伝説
「ご主人様、遠くへ逃げましょう」
席に着くなりアンがテーブルに身を乗りだしてくる。僕は口にしたコーヒーを飲み込む。これは異常事態だ。何故なら、アンが出された飲食物に手も出さずに話し始めてるからだ。食い意地の張ってる奴のこういう態度は初めてだ。
「どうしたいきなり?」
「ご主人様が戦ってるドラゴンは……」
アンは一旦口を閉ざす。なに勿体ぶってるのか?
「「ドラゴンは?」」
僕とジブルはお約束で合いの手を入れる。
「あのドラゴンは、神竜王ゴルドランです!!」
「「神竜王ゴルドラン!!」」
僕とジブルは大仰に驚く。
「で、神竜王ゴールドラッシュって何なんだ?」
そんな訳の解らないものは知らない。なんか昔ドラゴンの名前かなんか聞いたような記憶はあるが、訳分からん名前だったので全く微塵も覚えてない。
「えー、ザップ、何ボケてるの? 面白くないわよ」
ジブルがジト目で僕を見ている。
「ボケてる訳じゃない。知らんものは知らん」
「神竜王ゴルドラン。竜を束ねる古竜の王、最強の竜王にして、破壊の象徴。こんな話、そこらの子供でも知ってるわ。お伽話にも出て来るでしょ?」
「え、もしかして、金竜王の事なのか?」
確か昔々のお話で、暴虐無人の金色の竜がいて、それを神の力を借りた英雄が倒したとかいう話。
「けど、それって物語の中の話じゃないのか? ただ色が同じって訳じゃないのか?」
「私もそうじゃないかって思ったわ。けど、ここからはアンさんが話した方が分かりやすいと思うわ」
ジブルはそう言うと、カップを手にする。
「ご主人様、あの方は神竜王ゴルドランです。何をやっても勝てません。ですから、2人で遠い遠い国に行って、作物を育てたり、山で猪を狩ったりしながら平和に暮らしましょう。子供は2人、男の子と女の子が欲しいです。もしかしたら、そんなに上手く産み分けられないかもしれないです。その時は私、頑張りますから。最低でも男の子と女の子1人ずつは欲しいです。そんなに裕福じゃないかもしれませんが、明るく楽しい家庭を作り上げましょう」
アンがいつになく早い口調でまくしたてる。
「おい、待てよ。なんで俺がお前と遠くで幸せな家庭をつくらにゃあかんのだ?」
「そうですよ、ザップは将来私が養う予定なんだから」
え、ジブルは何言ってんだ?
「ほう、ジブルもご主人様を狙ってるんですか? 私はドラゴン。より強い子孫をご主人様と残さないといけないという使命があります。それを邪魔すると言うのなら、あなたでも容赦しませんよ」
アンはユラリと立ちあがる。口の端は上がっているが、目が全く笑ってない。
「アンさん、いやアン。お前が古竜だとしても、所詮過去の遺物。魔道は常に進化しているわ。お前を倒せないにしても無力化する方法はいくらでもあるわ」
バンッと、テーブルを叩き、ジブルが椅子を蹴って立つ。
コイツら何やってんだ? そうか、マイ、マイが居ないからだ。ストッパーが居ないとコイツら暴走しまくって手に手に負えないな……