっ」
やたら伸びがあるハイトーンで歌いながら、サイコパスドラゴン娘がせっせと手を動かしている。その歌声は聞き惚れる程美しく、なにがしかの憂いを含んでいる。まるで、地上に舞い降りた女神みたいだ。けど、やってる事はゴブリンの耳狩りだ。悩みねーんだろな。頭ん中覗いて見たら、稼いだお金で何食おーかしか考えて無いんだろな。
「「ラン、ラン、ラララン。ラン、ラン、ラララン!」」
そのスキャットが二重唱に変わる。これもアン程じゃないが伸びがある声。すこし響きが可愛らしい。振り返り声の主を見る。前屈みで巨大な物体を揺らしながら作業している金髪ボブの人物。魔法使いのルルだ。次はコイツが僕たちの手伝いに来たのか。おおおっ、ローブの開いた襟元から胸の谷間が見えそうだ。視線に気付いたのか、ルルが顔を上げる。そして目が合う。コイツってよく見るとかなり可愛いよな。口を開かなければ。
「何見てるんですか? お金とりますよ」
相変わらず卑しい奴だな。すぐ、金、金だ。しょうがないな。
「そうか、で、幾らだ?」
「え、小金貨1枚」
ルルは身を起こして、収納から布を出して手をぬぐう。お金受け取る気まんまんだな。
「ほらよ」
僕は収納からゴブリンの右耳をどっさり出して差し出す。これで軽く小金貨1枚以上にはなるはずだ。
「ヒャッ!」
ルルは弾かれたように後ずさる。おっ、意外に可愛らしい。
「そんなもん要らないです。現金で下さい。現金で。それにそもそもそれってザップさんのものじゃないじゃないですか。今の所パーティーの共有財産ですよね」
ルルは顔を赤くしてプリプリしてる。素のリアクション見られたのが恥ずかしいのかな?
「悪い、悪い。冗談だ」
「そんな趣味が悪い冗談止めて下さい。そんなんだからサイコパス猿人間って呼ばれるんですよ」
サイコパス猿人間。なんかイメージ最低な悪口だな。全裸で暴れまわる猿が僕の頭に浮かぶ。これは、猿人間魔王の方がなんぼかマシだ。
「誰がそう呼んでるんだ?」
「え、私ですが?」
またかよ。
「変な通り名広めるの止めてもらえませんか? 耳、投げつけていいか?」
「待って下さい。冗談ですよ、冗談っ!」
僕はたくさんのゴブリンの耳をルルに放り投げて、途中で収納にしまう。さすがに当てたらここでバトルが始まりそうだ。
「うわっ、びっくりしたわー。なんて事するんですか。この紐人間。これで、次の話は『猿人間魔王、ゴブリンの耳プレイに興じる』に決定ですね」
そう言いながら、ルルは後ろ手にした両刃の巨大斧を収納にしまう。もし彼女に耳が降り注いだら斧でなぎ飛ばし、そのまま僕に襲いかかる積もりだったのだろう。ん、なんか酷い悪口が聞こえたような?
「おいおい、お前、まだ俺の小説書いてるのか? 頼むから18禁は止めてくれ」
「善処します」
む、善処なのか。という事は冗談で言ったのに、禁書に手を出しているという事か。ルル恐るべし。
「そうだな、冗談はこれくらいにして、お前、なんで、武器は斧なんだ? 普通魔法使いって杖系使ってるだろ」
正直、今までの人生で両刃の斧を愛用している魔法使いなんて見た事無い。それって魔法使いじゃなくて山賊や海賊にしか見えないよな。けど、口はつぐむ。あること無い事書かれそうだから。
「そりゃ、決まってるじゃないですか。私って基本的にインドア派だし、いつでも魔道の真髄について探求している学徒でもあるんで、気を抜くと太っちゃうんですよ。座ってばっかですからね。斧っていいですよ。斧振ってたら太らないんですよ。魔道士ギルドでも流行らせようって思ってるんですけど、だれも真似しないんですよね。なんでですかねー?」
そうか、やたらルルの動きは無駄が多いと思ったら、主にダイエット目的だったのか。確かに斧を振るうという行為は思いっきし全身運動だ。けど、斧エクササイズは流行らないと思うぞ。その斧振れるようにそこらの魔道士がなるためには、まず人間辞める必要があるからな。
それからしばらく、一方的にルルは話し続けた。
作業進まねー。