第七十三話 荷物持ち観察する
「で、何してるのあれ」
僕はドラゴンのアンを指差す。
「陽動よ、アンに暴れて貰ってその間にザップを……」
マイの語尾が尻つぼみになる。陽動にしてはやり過ぎたと気づいたのだろう。
「ありがとう、その気持ちは嬉しい。けど、これどうやって収拾しようか…」
「グギャギャギャーッ」
アンの楽しそうな雄叫びが聞こえる。なんか腹立つ。あ、この咆哮は鑑賞用の音だけの奴だな。
「変身するとこは誰にも見られてないのか?」
「うん、多分、飛び降りながら変身してたから」
飛び降りながら?どういう状況だったのか知りたいけど、まずはこれを何とかするのが先だ。このままだったら僕たちは間違いなく人類の敵になる。人の来ない所でダンゴムシのようにひっそりと暮らす事になる。
「街から出てアンを人間に変身させるとして、また街に入るのが厄介だな」
昨日街に入った時と同様に、ポルトに頼るのが早いか。
「マイ、ポルトの屋敷に行って、なんか通行許可証になるものを貰ってきてくれ。アンと一緒に街の外に出るから、後で南大門の所で落ち合おう」
「ザップ、気を付けてね」
「お前もな」
僕は城門の方に駆けていくマイを見届けると、ドラゴンのアンの方に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「荷物持ち、何しに来やがった!足手まといだ消えろ!」
勇者アレフの怒号が響く。ドラゴンと真正面から対峙し、その傍らには『ゴールデンウインド』の三人がいる。辺りには全身鎧の衛兵たちがちらほら倒れている。動ける衛兵達はなすすべなく遠くでドラゴンを見ている。
僕は、『ゴールデンウインド』の四人を観察する。
金髪をなびかせた、煌びやかな鎧と剣と盾を帯びた、まるで物語の世界から飛び出して来たかのような勇者アレフ。
人間と言うより鬼を連想させる、巨大な体躯に漆黒のフルプレートメイルを身に纏い、巨大な剣?を軽々と担いでいる、戦士ダニー。
人を魅了する妖艶な容姿に、光る魔法文字が縫い込まれた露出の多いローブに節くれだった禍々しい杖を手にしている魔法使いポポロ。
真っ白な神官衣に、神々しい女神の彫刻の施された杖を持ち、まるで地母神のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる聖女マリア。
客観的に見ると、人々を脅かす邪悪なドラゴンを打ち倒さんとする、正義の使者にしか見えない。
けど、実際は人でなしのクズ集団だ。このままドサクサに紛れ抹殺してやろうかと考えるが、まだ生ぬるい。衆人環視の中、彼らの自信と希望をへし折り、心を絶望に染めてやる。
間違いなく、彼らは前に見たときより強くなっている。ここしばらくで、どれほど強くなったのか、まずは見物する事にした。