無敵の重騎士団(後編)
「こんな寒い荒野に俺のために集まってくれて、ありがとう!」
また、大きな声で、目の前の男が訳が解らない事を言う。コンサートか何かと勘違いしてるのか? 今から歌でも歌うのか?
男はここからでも解るような、大仰な仕種で深呼吸する。
「俺の名前は、猿人間魔王ザップだ! 怪我したく無いヤツはとっとと帝都に帰りやがれ!」
男はそう言うやいなや、その手に長い長い何かが現れる。馬鹿な! 形状からして、もしかして剣なのか?
モンキーマン・ザップ、聞いた事がある。王都に居るという、有名な冒険者だ。けど、虚飾が入り混じって正直どんな者なのか解らない。もしかしたら今回の侵攻で遭遇するかもと思っていたが、ここで出会う事になろうとは。確か、でっかいハンマーと天をつんざくような大剣を使うと聞いた事があるが、本当だったのか……。あれはもはや大剣では無いだろう。その、化け物みたいな大剣が、まるで楽団の指揮者のタクトみたいに軽々と宙を泳ぐ。
ブゥオン!
今まで聞いた事が無いような大きな音が剣から放たれる。それは水平に振り払われたが、あり得ない。人間に出来る動きではない。あの大きさのものを片手で振り回すのは材質が何で有ろうが人間には無理だ。有難い事に威嚇だったみたいで、剣先は我々には届いて無い。
確かにあり得ないような攻撃ではあるが、幾人かの犠牲を出してでも武器を取り押さえればどうにかなるはずだ。武器を振り回した以上あいつは敵だ。帝国騎士の意地を見せてやる。
「突撃!」
「「「突撃!」」」
私の声に3番隊の騎士たちの声が続く。誰1人怖じ気づいて無いようだな。他の隊も進撃を開始している。タワーシールドに体を隠しながら重騎士団は進軍する。どんな攻撃だろうが耐えてみせる。あとは囲んで槍の餌食にするだけだ。
目の前の4人に向かって歩みを進める。ザップの手から化け物大剣が消え、代わりに鉄球が現れる。あれが収納スキルか、便利だな。けど、みすみす有利な状況を手放すとは。あの剣は厄介そうだった。重騎士にはハンマーが良く効くだろうという考えだろう。けど、それは帝国では都市伝説だ。我々が纏う尋常ではない厚さの金属鎧は衝撃さえも押し殺す。ハンマーで叩いたとしても、手が痺れるだけだ。
意気揚々と進軍する。鎧の金属同士が擦れる音が響く。
角が生えてる女の子が踵を返す。怯えて逃亡したのだろう。けど、走り出す前にその丸々と着込んだ服が消えてワンピースに替わる。魔法だろうか?
目の前の男から、光輝く何かが放たれる。金色の皿みたいだな。攻撃魔法か? 見た事も聞いた事もない。その光る物体は、男の周りを羽虫のように飛び回ると、そのうちの一つがこちらに飛んでくる。ショボそうな魔法だな。私の自慢の盾には毛ほどの傷も付けられないだろう。
なにっ! 急に広くなった私の視界の中、金色に光る何かは私避けて進んでいく。寒いっ。私の槍が、盾が、鎧が無い!
それだけでなく、何も無い。服すら着て居ない。何が起こったんだ? 魔法か?
辺りを見渡すと、みんな裸だ。私は夢を見てるのか? とびっきりたちの悪い悪夢を……
ひゅるるるるるーっ!
急に風が吹き始める。一気に冷え込んだように感じる。どうすればいい?
「…………」
私は、自分の目を疑う。目の前の男の後ろに、小山のようなものが現れる。ドラゴン、ドラゴンだ……
「グゥオオオオオオオオーン!」
ドラゴンは口を開け吼える。クッ、背中に氷柱を差し込まれたみたいに鳥肌がたつ。足が、足が動かない。そういえば聞いた事がある。竜の咆哮には生き物を怯え竦ませる効果があると。
勇敢なる我が第3隊の半数以上はその場に蹲ってる。
最悪だ。最悪だ。私の心も折れそうになる。今まで私を守ってくれた鎧が無いだけで、こんなに不安になるとは……
まさか、裸でドラゴンやザップと戦わざるを得なくなるとは夢にも思わなかった。
けど、ドラゴンはその場にうずくまる。戦うつもりは無いみたいだ。
そうだ、ザップ、ザップを倒せばいい。私は震える足に力を入れ何とか動かす。
「屈強なる、帝国軍人の諸君。流石に精強な君たちでも、冬に裸は辛いだろ。暖かい火にでもあたって暖をとるがいい。アン、空に吐け!」
またザップが大声を出す。ドラゴンがノロノロと立ち上がり、天に向かって口を開けその口から炎が放たれる。空に向かって炎の柱が現れる。
あ、ありゃ、ダメだ。暖を取る? 冗談じゃないわ。丸焦げになるわ。多分、鎧あってもダメだね。蒸し焼きになるわ。
「重騎士団3番隊、転進!」
私は大声で叫ぶ。部下たちも立ち上がり、我々は全力疾走する。
我らは帝国の盾、無敵の重騎士団。負けた訳じゃない。転進だ。方向転換しただけだ。流石に戦争にドラゴンは反則だろ……
冬に裸でも全力疾走すると暖かいという事に気付いた。もう2度とやりたくはないが……