第六十七話 荷物持ち貴族気分を味わう
毎日毎日恋い焦がれ、夢にまで見たものが僕の目の前に有る。
固い石や土の床の上で、薄汚れたミノタウロスの腰巻きにくるまって寝る日々。
どうでもいい事だが、僕が学んだのは仰向けよりは、うつ伏せの方が腹が冷えないということだ。腹が冷えたら腹を下してしまう。現にほとんどの動物は腹を下にして寝る。
本当に夢ではないのか?憧れのふかふかなベッドがそこにある。辛抱たまんない。夜着に着替えた僕は大人げなくもそこに飛び込んだ。優しく受け止めてくれる。今までの人生の中で最高の柔らかさだ。これは人を駄目にするものだ。けど、今日だけは僕は自分を甘やかす事にした。
僕は久しぶりの極上の睡眠を取ったあと、執事に起こされ、普通のシャツとズボンに着替えた。ポルトはもう城に向かったそうだ。
食堂でマイとアンと合流し、軽い食事をいただいた。もっとも、アンが食べた量は軽いとは言い難いものだったけど。
マイはシャツにスカート、アンはワンピース。僕達は身なりのよい一般人的な服装だ。貴族ではないので、程よいものを選んでくれたのだろう。
それでも、マイもアンも決して一般人には見えない。普通の格好してるだけでもよいところの娘さんみたいだ。よく見ると少し化粧を施されてる。
召使いたちに見送られて、僕達は馬車に乗る。荷馬車ではなくて四輪のキャリッジだ。貴族になった気分だ。
「ザップー、昨日のベッドふっかふかだったわよ。正直持って帰りたかったわ」
マイがうっとりとした顔で話しかけてくる。持って帰る……
「それだ!持って帰ればよかった。今後心地よく眠れるようにベッドを収納に保管しよう。マイいい事いうな」
「ええ、じゃあいっそのこと小さい小屋とか入るんじゃない?」
「おお!それはいい!試してみよう。多分いける」
城に行ったあとは冒険者ギルドで素材を売って、欲しいものを買って買って買いまくって、収納にがんがん入れてやる。あと、どこまでしまえるかも検証しなくては。今後の冒険者ライフは今までの不自由な生活から一転して、都市水準の生活が出来るのではないだろうか?
「アン、お前なんかそのまま食べられる好きな食べ物ないか?沢山買って収納にしまうから。例えばリンゴとかの果物とか調理しなくていいものだ」
「ご主人様。ブリ、ブリがだいすきです」
「ん、アン、なんて言った?」
「ブリがだいすきです!」
「あ、ブリか魚の」
よかった。アンの口からブレス以上の凶悪な言葉が放たれたかとおもった。
「却下だ。ドラゴンはどうかは知らんが、人間はブリは調理するものだ。考えて見ろ、俺が収納からブリをだす。それを可愛らしい少女が頭から齧り付く。それを終わり無く繰り広げてみろ、辺りは人垣できるぞ、野次馬の」
ん、急に寒くなってきた……
「ザップがアンをかわいいっていった……」
いかん、マイが虚ろな表情で冷気を放っている。間違いない、マイはスキルポーションでなんか得体の知れないスキルを取得している。
「……ご主人様、なんでもいいから早く姉様を褒めて下さい……」
アンが僕にマイに聞こえないように耳打ちする。なんでだ?
「ま、マイ、たまにはそういう格好もいいな、似合ってるぞ」
「そうかしら、たまにはスカートもいいわね。じゃ、ザップ今度街でいっぱいお洋服買ってね」
「ああ」
一瞬にして冷気は収まった、何だったんだ?
ゲートが開く音がして、馬車は城門をくぐった。