暗殺
「ザップ、間違いなくこの人が皇帝よ、私は何度か見た事があるの」
ジブルは腕を組み、倒れた皇帝を見下ろしている。小さいジブルが大きく見える。ああ、なんてサイコパスなんだろう。
カルバーン帝国皇帝『バルバレス・マクドラン』。群雄割拠で荒れていた帝国を一代でまとめ上げた伝説の存在だ。名前のバルバレスとは、古の言葉で『野蛮なる者』、マクドランは『竜に連なる者』。元々バルバレスは太古から連なる、竜の血をひくと言う小さな王国の何番目かの王子で、力と覇道で成り上がって来たと言う。
その伝説が僕の前で、凄まじい形相で泡を吹いて倒れている。さすがにこれはいかんだろ。一瞬迷うが、エリクサーをかけようと、僕は立ち上がり駆け寄る。
「無駄よ」
ジブルが冷たくピシャリと言い放つ。
「それは、国を挙げて開発していた、最高の毒。無味無臭でしかも、ドラゴンでさえも少量で倒す事が出来るものよ」
おいおい、魔道都市、そんなお金有るなら借金返せよ。それに、なんて危険なものを持ち歩いて居やがるんだ。
「何も、殺す事はなかったんじゃないの?」
マイがジブルを非難する。
「マイさん、これは戦争です。どんな事をしてでも勝てば正義です。敵地にノコノコとやって来たこの皇帝が悪いのです。ここで殺さないでいつ殺すんです? それに、帝国は皇帝あっての帝国。皇帝が死んだ事で、国自体が瓦解する事でしょう。1人の犠牲で、多くの人々の命が救われた。マイさん、戦争は嫌だったんでしょう?」
「それは、そうだけど……」
マイは釈然としていない。僕もなんかモヤモヤだ。少ししか接して居なかったけど、皇帝はわるい奴には見えなかった。
「おい、戦争って言ってるが、東北諸国連合は戦わないって言って無かったか?」
「はい、戦いません。ですから、皇帝を倒したのは、古竜アイローンボーさんという事でお願いします」
「え、私ですか?」
ジブルの提案にアンは素っ頓狂な声を上げる。
「古竜アイローンボーは知ってる者さえほぼ居ないマイナー古竜です。それがなんと、今ならもれなく皇帝殺しの古竜アイローンボーとして、末永く語り継がれていかれますよ。本当だったらその称号は私が欲しい所ですが、悲しい事に魔道都市は帝国と休戦中。泣く泣くアンさんに譲ってあげますよ」
ジブルは立て板に水の如くまくし立てる。バナナの叩き売りみたいだ。売られているのは暗殺者の称号ではあるが。
「私が末永く語り継がれる……」
アンの目がキラキラしている。こりゃ、完全のるきだな。
「ステイ! アン騙されるな。それを貰ったら、四六時中帝国からの暗殺者に悩まされる事になるぞ」
僕の言葉にアンがビクンと反応する。
「四六時中暗殺者! 素晴らしいじゃないですか!」
アンが更に目を輝かせる。いかん、ご褒美だったか?
「アンちゃん、アンちゃんがずっと狙われるのなら、お家から出ていってもらうわ。ご飯ももう作ってあげられないわね」
マイの言葉にアンはギギギッとそちらを向く。これはクリティカルか?
「チッ、あと少しでなすりつけられたのに。しょうがないわ、じゃ、何も無かった事にして、皇帝は魚の餌にでもするとするわ」
ジブルは皇帝に手を伸ばす。収納に入れて捨てて来る気だな。うん、サイコパスだ間違い無い。
「ガハッ!」
ジブルの口から奇声が漏れる。何だ?
見ると、ジブルの背中から黄金色の刺が飛び出している。
「人を勝手に殺すな!」
死んだかと思っていた皇帝が立ち上がる。その手には巨大な黄金のランス。それには幼女ジブルが串刺しにされていた。