リブロース
「美味い肉が食べたい!」
マイの夕飯は何しようかとの問いに、僕は力強く答える。
今日は肉だ、誰がなんと言おうと肉だ。美味い肉をがっつり食べたい。
ここしばらくは、王国や魔道都市でのパーティーに参加する事が多く、なんか薄味の当たり障りの無い脂が少ない、爺さん婆さんが好むような料理ばっかり食べてきた。なんて言うか、世界的な流行らしい。歴史がある街ほど少子高齢化らしく、偉い役職の人は40、50代くらいと思われる歳くった人が多かった。
そんなこんなで僕の体は肉、肉汁がほとばしる肉を求めている。煮物なんてくそ食らえだ! まあ、決して煮物が悪い訳ではないが、どこでもかしこでも、柔らかく煮こまれたものばっか食べてた気がするから致し方ない。
「解ったわ。それで、なんのお肉がいいの?」
「牛だ! 牛のステーキを喰いたい!」
鶏ももを炙ったヤツや、豚バラを焼いたヤツも捨てがたいが、どうしても鶏や豚の料理は肉が小さくなりがちだ。今の僕は肉の塊をがっつり噛み締めたい気分だ。でっかい肉をナイフとフォークで大きめに切って食べる事が出来る料理、ステーキこそが肉料理の王者だと僕は思う。肉を噛み締め口の中に広がる肉の旨味。ジューシーなハンバーグも捨てがたいが、やはり、今日の気分はステーキだ!
「オッケー、楽しみにしててね。それじゃ、お隣に行ってくるわね」
そう言って、マイはリビングから出て行った。お隣とは、レストラン兼居酒屋の『みみずくの横ばい亭』の事だ。僕たちが色んなものを食べるから、隣には一通りの食材が常備してあって、マイが頼むと良心的な値段で売ってくれるのだ。夕食まで僕は読書などしながら待つ事にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「待ち遠しくてたまらないですね」
ドラゴンの化身アンが両手にナイフとフォークをもって今か今かと待ち構えている。テーブルの上にはサラダとパンと各々にスープが配られ、あとはメインのお肉が来るのを待つのみだ。ちなみにリビングのテーブルは新調して一回り大きいものに変わっている。居候が増えたからだ。
今、僕の家で生活しているのは、僕とマイとアンと導師ジブルに加え、ぽっちゃりエルフのノノ、ぽっちゃり黒竜王の化身オブの6人だ。座る位置はランダムだけど、今のテーブルは長方形で、ちょうど6人で囲めるようになっている。猫のモフちゃんが居るときは少しつめる形になる。今日は6人で、マイとノノ以外は席についている。
「はーい、お待たせ」
ノノがステーキを運んでくる。意外な事にノノは結構家事をする。何にでも好奇心旺盛だ。そして、キッチンから小鍋片手にマイがやって来て、ステーキにソースをかけて2人ともテーブルにつく。
「それでは、いただきます」
「「「いただきます!」」」
マイの号令で、食事は始まった。マイがよそったサラダをノノとオブが食べる。どうも野菜を食べてから食事をすると太りにくくなるらしく、これはマストな儀式だ。奴らは可哀相な事に野菜を完食しないと肉には移れない。僕は奴らを憐れみながらも、問答無用で肉にナイフとフォークを伸ばす。厚切りで涙型を横にしたような形だ。
「マイ、これはサーロインか?」
さすがに僕でもサーロインは解るようになった。沢山食ったからな。形はサーロインのようだけど、なんかが違う。サーロインはもっとシュッとしてるような?
「これは、リブロースよ。よく見ると『まき』お肉の大きい所に渦巻きのような模様があるでしょ、リブロースには『まき』があることが多いのよ」
「そうなのか」
解ったような、解らないような。まあいい。とにかく食うのだ!
肉の左手の部分を脂身ごと大きめに切って口に運ぶ。切り口はピンクに近い赤。赤色なのに切っても血は出ない。噛み締めると口の中に広がる肉汁。暴力的な肉の旨味が口に広がる。
これだ!
これこそが僕の求めていたものだ!
若干歯ごたえがあり、肉の脂の旨味が口にひろがる。なんだコレは、普通、肉の脂にはクドさしか無いことが多いのに脂も美味い。嚥下して、次は脂身だけ食べてみる。うん、美味い。コレはただの脂身ではない。脂肉、僕の中ではそう名付けた。
「うわっ、ナニコレ、めっちゃ美味いわ。全く癖を感じないわ」
やっと肉に移れたノノが感激している。
「そうでしょ、この牛さんは、穀物だけを食べさせて、お肉を食べるために育てられた牛さんなのよ」
マイがノノに答える。
「そうなの、すごいわ、お肉のためだけの牛……人間の食べ物って進化してるのね……」
ノノはそう言うと、脇目も振らずがっつき始めた。ぽっちゃりがドカ食いするのは見ててよいものだ。
「戦争だ!」
オブが手を止めて口を開く。
「僕は間違ってた。人間とではなく、全ての美味いものと戦争してやるぞ!」
そうだよ、黒竜王、美味いものと好きなだけ戦争してくれ。
僕たちの晩餐は賑やかに進んでいく。