開戦
「ここら辺でいいか」
僕たちは荒野の中、帝国軍の正面中央まで歩き、立ち止まる。僕、マイ、アン、ジブル。誰1人微塵も緊張していない。なぜなら、帝国軍は精強ではあるが、その強さは人間の範疇だ。いままで、数多くの魔物を屠ってきた僕たちは全く脅威を感じない。
僕の苦手な魔道士が、いるにはいると思うが、帝国にはその数が少ない。魔道都市と交流が少ない帝国では、魔道があまり発展していないのだ。
僕はゆっくり息を吸い込み、辺りをぐるりと見渡す。
たった4人対数万人の帝国軍。
目の前には途切れる事の無い、人、人、人。金属製の鎧兜が光をチラチラ照り返し、まるで、銀色の海に見える。低い鈍い音がその海から聞こえてくる。兵士達が武器を構え、隊列を整えている音だろう。距離があるせいか、遠くで雷が鳴ってるみたいだ。
僕は兵士達からよく見えるように、少し前に出て大きく両手を開く。ザップらしさを出すために、首と腰にはミノタウロスの腰巻きを巻いた。本当は裸に腰巻きの方が説得力が出るのだが、さすがに真冬に半裸は勘弁して欲しい。風邪ひいちまう。
目の前の兵士達の目が僕に集まってるのを感じる。まるで、大きな舞台に立ってるみたいだ。
「ジブル、大声の魔法頼んだ」
「解ったわ」
ジブルはスッと僕の横に立つと、僕には理解出来ない言葉を紡ぐ。ジブルの方から少しづつ風が吹き始める。
彼女が得意なのは、風魔法。言葉を空気に乗せ遠くまではこんだり、空を風を纏って飛んだり、人の声色で変な事言ったり、宿屋でカップルの部屋の声を盗聴したり、身の回りの音を消して風呂を覗いたり、大気を高い精度で操るのを得意としている。正直、ヤツはろくでも無い事にばっかり魔法を使っている気もするが、その魔法は地味に役立つ事がある。
「準備出来たわよ。これで、全軍に声が届くわ」
「ありがとう!!」
耳をつんざくような大音声!
え、しまった魔法もう始まってるの?
ヒューーーッ
さっきまで、聞こえていた、軍隊の生活音的なものも聞こえなくなる。もはや、風の吹く音しかしない。絶対ウケると思ったギャグが滑ったのより辛い。変なとこに汗かいてきた。どうでもいいが、僕は緊張したら脇や手じゃなく、足の裏に汗をかくタイプだ。
けど、まぁ、そりゃそうだよな、大軍の前に訳分からない一般人みたいなのが出て来て『ありがとう』とか叫んだら、いみふすぎる。
マイが横に来て肘で僕をツンツンする。早く話せって事だよな。ままよ! のり切ってやる!
「こんな寒い荒野に俺のために集まってくれて、ありがとう!」
ん、訳わかんなくなってきた。軍隊相手に何言ってんだよ。なんの挨拶だよ。よし、大きく息をすいこんで、
「俺の名前は、猿人間魔王ザップだ! 怪我したく無いヤツはとっとと帝都に帰りやがれ!」
僕はそう言うと、収納から、長さ30メートルはある、『絶剣山殺し』を取り出し掲げる。そして、それで片手で高速で水平に薙ぐ。我ながら締まらなく訳分からん事言ってると思うが、勢いで乗り切れたはずだ。
ブゥオン!
山殺しが、大きな音を立てる。当然、兵士には当たらない距離だ。いい威嚇になったはずだ。これで兵士達も自分が戦う者の力が解った事だろう。出来れば結構逃げ出さないかなあ。
「「「突撃!」」」
「「「突撃!」」」
「「「突撃ーっ!」」」
あらゆるところで鬨の声が上がる。僕の願いも虚しく、逃げ出した者は居ないみたいだ。
フルプレートメイルにタワーシールドと長槍を持った前線の重騎士隊が僕に向かって進軍し始めた。
戦闘開始だ!